第11話咲かない桜
父でもあった、マウォル国の王が逝去した日から早一年が経つ。
次の長の座を巡り、初めの頃は後継を争っていた兄や姉達だったが、なんでも長になるための”兆し”が見受けられないとかで、未だ王なき状態が続いていた。
でも、私には関係のない話。兄弟の中でも末端に位置する、出来損ないの咲かない桜なのだから。
かあさまが昔、寝物語に教えてくれた私達春の種属の役目は、今となっては恨めしさが残る苦い思い出。
この世界は四つの大陸に分かれている。その内のシュンコウ大陸は私達、春の種属が全植物を管理している。中でも桜の一族だけがなれる長は特別で、大事な役目を担っているらしい。らしい、というのはそこまでしか母は教えてくれなかったから、どんな事をしなきゃいけないのか知らない。
それもしょうがない話だと、今は分かる。だって私は、今まで一度も咲いたことがない桜の管理者として生を受けた身。母も私みたいな出来損ないが王になれるなんて思ってないから、話さなかったのだ。だから、いい。こうして息を殺して、姉や兄の謗りを聞こえないフリして生きていくだけ。
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今日も姉達はやれ、お前の桜は咲かせるどころか、枯れ果てて消えていった、とか、あそこの村の桜は私の管理している桜で、そのおかげでつぼみがついてきた、とかいつも通りの下らない蹴落としあいや、罵り合いをしていた。最近聞いた話だと、自分の管理している桜を咲かせるためだけに若い娘を殺し、根元に植えたなんていう噂話もあるほどで、辟易とする。そこまでしても、王になりたい姉や兄達がなったところで、果たして国とってそれが善いことなのかしら。なんて他人事のように考える私もそれは同然で、なぜとうさまはこんな私達に国を任せて逝去してしまったの? と詮無きことをいつまでも考えてしまう。
近くで聞いていた姉達の諍いが熱を増していくのに、私はぎくりとする。このままでは目障りとばかりに私に飛び火してしまうのは明白で、いくら慣れているからといって辛くないわけではない。巻き込まれる前にとなるべく目に映らないよう、姉様たちがいなくなる場所まで、息を殺して腰を低くしたまま歩いた。そうしていつもの通り、私は城と街までも抜け出して、私の桜がある村まで出かけた。
一人になり私はやっと息が出来るような気がして、深く息を吸い込む。 私が住まいとしている城はなんて息苦しいのか。いえ、城だけじゃなくケイの街はもっと息苦しい。ケイには桜だけじゃない、ほかの植物を管理する者が住んでいるのだ。居場所になんかなるわけがないわ。
私の桜を知ったのは、いつだったか。思い返せば、かあさまが亡くなって間もない頃だった。突然だったせいか、私が私を知るよりも前に姉達の心無い言葉と、悪意によりその残酷な事実を知ったのは今でも嫌な、心底嫌悪すべき出来事になっていた。出来損ないと知れ渡っていた私には、当然のごとく城にも街にも居場所なんてなく、それでも何かを求め、私はいつの間にか街を抜け出していた。
どのくらいそうしていたのか………どこを行くでもない、フラフラと覚束ない足取りの私は、声をかけられていることに暫く気付かずにいた。何度目かの声かけでやっと気付き顔を上げると、そこにいたのは年老いた優しい顔の男性。人が怖かった私はその人と目線があわせられずにいたけど、お爺さんはお構いなしににっこりと微笑んで、ここは寒いし良かったらお茶のみ相手になってくれないか。と家に招き入れてくれた。
中に入ると、ヨチヨチ歩きのお孫さんが、人見知りもせず私に笑いかけてくれてその時になってやっと、私はかあさまのことで泣く事が出来た。些細な出来事だったけど、そんな彼らの優しさは私を温めるには十分で、以来たびたび街を抜け出して向かうその家は、私の新しい居場所になっていた。
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そんなことを考えていたら、件の村へと到着していた。
街から一時間のところにあるこの村は、林に囲まれた場所で、村の規模も10~20軒程民家が見えるくらいの村で、そこまで大きくない……と思う。おじいさんの家はその中でも、林に近いところにあり、裏にはちょっとした庭がある。そこに私の桜があり、それを知ったのは暫く後になってからだった。
ここ最近の習慣となっているこの庭へ、いつものようにあたりを見渡し人気がないことを確認する。特に二人に見つからないよう私は桜に近づき、蕾はないかと確認するが、やっぱり変化はないみたいで大きなため息が出た。
ここ最近の私は焦っていた。桜を咲かせるために姉達がやったといっていた、ありとあらゆることをしてでも咲かせなければいけない理由が出来たのだ。
それを最初聞いたときは、申し訳なくも思ったけど、それ以上に虚しさが私の中にあった。お爺さんには日課があり、それは咲くわけがない木の手入れと蕾のチェックで、この桜が咲いているの偶然森で見かけて、この庭に植樹した時からのものなんだよ、と笑顔で答えてくれた。
そのときの私は自分の事ばかりで、お爺さんの気持ちや思い出を考えることが出来ていなかった。それ以上に、何でそんな無駄なことしているんだろう、とさえ思っていた。だからか、罰が当たったのだ。
次の日の事だった。普段より数段寒く、城の中の兄や姉は皆部屋に篭り、いつもの喧騒が嘘みたいに静かだった。私達春の種属は植物を司っているためか、お互いの影響を受けやすく動けなくなるものも多い中、私は咲かない桜だからか問題なく動けていた。ただ、その日は朝から誰かが私を呼んでいるような気がして、それが何故かあの桜のように思った私は、たまらずお爺さんの所へ向かった。
肩を上下させながら、おじいさんの家へ入る。普段だったら突然の訪問でも、出迎えてくれるはずの二人の姿はそこにはなく、奥のほうがなにやら騒がしかった。嫌な予感で、息苦しくなる。普段だったら、迎え入れてくれるまで入らないようにしていた、いつもの部屋を通り抜け、奥にある寝室の戸をあける。
そこには見かけたことがない男性と、涙で顔をぐしゃくしゃにした、いつもとは違う様子の男の子が、音に反応してこちらに顔を向ける。そのただならぬ反応に私は下を見ないように息を呑み、恐る恐る中に踏み込むと、いやでも見えてきたのは土気色した顔色のおじいさんが寝ている姿だった。
その見たこともない姿に一瞬死を覚悟したけど、布団がかすかに上下しているのを見て、私はその場にへたり込む。涙でぐしゃぐしゃの男の子は、私が来てすこし安心したのか、座り込む私に近づきびざに乗って、甘えたしぐさをする。
普段は見せないその姿に不安は濃くなり、その近くにいた男性に何があったのかを聞く。それによると今朝方、いつもの日課をしていたお爺さんが突然胸を押さえ、その場に倒れたのを孫であるこの男の子が発見し、医者であるこの男性が呼ばれたということだった。
いまは落ち着き安静にしているが、いつまた同じことが起こるか分からないとのことで、治療するにもここ最近の雪の影響で、その為の薬を採取できないから難しいと、医者は顔を歪ませ目をそらし言った。
——私達のせいでこのお爺さんが死ぬかもしれない——
私ははじめて自分の立場と、この国のおかれた状況を理解した。国の王がいないというのは、民を苦しめて死をもたらすことに他ならない行為で、それを無責任にも私は放棄していたのだと。
羞恥と後悔が私の血となり、駆け巡っていくような感覚がした。それと同時に覚悟も決まっていく。もうこの国は待てる状況にはなく、誰かが王にならなければいけない。恥知らずの姉や兄達ではいずれと待たず、この国を死なせてしまうだろう。
これは驕りではなく、責務からくる思い。咲かない桜の一世一代の覚悟から出る、初めての欲望だったのだ。
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