第113話瞬間移動のトリック


 あり得ない移動で俺達の噂を収集して回る黒装束の男。

 例えばその移動方法がハーセルフのようなモンスターを使った移動ならある程度の説明を付けることは可能だろう。だがそれも獣人が彼女たち灰色の兄弟以外いるのであれば、だ。


 ただこれはまず有り得ないというのが少し考えれば分かる。

 まぁいわずもがな、獣人がこの西大陸にいること自体、異例で異端であるのに関わらず、青年である黒装束の男がこれまでの人生で情報収集を得意とする灰色の兄弟の目をかいくぐれたことに違和感がある。

 これはエイナに詳しく聞いたわけじゃないからハッキリとは断言できないが、恐らく彼女たちはこれまでずっと探してきていたはずなのだ、自分たちと同じようにこの西大陸に流れ着いた獣人の存在を。

 その彼女たちの目を抜くなんて芸当をする男が、今になって目立つことをするのは変だし、誰かの命令だとしてもなぜ皆顔を覚えていないのか?

 俺が聞いた限りでは彼女の能力たちにそんな正体を誤魔化せるような能力は存在しなかった。なのでこの説はないと断言していいだろう。


 もう一つの説、それは瞬間移動。

 いや、安易すぎだろ! と俺自身思うが、これら全てを説明出来る移動手段はないでしょ?!

 だって獣人じゃなけりゃあどうにも常人には移動できそうにないし、それに思い出してほしいことが一つ。


 これまでの旅で蓄えた常識を遥か超える出来事だったばかりに見逃していたが、俺達だって瞬間移動していたではないか。あのリッカの街の中で。

 原理も理屈も全然わからないあの物体に触れた瞬間、俺達は何もない草原から街の中核に移動したあの紫色のモニュメント。あれを他の国でも使えて、なおかつ持ち運びが可能になったら意外にありな説だと思わないか?!!


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 「そんな神の能力を結晶化したものがそこらにホイホイあるわけないでしょ、このうすらトンカチ」


 「ヒナタ……急に黙り込むから何かと思ったら。そんな事考えていたのね」


 「ヒナタさんらしい発想ですね……」


 「神様の能力をそんなに簡単に結晶化できるならヒナタにぃも出来るんじゃないかな!」


 若干一名ほど煽ってくる発言もありますが、なんていうのかな。そう考えていた時期が俺にもあったってだけですよ?


 「やっぱり無しだと思ったわ~……うん、本当うすらトンカチです俺は。あとウェダルフ!! その言葉は俺に対しての侮辱として受け止めるからなっ!! おら、天罰じゃあ!!!」


 「あはははははは!!! やめ、やめてよヒナタにぃぃ~!!!」


 夕飯も終わり、俺の部屋で今日の報告しようとなった現在。俺の和やかなにしようと発したトークスキルのおかげもあってか、先ほど挙げた説二つは抜きに考え流方向になり、議論に議論を重ねた結果、この黒装束の男は複数人いて、それぞれ俺達の情報を集めているのでは? という結論に落ち着いた。

 勿論それらを操っているのはブラウハーゼと玉上圭兎というのを前提にした、もっとも考えられる説として。


 「正体を隠さず、寧ろ目立つように動く意図は恐らく……俺へに対しての脅しか、はたまた罠なのか」


 「罠……ですか。それならシュンコウ大陸はヒナタさんにとって危険に満ちた旅路となるのでしょうか?」


 俺の呟きにセズは顔を俯かせ言葉を零すと、その周りにいたウェダルフとサリッチは何も言えないのか、俺を見つめたまま言葉を飲み込んでしまう。


 「……さぁみんな。明日から二日間も船の上よ? 夜更かししては身体が持たなくなるわ。考えるのはまた明日にしましょう?」


 キャルヴァンはそう言って俺の部屋からセズとサリッチを連れ出し、残されたウェダルフは少し気まずそうにファンテーヌさんを見上げた後、小さなお休みの言葉をこぼしてベットへ体を預けるのを見届け俺も深い眠りにつく。


 そうして迎えた朝は、一番最初に出る船に乗るための準備をする為か会話もないまま済ませ、昨日の気ごちなさをどこか保ったまま港へ向かうこととなった。


 「これに乗ったらいよいよシュンコウ大陸なのね。……あんた顔色が大分青いけどこの二日間そんなんで大丈夫なの?」


 乗員確認をする為に設けられた受付の列待ちをしていた俺の後ろからそんな会話が聞こえ振り返ると、そこには顔を真っ青に微かに震えていたセズが、サリッチを見るなり恨めしそうな顔で一言


 「サリちゃんも今から二日間嫌というほど顔を青くすればいいんです………」


 どんだけ船がダメなんだ、セズ………。

 カカ大陸を来るときの船旅が相当辛かったのだろう、想像ですでに船酔いになっているようで先ほどから布を口元に当て、恨めしそうにサリッチに呟き、その呪いに似た言葉で不安になった二人は船に乗るまで俯き会話もないまま船へと乗り込む。


 そうして粗末ではあるが以前よりはましなベットと、全員同じの部屋で寝られる個室で腰を落ち着かせた俺達は、そのまま夜になる前に夕食を済ませ各自自由行動を取ることになり、セズは船酔い防止の為甲板へ、二人は船酔いなどもなく初めての船旅とあってか迷惑にならない程度に船を散策すると言って部屋を出て行き、残された俺とキャルヴァンは黒装束の男の正体を探る為、船乗りたちから話を聞くことにした。


 だがその前にキャルヴァンには伝えないといけないことがある。


 「あー……キャルヴァンに一つ確認したいことがあるんだが、シュンコウ大陸ついてもお子さんの行方については後になると思うけどそこは大丈夫か?」


 「それは気にしないで、ヒナタ。私のことはウィスの街にいけば必ず分かることだもの。それよりもセズちゃんが春の種属の王様になることが先決だわ」


 船に乗る前に伝えておきたかったとはいえ、我慢を強いるような事を言うのも言わせるのも辛い。

 だが少しこの選択肢にもすこしばかり懸念が残る。それというのもセズの王様になるまで俺達は暇をすることになる可能性もあるし、それ以上に時間が掛かるとなれば待つだけというのはブラウハーゼの行動が読めない今となってはあまり賢いとは言えないだろう。

 だけど俺達だけで別行動という選択はあまりしたくない。いや、俺はその選択だけは取りたくない。…………もう大切な仲間が俺の知らぬ間に離れていくのだけは嫌なのだ。


 「それより船乗りの方たちに話を聞いて回るのなら出航前に済ませましょう? 今も忙しいと思うけれど、出航後はなおさら難しいかもしれないわ」


 「そうだなキャルヴァン。邪魔にならない程度にきいてみないと」


 そんな話を済ませ部屋を出た俺とキャルヴァンは船員を探していたが、乗員の数よりも運搬している物資の多さに気が付き顔色を曇らせ、無意識に目を合わせ黙りこんでしまう。

 もう……シュンコウ大陸に残された時間は僅かなのか。

 それを物語るかのように、やることを終えたのか暇をもてあます船員が人目を避けた場所でたむろしており、なにやら井戸端会議をしている。


 「皆さんお疲れ様です。何やら取り込み中申し訳ないのですがちょっと聞きたいことがありまして……」


 俺がそんな風に話しかけると、気のいい船員たちは気を悪くすることなくなんでしょうか、と続け俺も早速本題の黒装束の男について話すことに。


 「黒装束の男、ですか。俺達も今そのことについて話してたんですが、こいつが黒装束の男は魔属なんじゃないかって言い出してそれは絶対にないって話してたところなんですよ」


 「ん? 魔属が絶対にないと言えるのは何でですか? だって現状の噂話では種属の判断なんて出来ないような気がするんですが」


 「いやいやお客さん、それが俺達船乗りなら断言できるんですよ。なんせ俺達船乗り何十年もやってますが、魔属が船のるときゃ必ず護衛仕事でそれ以外乗ったことがあるなんて見たことも聞いたこともないんですから」


 「い、いやだけどそうじゃないと可笑しいんだよ!! あの黒装束の男が船に乗ったはずなのに船の上では全く見かけないなんてあると思うか?!」


 「いや、だからそれは黒装束を船の中で脱いだだけだろ? あんだけ全身真っ黒じゃあ顔を覚えるなんて器用な真似、おまえにゃ無理だろう」


 魔属だという男性は実際黒装束の男が乗る船にいたのだろう、まるで幽霊でも見たかのような顔色で彼の証言を否定する2、3人の男たちに訴えかていているが、てんで取り合う気もないもないようだ。


 「確かに脱いだ可能性もありますね。でもあなたは魔属だと思った、その理由ってなんでしょうか?」


 これだけ否定されもまだ自身の推測を押すのにはなにかしら理由があるはずだ。


 「理由っていうより……とある商人から聞いたことがあるんです。護衛の魔属が時折忽然と姿を消したと思ったら、次の瞬間には自分たちより遥か先の道でモンスターを仕留めて待っていたって………」




 それはまるで瞬間移動のようだったと男性は続け、俺はこの男性が言わんとする事に気が付き、俺の中でバラバラだった事実が一つにまとまっていく感覚がし、俺は思わず目を見開く。


 つまり今回の騒動は黒装束の男”達”の仕業であり、自身の姿を消す能力を使い西大陸中を移動したかのように見せた。つまりこういうことではないだろうか?





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