第47話掟の街リッカ




 歩くたびに右耳からチャプチャプと涼しげな音が聞こえ、俺はその度に足を止めて、耳から水を出そうと頑張っていた。

 今日の朝、俺は驚きと共に目が覚めた。アルグが本当に水をかけたからというのもあるが、目覚めた場所もベットの上ではなかったからだ。後から話を聞くと、アルグは再三声をかけたのに俺が起きなかった為、水をかけるため俺を担ぎ、宿を出て螺旋階段を下りて、集落の中心にある井戸まで運んできたそうだ。

 そこまでしても目が覚めなかった、自分の寝汚さが悪いのは分かっているが、容赦なく水をかけるアルグもどうかと思う。


 耳の違和感が消えないまま半日かけて森を歩き、無事リッカの街へと到着した。森を切り拓いた場所にあるリッカの街は、シェメイと同じように外壁で街を囲われいるが、今まで修繕も何もしてこなかったのだろう、所々崩れており本来の機能を果たしているようには見えなかった。

 そしてその崩れた城壁からチラリと見える家もホラー映画のようにボロボロで廃墟同然だった。


 「ここが……リッカの街? なんだか予想以上に廃墟なんだが、本当に精霊たちが住んでいる街なのか?」


 あんぐりと大口をあけて黙り込む、セズとウェダルフも同じだったようで、なんだか泣きそうな目でアルグを見つめていた。


 「外からじゃリッカの街は見えない。あそこにある門の入り口から入れば、ちゃんとした街が見えるようになってるんだ。だけど入る前に、セズとウェダルフには絶対守ってほしい事がある。街に入ったら"掟"に従うように。逆らったら二度と街には入れなくなるからくれぐれも気をつけてくれ」


 「掟を守るのは私もウェダ君も大丈夫ですが、それが何かを知らない事には……」


 それもそうだろう。いきなり掟を守れと言われても、掟がどんなのかが分からないので守りようもない。


 「そこは大丈夫だ。中に入れば嫌でも分かるようになっている。最低限の文字が読めれば、街中に書いてあるからちゃんと読むようにな。それよりヒナタはなるべく街には入らないほうがいい。見えないやつが街に入れば厄介な事になりかねないからな」


 「わかった。俺も面倒ごとはごめんだから入らないようにする」


 頼まれても入る気がしないので、そこは大丈夫だろうが、問題はアルグ達がいない間の食事と野宿場所だ。街が近いとはいえモンスターが襲ってこないとも限らない。さて、どうしようか……。


 「そうとなれば、早速この辺りにいくつか罠を仕掛けにいくぞ。オレ達がいない間の食事をまず、確保しないとオレも安心できないしな」


 俺のこともきちんと考えていたようで、街の周辺にいくつかの罠を設置し、その際には懇切丁寧に教えてもくれた。これで罠が全滅してもまた仕掛ける事が出来るだろう。

 罠を設置後、昼食がてら今後のことについてしっかり話し合った。その結果、次の合流は三日後の昼ごろに、門の入り口で待っている事が決まり、待つときも罠を設置した範囲外には出ず、街の近くで野宿するように言い含められた。


 「それじゃあ、くれぐれも街に入らない事と、街から離れないでくれよ。さっきも言ったが街近くならモンスターも襲いにくい」


 「それではヒナタさん、また三日後にお会いしましょう。絶対に街から離れたら駄目ですよ!」


 「ヒナタにぃにもちゃんとお土産買ってくるから、待っててね! 一人だけど泣いちゃ駄目だよ」


 ウェダルフだけ旅行気分でルンルンとしていたが、二人は前科があるせいかものすごく不安そうに門をくぐっていく。街の門からみえる街並みも廃墟同然で、セズとウェダルフは不安そうに門をくぐって行く。俺もどうなるのか気になり、見つめていると突然三人の姿が歪み、次の瞬間には消えてなくなっていた。

 なるほど、結界みたいなのが街に張ってあり、中に入れば本当の街が見えるって寸法かな?


 リッカの街の秘密を一つ知った俺は、傾き始めた太陽に気がつき、慌てて野宿の準備をするべく、いい場所がないか探索を始めた。

 モンスターが襲いにくいとはいえ、なにもない場所に設営するのはいささか不安なので、襲われにくそうな場所はないかと辺りを見渡していた時だった。


 ………それはぽつりと建っており、街から少し離れた所にあった。

 森の中にあるその“家”は、先程罠を設置していたときには無かった様な気がしたが、見落としていただけかもしれない。そんな言い訳はともあれ、人がいるかどうかを確認をするために俺は家へと向かい、玄関口を軽くノックする。

 暫く待ってみたが、人はいないようで返事も物音すらしていなかった。恐る恐る扉のノブに手をのばし扉をあける。


 鍵もしてないこの家は、廃墟だというのに綺麗に保たれており、人が住んでいる気配がまるで無い、おかしな家であった。生活品は揃えられているのに、そのどれもが厚く埃被ったまま、まったく使った形跡が無い。かとおもえば、家の修繕はこまめに行われているようで、色の違う木がちらほらと見受けられる木造建築の家は、もしかして精霊が住んでいる家なんだろうか……?


 「すみませーん! どなたかいませんかー?」


 精霊ではないことを否定したいがゆえに、大きな声で家主の確認してみたが、やはり返事は無かった。


 「うわー……どうしようか。誰かが住んでいるなら暫くお世話になろうかと思ったけど、まるで人が住んでる気配がしない……」


 外を見ると太陽は沈みかけており、あと数十分もすれば完全に夜となってしまうだろう。いまならまだ設営は間に合いそうだが、いかんせん安全確認が済んでいないところでの野宿はやはり怖い。

 考えていてもどうしようもない。今日だけこの家で過ごす事を決めた俺は、もしかして今ここにいるかもしれない精霊に非礼をわびつつ、一夜だけ過ごさせてほしいと、何も無いところに向かい話しかける。傍から見たらあほに見えるんだろうな……。


 日が落ちる前にランタンに火を灯して、夕食の準備をするべく家の外を探索してみる。どこかに水があったらいいなと思ったが、そう都合よくはいかないようで、水の音すら聞こえなかった。

 早々に諦めた俺は家の中へと戻り、今日のところはとりあえず果物で空腹をしのぐことにした。


 侘しい夕食後、せっかく一晩お世話になるのに、何もしないで出て行くのも申し訳なく思い、俺は家の端で眠っていた掃除道具を取り出して、埃だけでもと掃除していた。


 一通り終わるという頃、遠くからガサガザという枝葉がぶつかる音が聞こえ、俺は息を潜める。

 モンスターかと思い、入り口に置いていた荷物から弓を持ち窓から様子を伺う。真っ暗で何も見えないが音は依然として響いてくる。

 固唾を呑んでその正体を見ようと目を凝らしていたときだ。


 「……なにをされているんですか?」


 俺の真横、窓とは反対方向から突如声が聞こえ、心底驚いた俺は素っ頓狂な声を上げ尻餅をつく。


 「あら、ごめんなさい。そんなに驚かせてしまうなんて……。お尻は大丈夫?」


 物腰柔らかに話しかけてきた女性はいつそこにいたのか、物音一つさせずに、俺に近づき真横にぴたりとついていた。


 「す、すいません……!! ここの家主の方でしたか? 全く音がしなかったので吃驚して……大声出しちゃいました……。あ、すみません。断りも無く勝手に上がってしまって、迷惑でしたよね?」


 頭はパニック寸前で、いまだ腰を抜かしたままの俺だったが、まずは不法侵入の事を謝ることにした。だがそんな俺の様子をその女性は気にしていないのか、あらまぁ、といって優しく笑うだけだった。


 「貴方がここにいる理由は、なんとなく分かっているから気にしなくていいのよ。それより弓を持って窓を見みつめているからどうしたのかと思って……」


 「それは……ありがとうございます。弓はさっき物音を聞いてモンスターがいるのかと思って構えていたんです」




 そう答えて、隣に置いてある布を被ったランタンに手をのばし、弓を置いて立ち上がる。


 「そうだ、貴方のお名前聞いてなかったわね。私はキャルヴァン。訳あってこの家に帰ってくるのは暫くぶりだったの」

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