第13話隕石泥棒


 昨日の事がよほど気がかりになっていたのか、浅い眠りでいつもより早く目が覚めてしまった。宿で夕飯を頂いていた時も、あの子はちゃんとご飯を食べているのかと気になって、ボケッとしていたらアルグに心配されてしまった。


 ベットから体を起こし、隣を見るとアルグはすでに階下に降りており、俺も出かける準備をしてから下に降りる。ここの宿は一軒だけある酒屋以外の食べ物屋が村に無い為、希望すれば別途料金はかかるが料理をだしてくれる。普段なら希望者は少ないそうだが食糧不足のため、酒屋も料理は控えているらしく、今はほとんどこの宿屋が賄っている。

 俺たちのほかにも数人旅人が泊まっており、朝早い時間帯でも食堂は賑わいを見せている。その中で女将さんとなにやら話しているアルグを見つけ、こちらに気付く様子がない。近くに座るとアルグはやっと俺に気付き、さっきから俺がいたかのように唐突に話を振ってきた。


 「だとさ、ヒナタ。お前こういうの気になる性質だろ。それに昨日からなんだか変だし、コレが気になってたなら請けてもいいんじゃないか」


 「すまん、アルグ。今来たばかりだから話が見えない。一体全体何の話だ?」


 少し呆れながら俺がそういうと、いつも一緒にいるから気付かなかったと笑って流された。良いこと言っとけばごまかせるわけじゃないぞ、アルグ。いうほど俺らはそんな一緒じゃないだろ。 素直に俺の気配が薄いから気付かなかっただけ、って言ってくれたほうが親切だぞ!


 自称相棒のぐさりと刺さる一言を無視し、先程の内容を聞く。アルグが最初説明してくれたが、掻い摘まれ過ぎた話はさっぱと理解が出来ず、結局女将さんが丁寧に説明してくれた。

 それによると、遅すぎる春の訪れによって、此処一帯は深刻な薬草不足により、このままではいつ死人が出るかわからない状態らしい。それを打開すべく村人はあらゆる手を尽くしてきたが、立ち行かなくなったため、恥を忍んで旅行く人に薬草を、南に下ったカカ大陸まで買い付けに行ってくれないかと頼んで回っているとのことだった。だけど誰一人としてそれを請け負ってはくれず、仕舞いには自分たちで何とかするべきと冷たくあしらわれたそうだ。

 おれも冷たいとは思ったが、確かになぜ村人たちは行かないのか疑問ではある。理由があるのかと思いきくと、アルグはそれに答えてくれた。


 「お前は気付かなかっただろうが、旅なんて早々皆が出来るわけじゃないんだ。それというのも村以外のところは、エルフ達が得意とする加護も長くはもたないし、どこが縄張りなのか普通のやつは分からないだろう。そんな状態で野宿したら、たちどころにモンスターに襲われてもれなく死ぬ」


 マジっすか、アルグさん。それ早く言ってほしいわ!! 俺、何も知らずに今までのほほんと野宿してたじゃないですか! コワッ!! 異世界怖すぎでしょ!! もう出来なくなっちゃうわい!

 そんな気持ちの片隅で、燻る苛立ちがじくりと腹の底でうねる。

 アルグという男はあっけらかんとしている様にみせて、その実俺を怖がらせないようにいくつもの真実を後ろ手で隠している。確かにアルグと旅をしている間、そんな危機的状況に陥ったこともないので、言われなければ心安らかに野宿は出来ていただろう。彼のそんな優しさは美徳だし、かっこいいと思うが一緒に旅をしている仲間としては、それを教えてもらえなかったというのはちょっと腹が立つ。アルグが悪いわけではないのにと、思えば思うほど、無性に苛立ってしまう。じくじくする気持ちを抑え付けアルグとの話を続ける。


 「……それなら、仕方ないよな。確かに放っておけない事態だし、勿論請けたいとおもう」


 怒りで強張った顔をなるべく見られないよう下向きに答える。アルグはそれをあえて無視し、女将さんとの詳しい話し合いのためといって席を離れていった。すまん、アルグ。お前のせいじゃないのに、八つ当たりみたいな態度して……。

 俺が落ち着きを取り戻してきた頃にアルグが戻ってきたので、一緒に朝ごはんを食べる。その間もたいした会話はせず、食後も話しかけようとするアルグを避け、俺は用があるからと宿を出てしまった。

 ガキみたいなことをする自分に嫌気がさすが、どう対応すればいいのか分からない。ため息とともに上を見上げると空は珍しく青空をのぞかせていた。今日ばかりはそれが憎らしく、どすどすと荒く歩くと昨日の少年、キーツが玄関前を忙しなくウロウロしていた。

 その顔には不安と困惑で歪んでいるので、いやな予感がし走りだす。


 「キーツ! 何かあったのか?!」


 俺の掛け声に涙を目に溜め駆け寄ってくる。おじいさんに何かがあったのかとどきどきしながら話を聞くと、予想もしなかった答えが返ってきた。


 「ヒナタお兄ちゃん、ごめんなさいぃぃ! ボク、ボク、お兄ちゃんの大事な石なくしちゃったのぉぉ……!!」






**********************





——それは決してわざとではなく、勝手に家に入ってしまった後ろめたさからだったの。


 その日も何時も通り私は城を抜け出し、私の桜を咲かせるためにあの家へと向かった。ふと空を見上げると、ここ一ヶ月は見ることがなかった青空が、本当に綺麗で私の心は浮き足立っていた。何かが変わる予感が私の胸を高鳴らせた。


 村に着くと相変わらずの光景で、やっぱり私の勘違いだったのかな、なんて肩透かしを食らいちょっとがっかりしたけど、思い直して何時もの庭へ向かう。そして何時も通り蕾があるかを確認していたその時だった。蕾はやっぱりなくて落ち込んでいたら、誰かが私を呼ぶ声がしたような気がしたの。それでなんだろうと思って、辺りを見回しても誰もいないし、気のせいかな? なんて考えていたら、今度はしっかりとお爺さんの家から聞こえたの、女の人の呼ぶ声が。

 女の人がいるわけがない、なら何故聞こえたのか気になった私は、いけないと思いつつ、庭からお邪魔する。何時も思うことだけど、何でこの家はこんなに無防備なんだろう。朝も早い時間だったから、あの子も起きてはおらず声の人物もいはしなかった。怖くなったのでもう帰ろう、そう思ったのに私はなぜか、あの子の横にあった石がとても気になってしまった。何の変哲もないこの石が私を呼んでいた、私はなぜか確信していた。

 あのときの私はどうかしていたわ。いけない、駄目、と思うのに無性にそれを触りたくてたまらなくて。気付いたときにはその石は私の手におさまっていて、自分の無意識の行動に焦ったわ。妙に手にしっくりくる不思議な石だけど、すぐ戻そうとおもった。なのに突然あの家を訪問する女の方の声に驚いて、わけもわからず私は石を持ったまま庭へ飛び出してしまい……

 そうして今現在、こっそり返すタイミングを伺い隠れてたら思った以上に大事になってしまった。

 どうしたらいいのかしら、私——





**********************




 キーツの話によると、昨日の夜までは枕元の横に置いて眠ったはずなのに、最近お世話になっている近所のおばちゃんに、朝起こされたときには無くなっていたらしい。キーツは慌てて自分の周りを探したが見つからず、お爺さんにも見かけてないか聞いたが見ていないそうだ。

 その話を聞いたとき俺は、呪いのメリーさんのごとく、俺の元へ帰ろうとしていたのか……? なんて怖いことを考えてしまったが、今までそんな素振りは見せたことがないので除外視したい。そうなると導かれる答えはひとつで、盗まれた以外に他ならないのではないだろうか?

 見るからに、ここの家々はお互いを信頼しているのか、結構無防備な状態で鍵などは見受けられない。これでは盗みに入ってくれと行っている様なものか、なんて納得してしまうがそんな呑気なものではすまない。以前ウィスの街で会ったお婆さんにも気安く人に見せるなって言われてたのにやっちゃったな……、なんて後悔するが、俺はあの隕石はまた戻ってくる気がしていた。なんたって呪われた隕石だ、むしろ盗んだやつが危ないかもしれない。


 ひとまず隕石は後でまた探すとして、俺は昨日の話を詳しく聞くことにした。キーツのおじいさんは、俺たちが来る一週間前に倒れ、以来仕事も控えて動き回ることも少なくなったそうだ。医者は定期的に来るが必要な薬草が無い為、その場しのぎのことしか出来ていないらしい。以前は精力的だったおじいさんの変わり様を見てキーツは、幼いながらも死を覚悟し、それを周りにも隠していた。誰にも吐露できない気持ちの行き場は、おじいさんが大切にしていた桜の木にぶちまけることで、その心のバランスをとっていたようだ。


 そんな話を家から少し離れた林の中で聞いていたら、近くで枝を踏む音が聞こえ、少年には気付かれないよう目線を向ける。誰かが居る気配はするものの、姿を捉えることは出来なかった。多分低い木に隠れているのだろう。それは少しずつ俺たちから離れていった。

 そのおかしな行動はまるで見られたら困るかのようで、もしかしたら隕石を盗んだ犯人かもしれない。そう確信した俺は、話の腰を折らない様気をつけながら聞いてみることに。


 「おじいさんの事話してくれてありがとうな。それに関しては俺に任せてほしい。偶然にもそれに近い依頼をされたんだ。ちょっと時間はかかるかもしれないが、必ず何とかしてみせるから。だからそれまでおじいさんの為に一人で泣くのはやめな? 俺がまた戻ってくるまで約束できるか?」


 「ボク、ヒナタおにいちゃんのこと信じていい? そしたらおじいちゃんが苦しくなくなるの? ………うん。ボクもう泣かない! だからヒナタおにいちゃんおじいちゃんを助けて!」


 「おう、 約束だ! それとな、キーツ。さっき話してたお世話してるおばちゃんだけど、それ以外に家に出入りしてる人って居るのかな?」


 すっかり元気になったキーツは俺の不自然な会話にも、気にせず教えてくれた。


 「そういえば最近は朝早く、セズおねえちゃんが桜の木を見に来てたよ! なんだかおじいちゃんが前してたみたいにつぼみの確認してるの」


 セズおねえちゃんが誰かを聞こうと思ったが、直後それらしき人物が桜の木の前でごそごそと何かをしているところを目撃し、キーツをそっちのけで駆け寄る。





 「君! ちょっといいかな!」


 そういって振り返ったその人は前にすれ違った女の子だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る