第46話怪しい噂話





 死者の国とも言われている、マイヤの深き森に入って早三日。最初は見えない影に怯え、幾度となく叫び声をあげていたが、いまだになにも起きていなかった。いや、残念がっているように感じる言い方になってしまったが、出来れば何もないままこの国を出たい。


 「今日は少し頑張ってリッカの街の手前にある、集落まで行こうとおもう。さすがに四日も野宿は二人も辛いだろうからな」


 セズとウェダルフを見ながら話すアルグの顔にも、少し疲労が浮かんでおり申し訳なくなる。それというのも、普段なら俺とアルグが交代で見張りをしていたのに、夜中に叫びまくる俺のせいでまともな見張りが出来ず、結局アルグがほとんど見張るかたちになってしまった。


 「集落って……ここって村みたいなのがあれば、運がいい方って……アルグが言ってなかったか?」


 「あぁ、そう言ったことを知らずに歩けばな。一般ではまっすぐ歩くことすらままならないかもしれないが、そこは……まぁ、経験の差ってやつだな」


 「あぁ…………なるほどね。そしたら今日の狩りはどうするんだ?」


 マイヤ国に入って変わった事。

 それはアルグと共に狩りをしている、という事だ。それこそ最初は歩き方や息の潜め方など、初歩的なものを教えてもらい、狩りの仕方を近くで見てまわるだけだったが、夜の空いた時間には弓での狩りの仕方も習っていた。それを今日実践しようと言われていたのだが、宿に泊まるならそれも必要ないか?


 「もちろん、今日も狩りはする。その集落は宿はあっても、食事はないところだからな。それにヒナタも早く狩りに慣れた方がいい」


 狩りの後、毎回顔を真っ青にしている俺を思っての言葉なのだろう、何も返せないで言葉を詰まらせた俺の背中を思いきり叩き、アルグも最初そうだったと励ましてくれた。


 マイヤの国はほとんどが森のせいか、朝方は霧が立ち込めており、それが晴れても木々が日を遮るので、常に松明を焚いて歩かなければ足元すら覚束ない。狩りのために買った小さなランタンもあったが、松明のほうが安上がりという事でそっちを使っていた。


 「なんだか奥に進めば進むほど暑くなってきましたね。この先にあるユノ国はもっと暑いのでしょうか?」


 セズが額の汗を拭いながら話す姿に、俺も長袖を捲って前を歩くアルグを見つめた。確かに暑い……。なのに何でアルグは平然としてるんだ……? 毛皮の長袖なんて見てるこっちが暑くなる!


 「ユノ国は温暖な気候で、日差しも強いからここ以上に暑いって、お父さんから聞いたことあるよ! 長袖のままじゃ辛いかもね」


 「……アルグさんは暑くないのでしょうか?」


 やはりというか、アルグの服装は皆気になっていたようで、ウェダルフも好奇心で満ちた目を向けている。


 「オレは別段暑くも寒くもないぞ。このぐらいの気候ならこのままでもいける」


 また一つアルグの謎を知った俺たち三人は、その後たいした会話もなく、目的地であった集落に日暮れ前に無事到着した。


 森に紛れるように点在する家々に、俺たち三人は目を奪われた。その集落はモンスターの襲撃を警戒してか、生えている木を利用した建物で、見上げるほど高いところに造られていた。


 「これは……すごいな。頭の真上に家が建ってるなんて、はじめてみた」


 家の数は数えるほどしかなかったが、一応宿屋もあるらしく、アルグは慣れた様子で道案内をする。当然宿屋も同じように高い位置にあり、そこへと続く道は木を利用した螺旋階段で出来ていた。


 「わぁぁ……!! 家の中にまで木があるよ! すごいねぇ」


 感嘆の声を上げ、セズと共に木をくまなく眺めようとする二人を横目に、俺たちは今夜の宿を予約を済ませてセズとウェダルフは宿に残り、俺とアルグは狩りをするため集落から少し離れた場所へ赴く。


 覆いでランタンの明かりを最小限に留め、息を潜めながら森を歩く。アルグは俺から離れた場所で見守っており、今この場には自分しかいない。緊張のせいか手が震えて的がぶれてしまい、丁度良く止まっていたにもかかわらず、モンスターを取り逃してしまう。そんなこんなで、その後も当てる事が叶わないまま狩りが終わってしまった。


 「まぁ、最初なんてこんなもんさ。今日も夕食が終わった後いくらでも練習に付き合うから元気出せ」


 「ありがとう、アルグ……。明日もまた頼む」


 アルグがほんの数十分で狩ってきた獲物を一緒に捌きながら再チャレンジを誓い、二人が待つ宿へ戻っていった。

 夕食後、のんびりティータイムを過ごしていた俺たちだったが、宿の店主であるエルフの男性が話の種にと望んでもいないのに怪しい噂話を話し始める。


 「お客さん~。さっき森の中に入ってましたけど、大丈夫でしたか? いや、ここ数十年囁かれてる噂話なんですがね、夜子供を捜して歩き回る女性が村々に現れ、音もなく消えていくそうですよ! 」


 「それがどうしたんだ? ここはマイヤの国だ。精霊の一つや二つ見てもおかしくないだろ?」


 「それもそうなんですが、この噂話が怖いところは期間が長いところなんですよ~! 私が知ってるだけでも20年も前からある噂話で、なんでも子供を攫っているとも聞いたことがあります!!」


 店主が話し始めてから、ずっと耳をふさいでいた俺だったが、それでも聞こえてくる話に耐え切れなくなり、店主の話の途中にもかかわらず、逃げるようにその場を離れてしまう。店主の驚いた声が聞こえたが、食堂に残っていた三人が上手く誤魔化してくれるだろう事を祈り、ランタンと弓を持って部屋でアルグが来るのを待った。

 数分もしないで部屋に戻ってきたアルグに一言詫びを入れ、練習をするため地面へ続く螺旋階段を下っていたときの事だった。


 地面まであと少しのところで、白い影がチラリと目の端に写ったような気がして足を止める。ほとんど無意識で、鬱蒼と茂っている森のほうに顔を向けると、しなきゃ良いのに何故かその正体を知るため、目をこらえ確認してしまう。

 その正体を知ってしまった俺は、声にならない叫びをあげてまさしく無我夢中で、前を歩くアルグの両肩を掴み思いっきり揺さぶる。


 「……ッッ!!!! アルッ、アルグ! い、いいいま人が、女性が青白く光って森の中を……!!」


 感情のままにアルグを揺さぶり、普段は慌てたりしないアルグが声を荒げて俺の左手を捻りあげた。


 「や、やめッ……やめろヒナタッ!! こんな足場が安定しない場所でいきなり暴れるな! 下手したら地面まで転げ落ちるだろうがっ」


 容赦なく技をかけられたおかげで、冷静さを取り戻したが、それでもついさっき見た恐怖は抜けきらず、寒くもないのに歯をカチカチならしながらアルグに説明する。

 説明前はいつもこんな感じで悲鳴をあげていたため、またいつものだろう的な顔で聞かれていたが、それが女性の霊だと知ると、さっきとはうってかわり眉間に深く、しわを寄せ話を聞くようになった。


 「本当にヒナタが見たのは女性で、森の中を歩いてたんだな。そうなるとその女性はさっき店主が話してた精霊かもしれんな……」


 「さっきって……ごめん、俺耳塞いでたからよく聞いてなかったんだけど、今日はもうやめないか? 明日の早朝、日が出る前でもいいからお願い……!」


 階段に正座し、土下座のように一段下の階段に手をついて懇願する姿に、アルグも呆れたのかそれとも哀れになったのか、それは分からないが、今日は止めて明日の早朝に予定をずらしてくれた。



 「わかった。そのかわり俺が起こしたらすぐに支度しろよ。起きなかったら水かけてでも起こすからな」


 そうして不気味な夜は過ぎていき、翌日はアルグの宣言どおり水を頭からかけられ、目が覚めるのだった。

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