第98話いつか会える日を待って
キャルヴァンは穏やかな声で俺に語ってくれた全てを皆に話す姿は、務めて普段通りにしているかのようで、なんだか落ち着かなかったが、それ以上にオールさんのキャルヴァンを慮る様子はずっと片親だった俺にはひどくショックを受けた。
「……以上がヒナタには話していた私のしてきたことのすべてよ。私はそれ以後この街の人たちから掟破りと疎まれ、でも未練がより一層深まってしまった私は街の近くの小屋で、何の成果もない子供探しをしていたの」
「そんな…………いえ、お話してくださりありがとうございます」
「今回皆様が宿に泊まれなかったのは夫である私にも責任がございます。今日はそのことと妻にも話していなかった子供の行方について……ヒナタ様にお願いしたいことがあるのです」
キャルヴァンを横目に独り言ちていた俺は、思わぬ言葉に何と答えるべきかキャルヴァンに無言の訴えをしてしまうが、どこか呆けた様子のキャルヴァンは虚空を見つめ、俺を見ようとしない。
「キャルヴァンにも話していなかったことなのに……俺たちまで聞いてもいい事なんですか?」
「そのほうがフェアーだと思ったのです。ヒナタ様も決して無関係ではないのですから」
オールさんの言葉に反応を示したのは意外にもキャルヴァンではなく、傍で控えていたフルルージュで、その反応にオールさんも言われる前に言葉を返す。
「……この街の掟に触れるようなことはここではお話しませんのでご安心ください。ただそのことについてヒナタ様が追及をなされた場合、私はお答えするのが吉だと失礼ながらお伝え申し上げます」
『なにも……何も追及されて困ることはないので続きを話しては?』
声のトーンが数段落ちてはいるが、表情はいたって冷静なフルルージュはオールさんの話を促し、キャルヴァンも息をのむ。
「では早速。まず初めにお伝えしたい事は元妻であるキャルヴァンは正確には掟破りとは判断されておりません」
「えっ? それってどういうこと?」
ウェダルフが驚きの声を上げオールさんを見るが、それはキャルヴァンも同じだったようで、目を大きく開け隣を見つめていた。
「正しくは一度掟には背いたが、最終的には子供を手放したことによって掟破りとは判断されずに済んだということです。そしてそもそもこの街の掟には二種類あるのです」
「そんな……そんなこと初耳だわ」
「それもそうだろうね。なにせこの街を管理する原始種属やそれに準ずる者たちは、そのことを死者やその子供である精霊には意図して伝えていないのだから」
意図して伝えていない? それは知られると何かさわりがあるということなのだろうか?
「意図して伝えない理由は二つあります。まず一つはこの街の掟は神を崇拝することを禁じているから。もう一つが、そのことを知ることによって掟が軽んじられる可能性があるからなのです」
『オールさん。それ以上はいけません』
オールさんの言葉にファンテーヌが鋭く口止めをし、ウェダルフの肩がびくつくが、当の本人であるオールさんは気にする様子もなく話を続ける。
「えぇ、心得ております。ですので何故なのかまではいえませんが、二種類の掟はそれぞれ異なる働きでリッカの街、そしてマイヤの国をエルフやドワーフなどから守ってきたのです。そして今回妻が破った掟というのが、緩やかに判断される掟でありこれは期限以内に掟を再度守れば掟破りとは判断されないものなのです」
「つまり期限内に子供を手放したからキャルヴァンは掟を破らずに済んだっていうことですか?」
「はい、その通りです」
ただそれらは一般には知らされていないため、キャルヴァンは掟破りと噂され、今もなお疎まれ続けている。というのは理解したが、ではだったらなぜオールさんはフルルージュと取引までしてその期限を遅らせるような情報をキャルヴァンに渡したのだろうか?
「この街、いえマイヤ国にとって掟とは自分たちを守るための盾になります。それを一人の感情で国を脅かしかねない元妻の行動というのは皆にとっても許しがたい行為で疎まれるのは当然と言えます。……たとえどんな理由があろうとも」
「じゃあ……じゃあなぜあなたは私に実体化と憑依の能力を教えたのかしら。言っていることとやっていることがまるでつじつまが合わないわ!!」
珍しく声を荒げるキャルヴァンだったが、それもまた当然でなぜだめだとわかっているのに手を貸したのか俺にも理解が出来ないかった。
「それは……それは君と同じ理由さ。私だって少しでも長く我が子の成長を見ていたかったんだよ。君は信じてくれないと思うがね」
「なによ……なによそれ!! 今更そんなことを言われてももう私はもうあのことは会えないかもしれないのよ!! それなのに今更あの子の……チヘルの行方なんて!!」
「お、落ち着けよキャルヴァン。冷静にならなきゃ出来る話もできないだろ? それにオールさんはチヘルの行方と言ってたんだろう? それがどういう意味かちゃんと考えてみようぜ」
俺は今にも暴れだしそうなキャルヴァンをなだめつつ、オールさん言葉の意味を今一度考えてみる。
彼は最初にチヘルさんの行方についてと話していた。これはつまりオールさんはチヘルがどこに行ったのかを知っているということだろう。それにだ。キャルヴァンに実体化と憑依について教えた理由もオールさん自身捨てきれない思いがあってのことだというのは、彼の行動の矛盾から見ても明らかなような気がする。一方では掟を守るべき立場としての行為と、もう一方は子を捨てざるを得ない妻と自身の無念さあっての行為ならば、ぎりぎりまでキャルヴァンを匿っていたのも納得がいく。
「…………キャルヴァン。僕は今までずっと君に伝えていなかったことがあるんだ。そのことを言えば君は無理にでも憑依を使って、マイヤの国を出るだろうとおもっていたから。でも、君はヒナタ様と出会いそして救われたんだ。だから今初めて言える。………チヘルは死んでなんかいない」
「……死んでない、と確信しているのはここが死者の国だからですよね?」
「あぁ、そうだ。死んだらどんな生命、赤ちゃんであろうともこの街に来る。だからチヘルは死んでなんかいないんだ」
「……それは本当に? 間違いない事なの?」
「間違いないよ。ここ数年幼くして亡くなった子を見続けてきたが、その中にチヘルはいなかったよ。僕も我が子のことを見間違えることなんてしない」
オールさんはしっかりとした声でキャルヴァンにそう伝えると、色んな感情が一気に押し寄せてきたのかその場に泣き崩れ、その背中をオールさんが優しく撫で落ち着かせる。その姿はまるで今もキャルヴァンを愛しているようで俺は複雑な気持ちになってしまう。
「そしてこれからは僕のお願いになります。……どうかキャルヴァンをシュンコウ大陸にあるフェブル国、ウィスの街まで道案内をお願いしてもよろしいでしょうか? ………肉体を持って生まれた子はみなそこの街の領主に頼み、各村々へと預けられるのです」
………ウィスの街といえば、アルグも向かったであろう街だ。
そこに今また一つキャルヴァンの子供という繋がりが出来、俺は思わず苦い顔をして黙り込んでしまう。
「やはり難しいですか。では……」
「あっ、いえ!! 勿論キャルヴァンの子供に繋がるなら行きます! ただちょっと考え事して返事が遅れてしまいました」
「そうよ! この底なしのお人好しが断るわけないじゃない! なんなら子供がいるところまで同行するわよ」
すがさすそうフォローしてくれたのはサリッチで、その意外性にウェダルフもセズも驚いたような顔で彼女を見るが、当の本人はフォローと思っていったわけではなさそうだった。
『……それではキャルヴァンのお話も済んで食事もおわりましたので、皆様もうお部屋に帰って明日に備えませんか?』
何を焦っているのか、フルルージュは話を遮るようにそんなことを告げ、俺の背中を押すが俺はまだオールさんに聞きたいことが山ほど残っており、彼を見るが未だに気持ちの整理がつけられない様子のキャルヴァンにかかりきりでそれどころではなさそうで、俺は大きなため息をついてしまう。
「何を隠したいのか知らないけど、フルルージュは俺にそのことを話す必要があるんじゃないのか?」
『……オールとなにについて取引したのか。それについてはこの街ではお話しできません。なので皆が寝静まった後、貴方にだけ私のずっと探していたものを教えます。……それでいいですか?』
この場では話しずらい内容というのは引っかかったが、話すと言っている以上俺は黙ってうなずき、キャルヴァンとオールさんを残し皆を各部屋へと押し戻したのだった。
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