第114話シュンコウ大陸で待ち構えるものは……







 黒装束の男”達”が今回の騒動の原因であろうと推測出来る今、その魔属達をその裏で糸を引いている人物がいると考えるのが自然だ。

 そしてその可能性が現状一番高い人物といえばやはり……。


 「おっといけねぇや! あんまりぼやぼやしてると船長に半殺しにされちまう! そいじゃあお客さん俺達ここいらで失礼しますね!!」


 「え、あぁすいませんお時間頂いて。それでは皆さん頑張ってください」


 「へえ、ありがとうごぜえます!」


 ついつい思いふけってしまった俺は、挨拶もそこそこに今しがた聞いた話をまとめるべく、姿を隠していたキャルヴァンにアイコンタクトをとるといままで姿を隠していたキャルヴァンも同じだったようで、静かに頷き俺達の船室へと一足先に戻っていった。


 ささやかだが訪れた一人の時間。

 何故だろうか、すぐにでも消えてしまうこの時間は、今の俺にとってはとても大事に思え、その理由と感情を整理すべく船縁へと近づき両腕を置き外の景色を見下ろす。


 シェメイの街から近い港街とあってここに住むエルフたちの顔はとても血色がよく活気に満ち満ちていて、今も飢えと寒さに耐えているだろうシュンコウ大陸のエルフたちの事について彼らは知っているのだろうか、なんて八つ当たりに近い感情がふとよぎり、俺は歯を食いしばり自らの思考を戒める。


 何を考えているんだ、俺は!!

 どうして彼らがなにもしていないと思ったんだ? 何も知らないなら今現に俺が乗っている船の大半異常は食料などの物資で埋め尽くされるわけなどないし、なにより自分たちに関係ないと思っているならこんなことしないはずだろ?!

 そんなことよりもっと考えるべき事があるはずだろ、ヒナタ!!


 それは先ほど思い至った結論であり、そしてこれから考えるべき未来の事。

 まず前提として今回の騒動の黒幕をブラウハーゼであるということを推測の糸口として置くとしよう。そのうえで彼が何を考え黒装束の男達を操っているのか。

 ………黒装束の男達の行動を改めるに、最初の一回のみ俺達の後シェメイに出現、その後は全て俺達より先に港町から漁師の町で出現した事を考えればその意味は自ずと見えてくるが、ここで矛盾点が一つ。


 漁師の町で聞いた話と食い違いがある、ということだ。


 人の噂話でしかないので食い違い自体気にする事ではないのかもしれないが、漁師の町で聞いた話は俺達にまつわる噂や出来事に関しての聞き込みで行方を探すような言動はなかったということだ。

 その後この噂はユノ国国王をなのる偽物を捕まえるために聞きまわっているという変貌を遂げたわけだが、重要視するべきはやはり噂が噂として広まる前に聞こえてきた声ではないだろうか?


 噂というのは大抵尾ひれとえらとひげなんかも付けられて、おおよそ原型をとどめないものだが、漁師の町で聞いたとする商人の噂話は時系列を整理するに現れたその日かもしくは一日経った後だろう。

 噂に鮮度というのがあるのならば、この漁師の町で聞いた噂は採れたて新鮮に近いもので、無視するにはちょっと無理がある。


 ただ、これを無視すれば意外とすんなり納得のいく筋道が立つのも事実。例えば俺達の行先を探って先回り先回りで現れたのは罠を張るのに時間が掛かるからと考えれば、俺達がいつその仕掛け場所に到着するのか気にするのも頷ける。

 目立つ黒い衣装というものブラウハーゼの手の内が見えていない俺達にとっては得体のしれないものとして警戒させることが出来、心身ともに疲れさせるというのも目的の内だろう。


 では肝心要である罠を仕掛けた場所。

 これは先ほどの話で分かったことだが、俺達の目的地であり、アルグも向かっただろう魔属達が管轄している街、ウィスであることは確実だ。

 そうでなければ魔属達がこうも従順に動き回るはずもなく、魔属であるアルグと兄弟と言っていたグインが、ブラウハーゼの配下についている事も鑑みれば、ウィスの街は俺にとって敵地も同然だ。


 「…………取るべき行動としてセズの国に留まることじゃないって、本当は分かっているんだ。だけどセズ一人を置いていくなんて選択……俺には出来ないよな?」


 誰に言うでもない独り言は、出航の合図である管楽器のような音にかき消され、不安と迷いだけが残った俺は少しずつ遠のいていくカカ大陸を眺め一人の時間に別れを告げた。




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 あの日俺の出した結論を仲間に伝えてから約三日間経った頃。予定通りであればそろそろシュンコウ大陸が見えてくる頃合いだと俺達は甲板に出て、その影が海の遥か彼方から現れるの待っていた。


 船で過ごしたこの二日間は実に穏やかで、そして誰しもが様々な不安を隠して過ごしていたように思える。


 セズは勿論のこと、仲がいいサリッチやウェダルフですらこの二日間は表面上は楽し気に振舞ってはいたが、ちょくちょく三人が集まってなにやら話し合いをしていたことには気づいていた。

 最初はセズの船酔いの心配をして一緒にいるのだろうと思っていたが、それにしてはなんだが怪しい行動が目立っていたので、恐らくこれからついて彼らなりに思うところがあっての事だろうと、深くはつっこまず見て見ぬフリをしていた。


 それにキャルヴァンだって似たようなものだった。

 この二日間のキャルヴァンはいつもどこか上の空状態で、返事も一拍置いてから答えるというのが目立っていた。

 まぁ……これに関しては俺もなんら変わりなかったが。


 そんな感じで過ぎた二日もあと何時間かで終わり、俺とセズは再びシュンコウ大陸へと降り立つのだ。


 ………アルグがいない。

 これは想像するだけでも恐怖だろう、セズの手はかすかに震えており、それに気づいたキャルヴァンはそっと手を包み優しい笑みで彼女の緊張を解きほぐす。


 正直な話、俺だってアルグがいなくなった今俺だけの力だけで皆をモンスターやブラウハーゼから守り切れるのか、なんて考えるだけで心が深く沈み絶望がちらついてしょうがないが、それは想像だけで実際はもっと状況が好転しているかもしれない、なんてあり得ない期待を胸に

秘め、降りたシュンコウ大陸の港町は俺達が考える以上に切迫した状況だった。


 「こ、これは………どういうことだ?」


 「なんでこんなにいっぱい……!! ヒナタにぃどうしよう?!」


 船を降りる前に船縁で港の様子を見ていた俺とウェダルフはカカ大陸の港町では見かけなかったリンリア協会の監察の姿は一人、二人ではなくシェメイの街よりも多くいるようで思わず言葉を零してしまう。

 それもそうだ。だってこれはあまりに異常で誰も想像できなかったのだから。


 「いっぱいって……もしかして監察のこと? もしそうならあんたがシュンコウ大陸に来ることがあいつらにバレてたってこと?」


 「いえ……それにしてはなんだか変だと思わない? どちらかと言うと相手に不安や緊張が垣間見える気がするわ」


 実体化したままそう呟くキャルヴァンに俺とウェダルフは再び下の光景に降り口に目をやり、彼らが慌てた様子で数人で会話した後どこかへ向かっていくのを見守る。


 たしかに少しおかしい。

 一見すると俺達を探しているように見えたが、その手には到底神様探しで必要に思えない得物が握られており、中には怪我をしたのか他の監察に運ばれているのも見える。


 「まさか魔属と何かあったのか? それともモンスターに襲われて……?」


 「………ともかくここは不審に思われないよう乗員の皆さんに紛れて降りましょう。考えるのはそれからです」


 セズにそう促され、俺達は船縁から離れまだ数名残っていた乗員と共に降りることにし、少し怪訝そうな船員を横目にシュンコウ大陸に足を付けたその時。




 俺は目の端に映る黒い影に気づき顔をそちらに向け、それがなにを示すのかを思考する前に身体がそれに向け走り出し、俺の行動に気づいた仲間も驚き声が上がるのが後ろで聞こえた。


 だけどそんなのはもうどうだっていいんだ。

 だってそれは件の黒装束の男であり、魔属であり、あの日以来会うことすら叶わなかった相手………アルグなのだから。

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