第71話サリッチにかけられた呪い
いまだにドキドキと大きく脈打つ、自身の心臓を押さえつけながら、俺はサリッチに会うため着た道を戻っていた。大丈夫、まだバレていないはずだ。そう自分に言い聞かせながら帰り道を歩いていた。
さっきと変わらない居住区の雰囲気に、段々と落ち着きを見せた頃、ここにきてから気になっていた、蕾だけしかない屋敷の前を通りかかり、しかも偶然にも人がいるのが見えた俺は先程のことも忘れ、何の気なしに話しかけてしまう。
「こんにちはー! ここの屋敷の方ですかー?」
蕾しかない花畑を丁寧に手入れをしていた男性に声をかけ、俺はこの花が何かを聞くため、畑に入らず道端で大きく手を振り男性を呼び寄せる。
「こんにちは、旅人の方ですか?」
さっきの女中さんとは大違いの男性の対応は物腰優しく、落ち着きがある素朴な見た目で、俺も安心して話しかける。
「そうなんです。ここの区域は花が見事だときいて散歩してたんですが、ここの花だけ咲いてないのが気になってしまい、思わず声を掛けてしまいました」
素直にそう告げると男性は別段怒る様子もなく、あぁ、そうだったんですねと笑いかけてくれた。なんだ、貴族ってみんなあんなんじゃないのか、そう俺は自身の思い込みを反省する。
「ここの花は他の花と違い、昼に咲くことはめったにないんですよ。月下美人というのですが……それは見事な大輪が、夜だけその姿を魅せてくれるんです」
「月下美人……素敵な名前ですね。では貴方がその花の管理者なんですか?」
「えっ?! まさかそんな僕なんかにこんなたいそうな花を司るなんて大役できませんよ! 僕はここの主人、タウ・フウア様に仕えるしがない使用人です」
ものすごい勢いで否定をした男性は、親切にも何も知らない俺の為に色々な事を教えてくれた。
まず月下美人という一族は、代々王族の宰相職をしてきたようで、参謀であるナナカマド一族と共に国を支えてきたそうだ。だがそうなると朝顔の一族って何してるんだ? こういうのは大体国王の次に権力があるのは宰相とかだけれど、なぜ国民は皆朝顔の一族が次に偉いだなんて……?
「まぁ、実際人気があって知名度も高いのは朝顔の一族ですけど、本当のところは朝顔の一族は貴族の一つにしか過ぎないんですよ。確かに王族とは代々深い関わりがある一族ですが、国を動かすための何か特別な権力があるわけじゃないんです」
すがさす俺の疑問に答えてくれた男性のナイス補足に、国民の評価というのはやはりいい加減に出来ているものだなと俺はつくづく思う。
その人物が目立って善いことをしているからといって、それがイコールとは限らないのだ。
第一この国は王政国家で、国民に広く王様が何しているかなんて伝わるとも思えない。宰相がいるから王様がすべて独断で国を動かしてるという訳でもなさそうだしな。
「でもこんなこと、見ず知らずの俺に話しても大丈夫なんですか?」
聞いたらなんでもはなしてくれそうな男性に、流石の俺も情報漏えいと見なされないか心配になってしまった。
「別段隠している事ではないので大丈夫ですよ。第一この国人達はそういった事実を知らないので、フウア様に仕えている身としては寂しくもあるんですよ」
たしかに宰相とか、そんなことは貴族間では当たり前の常識としてあるはずで、その知識を庶民に教えたところで何の支障もないか。
でも男性が話してくれた情報は俺にとっては重要なもので、今回の暗殺未遂事件の取っ掛かりを意外なところで得ることが出来た。
そうして話しているうちに陽は傾いてきたので、俺は穏やかな男性にお礼を告げその場を去ることにし、その足で今朝方言ったとおりサリッチの宿へと向うことにした。
元気がなさそうだったサリッチのため、道中で買ったこの国名物の手で食べられる軽食を持って、サリッチの部屋をノックする。
「サリッチ~、元気になったかー? 俺今両手が塞がっているから出来れば扉を開けてくれな……うわっ!!?」
俺が言い終わる前に勢いよく扉を開け、俺の襟首を掴み部屋へ引っ張り込まれる。俺はその有無を言わさない様子に驚きつつも、両手に持っている食べ物を零さないよう全神経を使い、サリッチが引っ張るままに部屋へ入っていく。
「お、おいどうしたんだよ?! 俺がいない間になにかあったのかよ??」
先程から一言も喋らないサリッチに、俺は本格的に心配になって顔を覗き込もうと試みるが、襟首を掴まれたままではそれも難しかった。
「とにかく話はちゃんと聞くから襟首は離してくれよ。ほら、腹減ってるだろう? サリッチは庶民の食べ物は好きじゃないかもしれないけれど、これ中々美味しいぞ?」
「……あとで食べるからそこに置いといて。それよりあんた、こうなった以上どうなるか分かってるの?」
依然として俯いたままのサリッチから、いきなり訳の分からないことを言われ、俺は頭のなかがハテナマークでいっぱいになってしまう。その異様な雰囲気に、兎に角話をしっかりと聞くため手に持っている軽食を机に置いて、サリッチにそっと近づく。
「仲間に言ったらこの腕輪がどうなるか……最初にそう言ったわよね?」
「ハァ? そりゃ俺もしっかり聞いたけど、俺は仲間に一言も話した事なんてな——
「嘘言うなっ!! じゃあなんであんたが帰った後にあんたの仲間が私の部屋に来るわけ?!」
この部屋に入ってはじめてあげたサリッチの顔は、涙でぐちゃぐちゃになっており、その異様さに俺は一瞬思考が止まる。
どういうことか考えればすぐに分かる答えが、サリッチの涙のせいで上手くまとめる事が出来ず、咄嗟に俺は妹を慰めるときと同じようにサリッチの頭に手を伸ばすが、それも叶わずものすごい勢いで弾かれてしまう。
「な、何があったんだよ、サリッチ。俺には何がなんだか分からないから一から説明をしてくれよ」
「ッ!!! ……あんたの仲間があたしに王の資格なんてないって!! そんなのっ、そんなのあたしが一番分かってるわよ!!!!」
ますますもって訳が分からないが、今日俺の仲間がサリッチの部屋を訪れ、その際に王の資格なんてないと言った? という事なのだろうか??
そんなこという仲間なんて……。もしかしなくてもセズならありうる……が、あのセズが人を傷つけるような事を無闇に言うだろうか?
事情は概ね把握したが、どうしてそうなったかがいまだに判然しない。だが今それを理解するより、目の前で泣きじゃくっているサリッチをどうにかして慰めなければいけないな。
「どうしたんだよ、いつものサリッチらしくない事言って……。お前は王様で、この国の為に頑張っているんだろう? それじゃあダメなのか?」
「違う……そんなのあたしのおかげじゃないもの……。みんなあたしよりお母様やアンユのほうが王様として好きなの。誰もあたしなんか何も求めてない…………」
弱弱しく肩を震わせ、ポツリポツリと話すサリッチは王様でもなんでもなく、ただ理想と現実の間に悩む思春期の女の子だった。
きっと彼女は生まれてからこれまでずっと立派な王として、その振る舞いや知恵を求められてきたのだろう。期待とプレッシャーはどれほど彼女を苦しめたのだろうか……。そう考えると、これまでの彼女の偉ぶった振る舞いや、盲目な程のナルシストは自分を守るための盾だったのかもしれない。
「サリッチ……。君はどんな王様になりたかったんだ? 国民に愛される王様? それとも国を豊かにするため頑張る王様?」
「あたしは……。あたしはお母様みたいな王様になりたかった。賢王として国民から愛され、このユノ国をより豊かにする完璧な王様に…………なりたかったの」
それは彼女の心からの願いで、まるで呪いのような理想像だった。それが今もなお彼女を苦しめている。そう思ったけれど、俺は掛ける言葉が出てこず、ただ彼女が泣き止むまで背中をさすってあげる事しかできなかった。
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