第12話約束の証



 俺たちは今、マウォル国の中心街ケイの前で絶賛足止めを食らっていた。なんでもこの街は、限られたものしか入れない仕組みになっており、それを知らなかった俺はアルグが止めるのをきかずに、街の周りにある様々な種類の植物が絡み合って出来た壁の周辺を行ったり来たりしていた。それもそのはず、この壁にはどこにも入り口がないのだ。

 登ろうにもマンション4,5階相当の高さはあり、とてもじゃないが無理だ。ここは素直に諦めて、ここに来る途中で見かけた村に行くほうが建設的だ。その事を先程から同じ場所で座り込んでいたアルグに、一言謝罪をおり混ぜながら伝えると、ぼとぼと来た道を戻る。

 街を離れてすぐの所で、身奇麗な和装の女の子が街に向かい歩いて来ていることに気がつく。すれ違いざまに見たその風貌から、旅人と言う感じではないので、もしかしてケイの街の住人かとおもい、声をかけようと後ろを振り返る。が。


 その衝撃映像に、思わず俺は短い悲鳴を上げてしまう。



 その光景というのは、音もなく緑の壁の中へ、女の子が飲み込まれるように消えていったからだ。思いがけない場面に出くわし、前を歩いていたアルグをものすごい勢いで呼び止めて、先程の光景のことを伝える。


 「確かにニンゲンとかから見たら、飲み込まれたようにも見えるか。大丈夫、さっきの子は春の種属だから街の出入りは自由に出来るんだ」


 「そうなんだ、それなら良かった。俺はてっきりあの周りの草たちは実は食人植物かなんかで、食われてる所を目撃してしまったのかと思ったわ」


 なんて冗談で言ったのに、アルグはアレは違うから大丈夫と一言いって再び歩いていってしまう。待って…………あれは大丈夫ってことは……? マ、マジで食人植物いんの?! うわぁ……知りたくなかった。この国での野宿は極力避けよう。起きたら骨になってるとか勘弁だしな。しかも俺、神様だから骨の状態でも生きてそうだし……

 そんな己の想像に怖気が走り、これ以上考えるのをやめて、気分を紛らわせるようにあたりを見渡す。マウォル国にきて随分暖かくなったような気がするが、未だ雪がやむ様子がない。そのため、植物などは前の国とさほど変わらないようで、乏しい平地が続いていた。遠くに見える山にもいまだ雪が残っており、ここでもやっぱり食糧不足は深刻そうだった。


 俺自身それを解消すべくこの街に着く間中、行く村々で畑を耕すのを手伝ったり、縄張りから抜け出してきたモンスターを退治、もしくは追い払ったりなど出来る限りのことをしてきたが、どれも根本的な解決に至ってはおらず、神として旅している意味を見出せずにいた。

 隕石をフルルージュの望むものに交換出来れば、その先には世界の人々が一日一善している世界が……。なんていってたけど、どうやったらそんな奇跡みたいなことが出来るのかもわからないのに、一体なにとこれを交換しろっていうんだ。世界中の人々が一日一善をするために必要なもの。そんな画期的なものなんて果たして存在するのだろうか?


 いつまでも答えの出ないことを考えていたら、目的地である村に着いていた。歩いて約一時間のこの村は、規模としてはそこまで大きくないが、ケイの街があんななので、小さいながらも宿があり、ひとまずゆっくり休んでから次の目的を決めるとお互いの話し合いで決まった。

 ここ最近は野宿が多く、まともに体を洗うことが出来ずにいた俺達は、宿について早々近くにある大衆風呂屋へといそいそと向かう。

 ここ最近になって知ったことなのだが、エルフという種属は、人間とかが見ることが難しい、原始種属と呼ばれる火とか水の種属の力を借りることに長けており、中には見ることも出来る人がいるらしい。

 俺もまだそんな人物にあった事がないので、割合としては低いのだろうけど、そういった人達がエルフの人々にその知恵を広め、それを風呂屋や様々な所で活用しているんだと、アルグに教えてもらった。その時の俺は、旅の疲労もあってか、身近にあったファンタジーを日本の快適さと同じ扱いにして、俺はうっすいリアクションでへー、と流してしまったが、出来るならばいっかいやり直したい……

 なぜそんな魔法も剣もあるファンタジーを受け流してしまったのだ! 俺!!


 暫くぶりの風呂につい、長居をしていたらすっかり日も暮れており、とっくの昔に出ていたアルグも少し呆れていた。カラスの行水のアルグさんには俺の和の心は分かるまい。

 宿が出す夕飯を目当てに俺たちは戻ったが、まだ時間がかかるからといわれ、俺はそれまで散歩に、アルグは個人的な用事を済ませるため別行動となった。

 アルグはこうして村に来ると、必ず個人的な用だといって別行動をとっており、俺もそれについて深くは聞けずにいた。俺も話せないことが多いのでお互い様ではあるが、ちょっと寂しくもある。

 いつか話してくれることを願い、アルグとは逆方向へ歩いていく。ここの村は規模こそ大きくないものの、他の村よりは栄えているようだった。さっきの風呂屋も若者が店番をしてたり、店にもエルフの可愛い女の子がいた。


 遠くから子供の啜り泣く声が、ふと俺の耳に届く。


 子供自体さして珍しくもないと、俺も旅の当初思っていたが、若者達はもっと栄えている街へと移住するものが増えている影響か、他の村に比べても規模が大きいこの村でも子供の存在というのは珍しかった。

 そんな珍しい存在の小さな子供のすすり泣く声は、遠くからでもよく聞こえた。


 何かと思い聞こえているほうへ足を向ける。どうやら村を囲む林の方からで、夜ということもありちょっと怖い。幽霊じゃないよな……?

 めっぽうそういう系が苦手な俺だが、結局のところお人好し気質であり、無視なんて出来ないと行ってみることを決める。暗がりでよく見えなかったが、そこは誰かの庭らしく真ん中に一本の木があり、その根元で蹲るようにしてその子はいた。

 周りに響かないよう声を殺し、肩を震わせている姿は痛ましく、声をかけていいのか逡巡するが、やっぱり放って置けなかった俺は、驚かせないよう、なるべく優しいトーンになるよう口を開く。


 「そこの君、大丈夫かい? 何か辛いことがあったのかな?」


 突然とは思ったが、これ以外の声のかけ方がわからず変な感じになってしまう。怪しまれないことを祈ろう。

 その子は俺のその声にびくっと肩を震わせたが、泣き姿を見られたのが恥ずかしいのか顔を上げず、俯いたまま返してきた。


 「……聞いたことない声、お兄さん誰? お外から来た人?」


 「そうだよ、お兄ちゃんは旅をしてるんだけど、今日この村に来たんだ。ちょっとの間この村にいるからよろしくね」


 この感じから察するにおそらく少年だろう。その子は戸惑いをあらわにしたまま押し黙る。ちょっと強引だと思ったが、このままでも埒が明かないので、その子の近寄りゆっくりと腰を下ろした。


 「勝手にはいってごめんね。お兄ちゃん旅ばかりで中々話が出来なくて寂しいんだ。良かったらお話し相手になってくれる?」


 返事はない。だけどかまわず俺は続ける。


 「お兄ちゃん最近旅し始めたんだけど、慣れない事ばっかりでさ。一緒に旅してる人にいつも迷惑かけっぱなしで……って、いっててなんか悲しくなってきた……」


 ちょっとわざとらしいが、ため息をつき頭を下げる。それが気になったのか、少年は初めて俺のほうへ顔を向ける。少しずるい手だが、これで顔を見て話せる。


 「お兄ちゃん、君より年取ってるのに情けないなぁ。なんて、君に泣き事言っちゃってごめんね」


 「お兄ちゃんみたいな大人の人でも泣いたりすることあるんだね。……さっきはちゃんとお返事できなくてごめんなさい。ぼくね、ぼくのおじいちゃんが死んじゃうんじゃないかって、毎日怖くていつもここで泣いてたの」


 舌足らずに話す、少年の目にはまたうっすらと涙が浮かんでいた。無理に聞き出した様な気がして、心が痛む。勇気を振り絞り話してくれた少年に、俺は何も言わず昔妹を慰めた時と同じように、頭を数回撫で落ち着かせる。最初はそれをきごちなく受けていたが、やはり人肌恋しかったのだろう、そのうち甘えるように体を寄せてくれた。

 長い間外にいたせいで、少年の体は頭の先まですっかり冷えており、かすかに震えていた。俺も湯冷めして寒いので、今日はとりあえず家に帰し、また明日話を聞くと約束を交わし宿へと戻った。


 別れ際、もう会えないような顔で俺を見つめる少年に、俺は何か約束の証になるものと思い、いつも持ち歩いていた隕石を渡した。大事なものだから明日取りに行くね、というと少し顔を綻ばせ家に戻っていったあの家には、おじいさんはおろか両親のらしき人影もなかった。


 この約束は必ず守る。明日必ずあの子に会いに行こう。

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