第45話死者の国へ





 出立をいよいよ明日に控えた俺達は、昨日するはずだった旅の準備を朝早くからすることにした。それというのも元の姿に戻ってしまった事により、人目を避けなければならなくなり、一人で出かける事もアルグから禁止されてしまったのだ。

 なので今、ごまかし程度だが日よけの布をすっぽり被せ、アルグと一緒に買い物に出かけており、先の事件で使い物にならなくなった、ショルダーバッグの代わりになる物も見つけることができた。今度は腰に巻きつける革製の小さなポシェットで、紐の部分がベルトになっているので今度は千切れたりしないはず。


 そんなこんなと買い物をしていたら約束の時間になり、先に着いているセズを追いかけ、俺たちもウェダルフの家に向かった。

 呼び鈴を鳴らすと、以前と同じお手伝いさんが家の中へと迎え入れてくれた。客室にはすでに三人揃っており、急いでセズの隣の席に腰を下ろした。失礼とは思ったが、日よけの布は被ったまま、俺たちは軽く挨拶を交わす。


 「お二人ともお待ちしておりました。明日はいよいよ旅立ちの日になりましたね」


 穏やかな口調で話を切り出すウェダルフの父親、リュイさんは寂しそうに隣に座っているウェダルフの頭をなで俺たちに顔を向ける。


 「そうですね……。やはり、息子さんを俺達に預けるのは不安になりましたか……?」


 「いえ、今日お呼びしたのはその事ではありません。私は今でもあなた方にお預けした事を後悔なんてしておりません。今日はどちらかというと息子をお願いするにあたり、必要となるものをあなた方にお渡したいのです」


 そういってお手伝いさんに目配せをし、お手伝いさんは布に覆われたなにかを俺達の前に差し向けてきた。その大仰さに冷や汗が流れ背中を伝う。

 俺は思い切って布を引っ張り、目に映る大量の金色に、一瞬目がくらんだ。


 「リュ……リュイさんこれは?」


 みたこともない大量の通貨に、俺はきごちなく二人のほうを見るが、その焦点はままなってない。


 「もちろん、先程もお伝えしたとおり、旅には必要不可欠のお金になります。この間のお礼と、これからお世話になる息子の為にはこれ位は必要かな、と……」


 まって……お金持ちの感覚が分からないのだけれど、こんなに持てないし、むしろ貰うのが怖いよ!! これでウェダルフに何かあったら沈められる……ッ!!!

 大量のお金に驚いたのは俺だけではなかったようで、普段は驚かないアルグでさえも大口を開けてリュイさんを見ていた。


 「……すいません、オレ達は旅人です。こんなに大量の金貨は分不相応ですし、なにより逆にウェダルフを危険にさらす破目になる。なので受け取ることはできない」


 きっぱりと断るアルグに頼もしさを感じるが、反面少しなら貰ってもいいんじゃ……と思った事は口にしないほうがいいだろうな。


 「それならば、このお金で旅の仕度だけでも済ませてください。息子が新たに加わるのですから何かと物入りでしょうし」


 それならとアルグも納得をし、三枚程の金貨をうけとった。それだけでも一ヶ月は余裕で旅が出来るくらいの価値で、準備だけなら十分すぎるくらいだ。

 俺達三人はリュカさんにお礼をつげ、今度は四人で買い物をして、この日は無事終了したのだった。


 翌日、日の出前にアルグに揺り起こされ、寝ぼけ眼のまま仕度をする。朝食はあらかじめ買っておいた果物を腹に詰め込み、慌て気味に待ち合わせ場所となっている、次の国、マイヤへと続いている門前に急いだ。

 門の前にはすでにウェダルフをはじめとした、ソニムラガルオ連盟や灰色の兄弟が揃っており、残すは俺たちのみとなっていた。


 「みんなごめん!! 俺が寝坊したせいで大分待ったよな……!!」


 開口一番に謝る俺に、皆笑いながら気にするなと口にする。


 「それよりもなんでヒナタはそんな目深に布を被ってるんだ? 日差しなんてまだ差してないのに……」


 レイングさんに指摘されドキッとするが、寝癖が酷くて隠していると誤魔化して難を逃れた。そういえば昨日、アルグと安定していなかった俺の気配について聞いて見たのだが、姿が戻って以来安定しているとのことで、アルグは安心したように話していた。


 「あ、ウェールさん! エイナたちから聞いたのですが、腕輪ありがとうございます。それで少しばかりですがこれを……」


 「あぁ、代金ならいらないよ。それは私たちソニムラガルオ連盟のお礼も兼ねたものだからね。宝石の部分も元は君の物だから気にしないでほしい」


 「え、そうだったんですね……。あの皆さんありがとうございます」


 ソニムラガルオ連盟に深々と頭を下げ心からのお礼をする。そのまま灰色の兄弟にも別れの挨拶を交わし、最高の餞を受け取った俺たち四人は、霧が立ち込める深い森へと足を踏み出した。




**********************





 ほとんどが森で覆われた、マイヤの国はモンスターの巣窟らしく、この森に住むものも極僅からしい。集落があったらラッキーぐらいの確率で、しかも鬱蒼とした森なので常に薄暗く、ここでの単独行動は絶対しないようにと、アルグに口すっぱく言われていた。


 「うぁぁ……! 僕初めて街の外に出たけど、この森はすごいねぇ!! あちこちに原始種属の人たちがお話してるよ!!」


 キラキラとした眼差しで、辺りをきょろきょろしているウェダルフをたしなめるように、アルグは恐ろしい事を口にした。


 「気をつけろよ、ウェダルフ。お前さんのような存在は、あちらさんも珍しがって寄ってくる可能性が高い。しかもここは死んだものが必ず訪れる国だ。未練を残したものがお前さんに危害を加える事も考えておけ」


 …………あんだって?? 今、死者がどうのこうのっていったか?


 「まてアルグ。今の話詳しく聞かせてくれ……」


 「あー………ヒナタが怖がると思って言ってなかったんだが、ここマイヤは別名として死者の国って言われててな、死んだものが必ず訪れる国なんだ。そして森の中心にある街、リッカはそんな者たちが集まり、未練や想いをそこで果たすため出来たとされているワケで……」


 つまりなんだ……。俺たちは今幽霊がうようよいる街に向っているってこと??!


 「それを先に言ってくれッー!!! 帰る! 帰りたい、帰してー!!」


顔を真っ青にして形振りかまわず叫ぶ俺に、アルグは思いっきり頭を殴ってきた。ヒドイッ!! もう、本当にひどいよ!


 「こうなるから言わなかったんだ。落ち着けヒナタ、お前さんが何を想像しているのかは知らんが、この国を治める精霊、つまりは幽霊ってやつは原始種属に近しい種属なんだ。めったな事がない限りは俺たちに手出ししてこない」


 そうは言われても、小さい頃から苦手だったものをすぐには受け止めるなんて無理だ。怖いものは怖いのだッ!!


 「まぁ、最悪お前さんだけ街に入らず俺たちの事を待っているのもありだけどな。街の近くなら早々モンスターが来る事もないし、そんなに長く滞在する気もない」


 「そうですね、私もシェメイで気になる事を聞きましたし、ヒナタさんは街の外のほうが安全かもしれません」


 「あー、そうだね……。ヒナタにぃは今回街に入らないほうがいいって! あの街はシェメイよりも特殊だってお母さんが言ってるよ」


 三人から街に入るなといわれ、おれはその恐ろしさに震えがとまらなかった。もういや……、もう早くこの森抜けたい。リッカに何があるのか知りたくもないし、出来るなら知らないままでいたい。


 「デハ……今回俺は不参加でお願いします……」



 こうして俺の今までで一番辛くて長い旅が始まったのだった……

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