第115話世界を正しく見てしまう目
「――ッアルグ!!!!!」
服だけではなく顔や頭まで黒で覆われたとしても、それがアルグだとすぐ認識出来たのは、その最たる特徴である二本の角が隠されることなく見えたからに他ならない。
なんで、とかどうしてとかの様々な感情と言葉が胸を襲うが、大きく吐き出される息と共に消え失せ、音としても意味を成さないまま人を避けて歩く彼へ足をもつれさせながらも走る。
そんな俺の姿がよほど無様だったのか、それとももう何の感情も持ってはいないのか、微塵も興味がない素振りで俺に踵を返し、何処かへと消えようするアルグの腕に手を伸ばし、そのまま後ろへ引き足を止めようとするが、ゾッとするほどの冷たい目つきで俺を一瞥したのち、俺ごと引きずるように歩き始める。
「ま、待て!! 待ってくれアルグ!!! なんで何も言ってくれないんだよ?! なんでお前がその服着てるんだッ??!」
「…………」
「おいッ!!! なにか、何か言ってくれよ!!!」
俺は引きずられながらも必死に訳を聞こうとするも、こちらを見ることなくずんずんと歩く様は何処か違和感を感じさせ、ますます不安が俺の中で募りもう一度大きくアルグの名前を呼ぶ。
するといい加減うんざりしたのだろう、大きなため息の一つついた後、足を止め俺を払いのけると何の感情も宿っていない目で一言
「お前さっきからなんだ? 私に気づいた事も驚きだが、何故私の名を知っている? ………まぁそれすら私にはどうでもいい事か。お前にもう用はない、さっさと失せろ人間」
「なっっ…………??!!!」
なに言ってるんだアルグ??!!!!
アルグが言った言葉の意味が、一つもわからない俺はあまりの衝撃に全身の力が抜け落ち、両膝を地面に付け顔を額を地面に擦り付け必死にこんがらがった頭の中を整理しようと試みるが、どうにも上手く纏る気がしない。
そんな俺の様子も気にすることなく、呆れたと言わんばかりのため息を一つこぼすと、そのまま何事も無かったかのようにアルグは立ち去り、俺一人その場に取り残されてしまう。
「大丈夫ヒナタ?!!! 突然走り出したと思ったら、噂の黒装束の男を捕まえるだなんて無茶をして!! なにかされて立てないのなら今すぐにでもお医者さんに……!!!」
「違う…………違うんだキャルヴァン。あれは黒装束の男なんかじゃない、アルグだ……アルグだったんだよ! 見えなかったのか?! あの二本の角が!!!」
叫びに近い声でそう訴えると、驚きつつも俺の言葉の意味を汲んだキャルヴァンは顔色を濁らせ、俺に伸ばしていた手を引っ込め両腕を組み考え込むが、どうにも男の顔が思い出せないのかますますも顔色に影が落ちていくのが見てとれた。
「どうしたの二人とも?! さっきヒナタにぃが追いかけていったあの黒い服の人と何かあったの?!!」
「そんなところで二人で座り込んでたら目を引いてしょうがないじゃない!! 何があったのかは場所を変えて聞くから、今すぐにでも立って頂戴!」
サリッチとウェダルフが同時にそう告げるが、セズは何も言わないまま俺とキャルヴァンに手を伸ばし、素直にそれを受け取る。
「兎に角これ以上はまずいわね。一度今夜泊まる宿を探すべきだわ」
そう言って辺りを見渡すキャルヴァンにつられ俺も辺りを見やると住民だけではなく、忙しそうにしていた監察すらも不審そのものの俺を遠巻きで眺めており、何やら仲間内で言葉を交わしているのが見える。
「なにが、どうして………?」
本当になにがなんだか分からず出た一言だったがセズは何も言わず、俺の手を握り俺を引っ張るように歩き出すと、それにつられた三人も何もなかったかのように宿探しの話題へと切り替える。
そうして見つけた宿は人目を避けた場所にある、とてもじゃないが心地がいいとはいえない部屋に案内された俺達だったが、疲労を重ねた心身にとっては楽園も同然で、揺れることない地面に荷を降ろし、人心地つけると本題とばかりに言葉も交さず、速やかに皆がベットに座ると暫しの沈黙が空気を重たくする。
「それで……さっきの行動な一体何なのかしら、ヒナタ? 黒装束の男を見つけたまでは良かったけれど、それがなーんで追いかけるなんて無茶無謀することになったわけ?」
「……………そうだな、みんな心配かけてすまない」
暫しの沈黙を破るように、偉そうに足と手を組み前のめりの体勢で話すサリッチだったが、それどころじゃなかった俺はから元気を装うことなく頭を下げると、サリッチもどうしていいか分からないとばかりに顔を歪め大きくため息をこぼす。
すると代わりに口を開いたのは普段は皆のまとめ役を担うキャルヴァンではなく、ここに来るまでずっと喋らずにいたセズで、すこぶる落ち着いた様子で俺を見つめ質問を投げかける。
「ヒナタさんが黒装束の男を見かけ思わず走り出してしまった、その理由はやっぱりアルグさんだったから………ですよね?」
「やっぱりって……なんでそんなことを思ったのかしら、セズちゃん」
「それは……漁師さんの町で感じたあの懐かしさと、今のヒナタさんの様子を見れば難しくはないかと。それよりも……もしそうだとしたら分からないんです」
「分からないって……もしかしてセズちゃんもなの? 僕も、僕も分からないんだよ………どうして黒装束の、ううんアルグにぃだって気づけなかったのか」
セズとウェダルフの言葉に、アルグとは僅かにしか会っていなかったはずのサリッチもしかめ面で顔を下に向け考えるが、そもそも角があったかどうかも分からないと悔しそうに言葉を絞りだしていた。
「私だけではなく皆黒装束の男をこの目で見たのに、黒以外思い出せないというのはちょっと不自然だわ」
世界を正しく見る能力があるヒナタ以外は……という言葉を言外に含ませるキャルヴァンの言わんとすることはわかる。
つまりこれは俺達が今まで知らなかっただけで、アルグには姿を消す能力があるのではなく、自身の存在を俺達の”認識からずらす”能力があったということになる。
なぜ変身でもなく、透明人間的能力でもないのか。
それは簡単だ。変身ならば獣人の子供たちも出来ていたし、何よりそれでは俺も変身後の姿にしか見えない。いや、恐らく見ようと思えば見えるのかもしれないが、現時点ではそこまで能力を駆使出来ていないのでこれはないのが分かる。
次に透明人間になったのなら……という案だが、そもそもそれでは俺以外にも見えていたというのは矛盾であり、少なくとも姿は見えていたし、服以外見えないとしても服以外の部分から後ろの風景が見えていては違和感しかないだろう。
だけど見えているのに認識できないとすれば、あるようでないという不定の存在になれるのだ。もっとわかりやすく言えば、脳に影響を与えることが出来る能力なのだろう、これは。
認識と一言でいってもその構造は複雑で、目では正しい情報を得ていたとしても脳がそのことを正しく処理しなければ、見えているのに見えていないとか、見えているが顔が思い出せないという自体を招く。
だが俺の神の能力は世界を正しく見る目の能力。
恐らくだがこの能力は二つの特性がある。その事を示すかのようにこの能力は”正しく見る”であって、”全てを見る”ではないのは、見えていても見えないと脳が判断しているに過ぎない事象も数多くあるからではないだろうか?
つまりは単純に目には見えないものを見えるようにする能力と、目には映っているが認識できないものを見る能力、この二つの能力を合わせて”世界を正しく見る目の能力”と称しているのだろう。
灰色の兄弟で見えた”心象世界”
これはフルルージュ曰く、目の能力と耳の能力を応用して出来たものだと言っていた。この言葉を俺なりに解釈すると、心の音まで聞こえてしまう耳の能力で、聞こえた彼らの心の音や感情といったものを目の能力で可視化したとすれば、特性のひとつである見えないものを見た結果といえるだろう。
そして今回の俺だけがアルグに見えたこの現象。
これは所謂、目と脳の情報矛盾をほどく能力であり、目で見たものが歪められたり、欠けることなく伝達される能力であると考えれば、いかに恐ろしい能力か。
何故情報が歪んで脳に伝わるのか、そのわけは簡単で生きていくのに必要不可欠だからだ。
極端な例ではあるが、親しい人がむごい殺され方をしていて、それを目の当たりにしたとしても、脳がそれを受け取らないと判断すればいくら何かが飛び出していたとしても、細部は上手く思い出せないようにすることが出来る。そうすることによって人は忘却を早めることが出来るし、知りすぎて心を病むこともない。
だが全部正しく見えたらどうだ?
見えなくてもいい事まで全て見ることが出来る、というのは単純なメリットにはなりえず、それが例えば人のコンマ一秒以下で変化した表情の感情ですら俺には見えてしまう可能性だってあるし、普段は見えなくてもいい空気だって見ようと思えば見ることが出来るかもしれない。
だからこそ分からないのは、なんでアルグ黒装束を着ていた?
それになんで………なんで俺の事を覚えてない? もう用はないってなんだ?
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