第9話過去との決別




 翌朝になり、飲みすぎたのか……若干具合が悪そうなアルグは、頭を押さえながら宿のチェックアウトを済ませ、宿の通りをあるいてゆく。大分つらそうだな。俺はというと一応まだ未成年なので、勧められはしたが飲まずにいた。というよりこっちの酒がどんなかんじなのか、ちょっとこわかったので、やめておいたが正解だろう。


 そんなことを考えていたら店についたらしく、辛そうに指差し教えてくれた。こ、これはまた一風変わった店構えデスネ。

 店の窓から見える、ギョロっとした目の人形が最高に効いている。入る覚悟も決まらぬうちに、アルグは古びた扉を豪快に開けずかずかと中に入る。実に男らしいぞ、アルグ!

 店内は外装と違わず、用途が今一つ分からない品物が無造作に並んでいる。そこまで広くないせいか、店主も裏で寛いでいるようだった。アルグも馴れているのか、品物には目もくれず店主を大きな声で呼ぶ。数分後、ノロノロと現れたのは小柄の眼鏡をかけたお婆さんだった。河童みたいに頭に皿をのせ、簪一つで髪をまとめている。大声で呼ばれたのが気に障ったのか、アルグをみるなり、ふんと息をつき、


 「なんだ、あんたかい。相も変わらず大きな声だねぇ。わたしゃまだそんなにくたびれとらんよ」


 そんな悪態をつくお婆さんだが、その様子はなんとも親しみがこもっており、付き合いの長さが伺える。 アルグも親類に接するようにしており、何だかほっこりする光景だ。


 「それで婆さん、今日はオレじゃなく、隣にいる相棒が物入りで買い取ってほしいんだが、今大丈夫かい?」


 「ほう、あんたに相棒なんておったのかい。偉くなったもんだねぇ……。して、お前さん名前は?」


 そういってお婆さんは俺をカウンター越しに、じっと見つめてくる。値踏みされているようで、そわっとしたが、最初の挨拶は肝要である。ハキハキと答えねば!


 「初めまして、ヒナタといいます。今日はよろしくお願いします」


 「ふん、あんたの相棒らしいさね。曲がってなくてわたし好みだ。いいだろう、何を売ろうってんだ」


 そういわれ、ショルダーバックに入っていたもう使わないであろう品々を出す。財布にティッシュにハンカチ、それと悩んだがもう使わないだろうケータイも。充電はほとんどないし、俺はすでに地球の生は終えた身。必要になることもないのだから、持っているより金に変えたほうが建設できではないか。そう自分に言い聞かせ、お婆さんに買い取って貰えるかたずねる。

 眼鏡を外し、虫眼鏡のようなものを目にあてじっくりと検品をはじめる。ふとこのときに、こちらの世界でもこういった道具はあるのだなと感心していた。勝手に文明未開拓だと思っていたが、地球との差はどのくらいあるものなのか気になり、隣で俺のケータイをいじっていたアルグにたずねる。


 「こっちってやっぱりそういうの珍しいものだったりするのか?」


 「こっちって……どっちだ? ヒナタって時々変な事聞くよな。まぁ、ここいらじゃ確かに見かけたことない品だけど、東のドワーフはこういうのが得意だと聞いたことがあるから、そこでならこういったのも多いんじゃないか?」


 それを聞いて俺は少しばかり後悔する。なんてこった、こっちでも科学は発展していたなんて……ま、まぁ、だからといってまた使える保証はないし、いいとしよう。納得しろ、俺!

 少し涙目になりながら、もうひとつ見てほしかったものを思い出し、お婆さんに一言謝罪をいれ、隕石を差し出す。

 それを横目でちらりと見たお婆さんの顔色が変わる。気もそぞろにそれまで検品していたものを置き、隕石を睨むように見つめるので、アルグもそれに驚き、俺を見る。俺に聞けということか?


 「これってそんなにすごいものだったんですか? 人から貰った物で何なのか知らなくて……」

 

 手に取りまじまじと見つめるお婆さんが、俺のその発言をきき、カッと目を見開く。


 「コレが何なのか知らないとは、宝の持ち腐れとはこの事だね!いいかい、あんた。こいつはそん所そこらのやつにホイホイ見せちゃいかん。わたしもこいつは手に余るからそのまま持って帰っとくれ」


 ワケがわからず聞き返すが、それ以上のことは答えてくれなかった。おばあさんの手にも余る品とは、コレ本当に呪いの隕石なのかもしれない……。

 こわごわと隕石をもち巾着袋につめ、ショルダーバックにそおっと戻す。アルグもそんな俺の様子に固唾を呑んで見守っており、おれがほっと息をつくとアルグも同じように息をする。なんだが結束力が生まれた気がし、お互い見やり頷いた。


 それから少しして、全部の品を見終わったお婆さんが奥にもぐり、現金と交換してくれた。意外にも福沢諭吉と小銭が高い値で売れ、次いでケータイとなっていた。なんでもお札や小銭は、加工技術がすばらしく、芸術品として売れるらしい。さすがに日本、どこの世界にも通じる素晴らしい技術力って本当だったんだ!

 入ったお金は結構な金額になったらしく、しばらくは困らないぐらいになったとアルグは教えてくれたが、こちらの金銭感覚が掴めていない俺は、重たくなったショルダーバックに少し萎えてしまう。贅沢だとは思うけど、重いと肩こって長旅にはこたえるんだよなぁ、なんて思いながらも旅に必要なものを買い揃えるため、次の店へと急いだ。


 そうこうしていたら、いつの間にか太陽も真上にきており、旅支度も終えた俺たちは、腹ごしらえをしに屋台へ向かう。その道中、アルグに素朴な疑問をぶつける。


 「なぁ、アルグってここの街出身? やけに地理に詳しいし、旅慣れてるってだけじゃなさそうだけど」


 「さすがのヒナタも気付くよな。まぁ、確かにここで暮らしていたこともあったけど、そんなに思い出深いワケではないぞ。むしろここを出てから色々な店を知ったくらいだ」


 そういったアルグの顔は眉を下げ、苦笑いを浮かべた。あまり深く突っ込まれたくないことなのだと悟った俺は、その後何事もなく話を変え、歓談しながら昼食を終えた俺たちは、夜になる前にとウィスの街を発つこととなった。

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