第116話彼女の決意と選択
今回起きている騒動にアルグが大きく関わっている。
その事自体衝撃なのに、認識できない事に加え俺の事を人間と言ったあの目。あれは記憶がなくなっただけじゃなく、性格や感情すらも歪められている。そう思わずに入られないほど以前のアルグとは程遠い冷たい目をしていた。
「………そうね、ヒナタの言う通りもうアルグは私達の味方じゃないのかもしれないわ。少なくともアルグを操っている人物を考えれば、ね」
「そ、そんな………うぅセズちゃんどうしよう」
「……………」
不安そうに呟きセズを見つめるも、考える事に集中しすぎて耳に入らない様子で、しばし沈黙したのち考えが纏まった彼女はウェダルフに応えることなく俺を見据えると、躊躇うことなく確信をついてきた。
「アルグさんが敵側についたと推測出来る以上、時間はもう残されていないのでしょう。その上でお聞きします………次の旅の目的地は春の種属の首都、ケイでしょうか? それとも魔属が治める街……ウィスですか?」
「それは……それは選択も何もないだろ。もちろん次の目的地は…………セズ?」
俺が言い終わる前にセズは立ち上がり、俺の前まで来ると両手を上げ俺の頭の後ろに回すと、何を思ったのかそのまま俺のおでこめがけそれは見事な頭突きをかます。
「っぅう〜………!!! 頭突きはないだろ、頭突きはっ!! セズだって無傷じゃ済まないだろうになんで……!」
「なんでもなにもないです!! 分かっています! 分かってました!!ヒナタさんが私の為といってケイに来るだろうことは!!!」
頭突きのせいか、はたまた違うものが混じったものなのか、俺には判別がつかないセズの涙が、頬を一つ、二つと伝い零れ落ちる様を見て、俺は漸く気がついた。
なんて………なんて残酷な選択を俺は彼女にさせてしまったのだろうか。
「分かってたんです……。アルグさんとあんなサヨナラをしてしまったヒナタさんは決して私のそばを離れるなんて出来ないだろうと。だから…………だったら私が選ぶしかないじゃないですか!!」
「…………ごめん。ごめんなセズ」
セズはここシュンコウ大陸に来る前から気付いていたのだろう。俺にとっての最善の道と彼女にとっての最善の道が違っていることに。だからずっとその段取りについてウェダルフとサリッチに話していたのだろう、俺が間違えてもいいように。
「残念ですがヒナタさん、私達の道はたがえました。私にとっての最善はケイに向かい王になる事。だけど……ヒナタさん、貴方にとっての最善は?」
「俺の………俺にとっての最善はウィスに向かい、アルグが本当に敵になってしまったのかを探る事だ。それが俺達にとっての最善……だよなセズ」
観念したかのようにそういうと、セズは切ない顔を一瞬浮かべた後、それを隠すように笑顔で分かっていただけたようで何よりです、といって再び元いた位置に戻り、今度は真剣な顔つきで今後について話すよう促すのだった。
そうして小一時間かけた話し合いの結果はあまりにも簡単で、まず限られた種属にしか入ることが叶わないケイの街には勿論セズと同系の種属であるサリッチが向かい、入ることの出来ないウェダルフと息子の行方を探るべく俺に憑依しているキャルヴァンがウィスへ向かうこととなった。
「ではウェダくん、私たちの分までヒナタさんのこと頼みますね。くれぐれも無茶しないようヒナタさんのそばを離れないように!」
「……仕方ないとはいえ、本当にウィスでいいのかウェダルフ? なにも俺たちとじゃなくケイの街近くの村で待つことだって……」
「僕はヒナタにぃについて行くよ。たとえお母さんに止められようとも、ヒナタにぃが僕の事いらないって言っても、これは僕が望んで選んだ道だから誰にも譲る気はないんだ!」
いらない、なんて言ったつもりは全くなかったが、俺がウェダルフをウィスに連れて行く気がないと分かっての発言に心が痛い。……そうだな、俺のこれからの旅というのはこういうことなのだろう。——こういう覚悟をまだ幼いウェダルフに迫らねばいけないのか。
「ウェダルフの意思は分かった。それを含めて皆にお願い、というよりこれはひとつの可能性の話だけど、もし………色々なことが片付いたとして、それが俺よりも大切で大事だと思ったら、躊躇わずそれを選んで欲しい。たとえ俺の元を離れる事になっても構わない。俺は皆の意思と自由が一番大事だからさ」
この異世界で出来た大切で大事な仲間達。そりゃあアルグとの事が未だに尾を引いてセズと離れることを恐れはしたけど、それだっていずれ別れなければならない事が分かっていたからだ。
でもそれが早まった今、これだけは絶対に皆の心に留めてもらわなければならない。これから彼女の目の前に現れるであろう、選択肢のために。
「ひとまずの話し合いはもうこれでおしまい。今日は皆も疲れたでしょうからもうお休みにしましょう」
「そうね、これ以上の話し合いはただ疲弊するだけで無駄よ。そうと決まったらさっさと男どもは出て行ってちょうだい」
「うん、それじゃあまた明日! お休みセズちゃんにサリちゃんにキャルヴァンさん!!」
そうして怒濤の一日は終わり、後は寝るだけというところで寝支度を整えていたところ、まるで話があるとでも言いたげに腕輪が微かに光り、俺は心配をかけないようウェダルフに断りを入れたあと人目を避けるため外を出るが、夜も遅いというのに監察が辺りを警戒して中々話し合える場所が見つからない。
なんてことをしている内に俺たちが泊まっていた宿から大分離れた砂浜へと辿り着いた俺は辺りを見渡し、人がいない事を確かめるとフルルージュの名前を呼び彼女が現れるのを待つ。
『突然お呼び出しして申し訳ありません。お伝え忘れていた事があったのでこんな所まで来ていただいたのですが………このままの姿では長話は出来なさそうですね』
彼女はそういって俺の後ろを見やるとどういう理屈なのか、いつもは鋭い鍵爪の両足をスラとした人間の足に形を変え、俺の隣に腰を下ろした。
『さ、驚いている時間はありません。ヒナタも早く座って下さい』
「お、おぉ!! そうだな、うん!!」
思わぬ変身に、どこに目を向けて良いのか分からなくなった俺は極力彼女のスラリとした足に目がいかないよう正面の波間を眺めつつ、彼女が口を開くのを待つ。
『……静かで良いところですね。波の音とそれに月明かりが優しい、気持ちのいい夜です』
「…………そうだな。今じゃなければもっといい夜になったと思うよ——それで? 話したい事はそれだけなのか?」
思わぬ話の切り出し方にそっけない言い方で本題に切り込んだ俺だったが、彼女はそんな返答にため息ひとつついて空を見上げて、言いづらそうに言葉を続けた。
『お話というのはなんでもありません。これからヒナタが神に相応しい人物であるかどうかの“試練”がとある種属によって始まります』
「とある種属による試練? それっていつからどんな風な感じでやる事になるんだ? それにとある種属ってもしかして……魔属のことか?」
『いつから始まり、それがどんなものなのかという事は私も知りません。ただ一つ言えることはそれによってヒナタは神どころか地球に帰る事すら叶わなくなる、という事です。ですが今ここでヒナタの意思を確認する気はありません。何故ならそれは私の役目ではないからです』
彼女はそういうと俺の方へ顔を向けじっと見つめる視線が左から感じ、俺も恐る恐るそちらへ目を向け暫し沈黙が訪れた。
『…………ヒナタに試練を与える種属、それはこの世界が生まれたとほぼ同時期に創られた種属であり、ヒナタはまずこの種属を見つけ出せなければ始まりもしません。ですがご安心を。必ず彼ら——“幻獣”の方から何がしらの接触があるはずです。それに気づき見つけ出せるかどうか……それすらも試練なのです』
今やっと始まった。そう確信を得るに相応しい“目的”と“目標”を得た俺は、何故だろうか。恐怖よりも寂しい気持ちが俺の胸にじんわりと広がっていくのを感じ、彼女から目を逸らしてしまった。
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