第108話短くて長い地上までの道程


 レイングさんの作戦はいたって単純で、サリッチはそのままお忍びであちこち漫遊しているユノ国の王様として、俺とソニムラガルオ連盟の2人はお付きの者に変装し、レイングさんの家のライバル店である、商人の下で売れば問題なく正当な金額を受け取れるだろうということだった。そして問題は俺だが、それも神の能力である変身能力を使えば女だろうと子供だろうとイメージを具現化できればなんにでもなれる。

 だから俺は………。


 「あのさぁ~、確かに屈強な男のほうがいいとは言ったけど……あんた誰?」


 「……アイルビーバック」


 地球人に知らない奴はいないだろう、世界一のタフガイとお馴染みの姿に変身した俺は、ついつい有名なセリフとともに親指をててサリッチを見やるが、全く通じていないのか険しい顔つきを一層深くし俺を一瞥したあと、吐き捨てるように


 「じゃああんたの仮の名前アイルね。んであんたはあたしのボディーガードで無口で無骨な男のふりしてなさい! いい?! 決して喋るんじゃないわよ!!!」


 彼女はそう言ってマントを頭から被せるのみの荒い変装をし、隣を歩くのが嫌なのか、スタスタと道を案内してくれるハーセルフの所へいって、そのあとこちらには見向きもしないままキャルヴァンと何かを話していた。


 「……そんなに可笑しいですか? この姿。俺の世界ではカッコいいと男女に大人気の俳優さんに変身したんですけど」


 俺は隣にいたレイングさんにそう問いかけると、彼は少し困り顔で普段のヒナタとはあまりにも違うから戸惑っているんですよ、となんだか悲しくなるフォローを入れられてしまった。

 いや……本当にもうその通りなんだけど、俺の普段って頼りないおしゃべり野郎で顔もそこまでだって言ってるよね、それ。


 そんなこんなで皆の準備が整い、何かと目立つレイングさんとティーナさん、ウェールさんとはここでお別れとなり、エイナは自ら買って出たウェダルフ達を街の外へ案内するため少し前に地下道の安全を確かめに出ていた。


 「では皆さん。少しの間ではありましたが、またお会いできて嬉しかったです。次お会いできる日がいつになるか……なんて野暮なことは言いません。だからここシェメイで貴方がなにをしてどう世界を変えていくのかを楽しみに待ってますね」


 「ヒナタ……貴方に出会えて本当に良かったわ。貴方の最善と私達の望む未来が繋がるよう、私達ソニムラガルオ連盟も全力でもってエイナ達を支援していくつもりよ。……本当に素敵な出会いをくれてありがとう」


 「世界は、人の未来は変えられると君に教えてもらわなければ、私の家や仕事や人生の価値は曇り煤汚れ、そして石の如く私の心を沈めていた事でしょう。物質だけではない心にある宝石、それに気づかせてくれたヒナタ、君が君らしくこれからもあれる事を願うよ。……ありがとう」


 俺だってソニムラガルオ連盟に、レイングさん達に出会えたから変わるきっかけが貰えたのだ。このシェメイの街がそこまで嫌いになれないのはエルフの中にも良い人も悪い人もないまぜになってるって知れたから、だからもっと色んな人に出会って知りたいと思えた。だからお礼をいうのは俺の方なのだ。


 「……さて、もう時間みたいだね。エイナが戻ってきたみたいだし、ヒナタ達も日が暮れる前に街に出ないと。なに、別れは次の出会いのためにあるんだ。だから別れても俺たちとまた出会えばいい。そうだろう? ヒナタ」


 「……はい、俺こそ……ありがとう、ございました」


 俺はフードを目深に被り、こぼれ落ちない様正面を向いたままきごちない笑顔でそう告げると、なにかを察したレイングさんは何も言わず俺たちの背中を軽く押し、出口へ向かう様無言で合図をする。

 別れの挨拶は要らない、そうレイングさんが言っている様な気がして、俺はいってきますの一言を最後にハーセルフ達と暗闇へ歩みを進めたのだった。




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 暗闇の中をハーセルフの明るい声とランタンを標に、地下道を歩き30分程した頃だった。ハーセルフの話だと地上へと伸びる階段が一本道の突き当たりにあるとの事で、たしかに突き当たりに螺旋状に作られた階段はあった。……あったのはいいが、問題はその階段が所々くたびれ果て朽ちていた事だった。


 「まさかとは思うがハーセルフ……この階段を登って行くとかじゃあないよな? だってあそこの階段なんかすっぽり崩れて俺が全力ジャンプしても届かないくらい崩れてますよ?」


 「ん〜そうなの? 案外ヒナタお兄ちゃんって貧弱なんだねぇ〜! でも安心してよ。みんなが飛び越えられないところは僕かオウセが抱えてジャンプするから!」


 俺が貧弱かはさておいて、いやいやオウセはまだしもハーセルフが成人男性を持ってジャンプは無理がありすぎるでしょ。だって今の俺とハーセルフの身長差ハーセルフがもう一人いるくらいあるんですよ?

 なんて感じていたのは俺以外にもいたみたいで、サリッチのお供役としてついてきていたソニムラガルオ連盟の人たちも不安げな顔で俺を見ていた。


 「とにかくものは試して壊そう〜って灰色の兄弟の誰かも言ってたし、大丈夫だよ〜! …………ってなに、オウセ? 壊したら意味ないって、そりゃそうだ〜!! まぁそれはそれで早速頑張ってこ〜」


 果てしなく不安になる励ましの言葉に俺たちは死を覚悟しながら階段を上ったが、見た目以上に案外丈夫な作りとなっており、崩れて落ちたところ以外は意外にスタスタと上ることができた。

 ただやはり問題はまるっと崩れ落ちてしまった件のところで皆立ち往生してハーセルフの言葉待つ。


 「ん〜……やっぱりみんなには難しいんだねぇ。ぞれじゃあちょっと大変だけど“あれ”するしかないね〜オウセ」


 ハーセルフがそう言うとオウセは犬に似た鳴き声を短く一つ上げ、そのまま助走もせずピョンと軽くひとっ飛びで向こう側に渡り、また短く合図をする。

 その合図を聞いたハーセルフは軽くストレッチをした後、すぐ側で控えていた俺を鮮やかな動きでひょいと俵担ぎをし、あまりの手早さに俺は思わずハーセルフの服を掴んでしまう。


 「いやいやいや、ちょっと待て!! 俺の両足と頭!! 恐ろしいくらい地面に着地してるんですけど?!! それどころか膝まで折ってるですが、これまさかこのまま飛んだりしないよな?!」


 「大丈夫、だいじょ〜ぶ! あっという間に終わりますからね〜。あ、でも危ないから僕の服は離しておいてね〜!」


服掴んでたら逆に危ないってなに?! というか言い方が注射が怖い患者に言う看護婦さんのそれみたいで、なんか嫌なんだけど、一体この状態からどう飛ぶつもりなんだ?


 「それじゃハーセルフちゃん、いっきまーす!! ちょっとしゃがむからヒナタお兄ちゃんは少しだけ体を地面から浮かせててね!」


 ハーセルフはそう言って俺をがっしり掴み、オウセと同じ様に助走もなしに軽くしゃがんだかと思えば、次の瞬間、俺は何故かハーセルフが宙に浮く姿を眺めていた。


 落ちる! そう直感し、固く目を閉じるが、俺を待っていたのは死を前提とした衝撃と硬い地面ではなく、モフモフとしたとても柔らかく温かい感触で、ワフッという声が背後から聞こえ振り返る。


 「……オウセ、君が俺を受け止めてくれたのか? っていうか俺は一体どうなってたんだ?」


 呆然としつつも俺を受け止めてくれた彼女に礼を告げ、俺を落とした張本人の元にフラつきながらも近づくと、彼女は何故か満足げな表情で俺を見上げていた。


 「ハーセルフ、さっきは何が起きたんだ? もしかして失敗してオウセが受け止めたわけじゃあ……」


 「え〜!! 全然違うよぉ〜! 今のは百点満点中百点の結果だよっ?

というか失敗したらヒナタお兄ちゃんは死んじゃってるからそれはありえないよ!!」


 サラッと怖いことをこともなげに告げる彼女にも相当に恐怖を感じたが、それ以上に今のが失敗ではないという事が気にかかった俺は、深くはつっこまず、次の犠牲者がどう着地するのを眺め、つい先程の自分がどういう状態だったのかを知り更に恐怖した。


 それというのも彼女は軽いジャンプで大人2人分の高さをゆうに飛び、尚且つ大の男をジャンプ途中で放り投げ、そのままオウセが体全身で受け止め、ハーセルフは俺の後ろに着地するというものだった。

 これは……俺は一番始めでよかったよかったな。

 でなければ、いまのサリッチの様に自らがどうなっているのか、自覚したままこの階段を越えなければならなかなっただろう。


 「いやぁーーー!! 降ろして! 私まだ死にたくないし、第一王様なのよ!! こんなことしていいと思ってるわけ?!」


 最後に残ったサリッチは恐怖でハーセルフの肩で暴れまくっており、流石の彼女も困りはてたのか、しまいには俺には見えない早さでサリッチを気絶させ、地上に出るまでオウセがサリッチを背負った状態で、俺たちは気絶することも出来ないまま顔色を青に変え、投げ飛ばされながらも必死に階段を上ったのだった。


 そうしてやっとの思いで出られた地上は意外にもシェメイの街中ではなく、少し外れた林の中で、地下への入り口は大人一人がしゃがんで入れるくらいの木の幹と根の間に、隠れる様に出来ていた。


 「さて……皆さん大丈夫ですかぁ〜? サリッチ陛下はまだおねむみたいなので、皆さんは起きるまでここで休んでてくださいな!」


 彼女はそう言って慣れた手つきで座る場所を整え、気絶させられたサリッチが起きるのを待つ間、街に行ってからの算段を整えるのだった。

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