161話彼女の願いと一つの可能性

 なんとも言えない空気のまま、宿に着いた俺達は二人が戻ってくる前にということで、気持ちを新たに各々ペンと紙を持って手紙を書こうとした。

 そう、書こうとしたんだけど…………‼︎


 「………ヒナタ、これは文字なのかしら?」


 「ヒナタにぃ、落書きなんか送ったらサリちゃん怒っちゃうよ………」


 異世界人から見たら日本語は落書きと認識される。

 異世界にきて初めて自分が地球生まれ日本人だと認識できたことは喜ばしい反面、思った通り俺の神としての能力は【ありとあらゆる世界の言語能力】だっけか? 随分大仰な言い回しだが、結局のところこの能力というのは翻訳機能でしかないのだろう。

 聞くことや喋ること、そして読むことに対して発揮している能力が書くことになるとてんでダメになるというのは、周囲に変化を与えているのではなく、俺に変化をもたらしていると考えるのが自然だ。

 ではなぜ文字は門外漢になってしまうのか………。

 これはおそらくだが、書くに関しては他力ではどうにもならないから……と考えるのが自然だろう。

 これはあくまで推測だが、聞く、話す、読む。この三つは地球でも現代文明を使えば、比較的簡単に他者からの補助を得やすいが、書くにおいては別だ。

 書くためには自力、つまりは文字を覚える必要が出てくる。だから能力でも補えないと考えれば、答えは簡単だ。異世界の文字を書きたければ、そもそもひらがなだが、ローマ字のように覚えろってことだ。んー……めちゃ単純!!

 ………ひとまずこの問題は全部落ち着いてから考えるとして、目先の手紙は誰かに代筆してもらうことにしよう、そうしよう。


 「すまんキャルヴァン……今から言うこと代筆してくださいっ!!」


 この世界の識字率は不明だが、それでもこの歳になって文字が書けないから代筆を頼むだなんて、恥ずかしいなんてもんじゃない。ううぅ……事情を知らないヴェルデの目が痛い気がする………。


 「……今までヒナタは他の村々とは断絶されてきたものね。わかったわ、なんと書けばいいのかしら?」


 「……!! あ、ありがとうキャルヴァン!! 一生恩に切ります!!」


 俺の言葉に少し照れくさそうに大袈裟ね、と笑うキャルヴァンは本当に聖母のような神々しさであったが、あまり褒めすぎると逆に怒られそうだったので、大人しく俺は音読するような形で先ほど書いた手紙を読みあげ、キャルヴァンはそれを流れるような美しい所作で見事代筆をしてくれたのだった。


 そんなこんな俺の手紙が終わるとほぼ同時にだいぶ落ち着きを取り戻した様子のハーセルフ達が戻り、いよいよお別れの時が近づいていた頃だった。


 ハーセルフが他のみんなには気付かれないように、俺に近づくと何やら真剣な面持ちで俺だけ呼び出し、俺もみんなが気を使わないようにと適当にトイレに行ってくるとか言ってハーセルフと一緒に宿を出ることとなった。


 「どうしたんだハーセルフ? 何かまだあったのか?」


 「………うん。ボク、ヒナタお兄ちゃんにお願いがあるの」


 どうせならと気分転換がてら散歩しながら話しすことになったはいいが、先ほどよりももっと神妙な顔でそう切り出すハーセルフは何か覚悟を決めたかのようで、嫌な予感を想像させるには十分であった。


 「……俺にできることなら答えたいけど、まずはそのお願いを聞かないとだな」


 「うん、そうだよね。………ボク、ぼくね…………兄弟のみんなには内緒で、今日聞いたヴェルウルフ達からお話を聞きに行こうと思ってるんだ」


 「なっ??!! いやダメだ!! そんな危険すぎることは俺だって賛成できないッ‼︎」


 「わかってるよヒナタお兄ちゃん!! でも、でもボクはどうしても知りたいんだ!! どうして村を襲っているのか、どうしたら村の人とモンスターが仲直りできるか……!! だってヒナタお兄ちゃんも気づいたんでしょ?! さっきのお話にはモンスター達の事情が一つも入ってないって!! だからボクがやるんだッ!! ボクにしかできないから……。だからお願い!! ボクがいない間、みんながびっくりしないように協力して!!」


 「ッッ〜〜〜………!!!」


 危険すぎる!! 彼女のあまりにも無謀なお願いに、すぐにでもそう言って却下することは簡単だ。

 だけど今ここで俺が協力しなかったらハーセルフはどうするのか? そんなの考えなくてもわかりきっている。そのくらい彼女の意思は固く、そしてあまりにも純粋な思いがそこには詰まっていた。

 どうする? どうすればハーセルフを止められる??


 「……具体的に、だ。ハーセルフはヴェルウルフの群れに行ってどうするつもりなんだ? 相手は今や魔属やエルフすら見境なく襲うんだぞ? ハーセルフだって例外じゃない」


 「……そこはいつも通り、仲間と思ってもらえるように彼らの匂いをつけてから行けばなんとかなると思うんだ……。ヴェルウルフだったらオウセの匂いでなんとかなると思うし……」


 「匂いって……でもそれだけじゃあ姿は誤魔化せないんじゃないのか?」


 「姿は大丈夫だと思う……。ヴェルウルフは姿よりも匂いに敏感で、同じ姿でも匂いが違えば仲間じゃないって前に言ってたんだよ。だから匂いさえなんとかなれば………」


 本当にそうなのだろうか? 確かにハーセルフはモンスターにおいては他の誰にも負けないくらい知識や絆があるのだろう。だけどそれだって平時であれば……だ。

 それに匂いが違えば同じ姿でも仲間じゃないというのは引っかかる。これだとオウセの匂いで仲間だと思ってもらえるのかすら疑問だ。何より、現在シュンコウ大陸は長い冬に侵され、みな飢えに飢えている。そんな中、匂いだけでは今や仲間とは認めてもらえず、下手したら食われて終わりという、最悪のことすら起こり得るのでは?

 ………せめて姿さえ変えられれば、彼女の思いも問題なく成し遂げられるだろうに………。




 ………………ん?


 ちょっと待ってくれ。


 “姿”を変えられて、“匂い”もどうにかなる“変幻自在の人物”さえいれば、彼女の考える通りヴェルウルフの群れに紛れられる……って、それって俺しかいないんじゃないか?!


 俺が彼女の代わりにヴェルウルフに紛れ込んで、なぜ村々を襲っているのかさえ分かりさえすれば、彼女を危険に晒すことなく、しかも上手くいけばモンスター殲滅計画だって、もしかしたら中止にすることも可能になるかもしれない!!


 いや、全部が全部上手くいくだなんて思っちゃいない。

 だけどそこに少しでも希望があるんだとしたら………

 だったらやって後悔するしかないだろっ!!!


 「ハーセルフ……君の気持ちは痛いほどわかった」


 俺の思わぬ肯定の言葉に先ほどまで眉間に皺がよっていた彼女の顔は綻び、嬉しそうにこちらに顔を向ける。


 「じゃ、じゃあ……!!!」


 「あぁ!! 俺もそのアイデアには大いに賛成だ! だけど……。だけどそこにいくのは君じゃない。俺がその代わりを務める。だから絶対に灰色の兄弟を、オウセを悲しませることはしちゃ駄目だ!!」


 「!!! そッッ………そんな……。それはヒナタお兄ちゃんだって同じだよね………? そんな、そんな危険なこと……」


 「あぁ、危険だ。だからこそハーセルフに任せるんじゃなく、俺が、俺自身がしたいんだ。………それに忘れたのか? 俺、こう見えても神様だぞ?」


 「あ………。そっか……そう、だったんだね。うん!! ボク、ヒナタお兄ちゃんを信じる!! だって……だってボクたち灰色の兄弟を救ってくれた神様なんだもんね!!」


 「あぁ!! 必ず、必ずハーセルフの思いは無駄にしないように頑張るから……だから待っててくれ!」

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