第109話用意されていた奥の手と口上





 サリッチが目覚めるまで暇になった俺たちは、お互いのことを何も知らなすぎるのも良くないという事になり、遅すぎる自己紹介をしようとの話になった。


 俺以外のおつき役の人は二人おり、それぞれソニムラガルオ連盟に所属しているクアークさんとスーケイさんで、おつき役に選ばれた理由は体格の良さだけで、お二人とも普段はデスクワークばかりで先の螺旋階段はいい運動になったと爽やかに笑っていた。

 先程嫌という程味わったあの恐怖を笑える二人を見た俺は、選ばれた理由は体格の良さじゃないだろうと悟りながらも、深く聞くのはなんとなく憚られた。

 そうしてサリッチが起きるまでした暇つぶし程度の会話はほどなくして終わりを告げ、作戦決行の前にもう一つ、短い別れが俺を待っていた。


 「それじゃあ陛下もおメメぱっちりになったし、僕たちはここで失礼するよ。ヒナタお兄ちゃんとはちょっとしたお話しできなかったけど会えて良かったー!! またお話ししてね〜!!」


 「おぉ、なんだかハーセルフとは本当にまた会える気がするよ。その時は俺が今まで巡ってきた街まで手紙とかの配達を頼むかもしれないからよろしくな!」


 「もっちろん! いつでもどこでもおっとどけ〜!! さぁてと……オウカそろそろ帰るよー!」


 先程までサリッチを介抱していたオウカはその呼び声に腰を上げ俺やサリッチの顔を舐め彼女なりの別れの挨拶をし、そしてそのままハーセルフと同じ仕草で頭を下げ、家路とは違う道を追いかけっこしながら帰っていったのだった。


 「………それじゃあ、みんなこれから作戦開始だ! 失敗したら即撤退を第一によろしく頼む!」


 「当たり前よ! その時は皆ヒナタを囮に逃げるのよ、いいっ?!」


 おいおいなんだよ、と思いもするがそれがサリッチらしいといえばらしいし、なによりこんな時でも冗談を言って場を和ませてくれる彼女はやはり頼りになる仲間の一人なのだと俺は実感し、はたといつから実体化をやめ皆には見えない姿になっていたキャルヴァンに理由を聞く為、何故か俺もコソコソ彼女に近づき声を潜めながら話しかける。


 「どうしたんだ、さっきからまるで幽霊の様にひっそりして……。何かあったのか?」


 「ふふ、面白い冗談。そうね……その理由はサリちゃんよ。ヒナタに何かあった時でも、見えない私がいれば攫われても付いて行けるだろうからお願いねって。あんな事言ってるけれど内心は不安なのよ、あなたに何かあるんじゃないかって……。だから無茶は絶対禁止よ、わかった?」


 「わかった、でもそれはお互い様だ。俺の為にみんなが無茶するくらいなら俺は大人しく攫われるつもりでもあるからそれはなしでな」


 いまいち締まらない俺の言葉だったがキャルヴァンは少し寂しそうな悲しそうな顔で、そう答えると思ってたわとだけ言葉をこぼし、それ以上は告げないまま、また後で会う約束を交わし空高くへと姿を眩ませ消えていった。


 「キャルヴァンとの話は済んだのかしらヒナタ。一応これ渡しておくけど、何かあったら一番偉そうな人に見せるのよ」


 そう言われ渡されたのは盾と呼ばれる紋章が刻まれたバッジで、その意味するところを理解した俺はサリッチに向き合い、力強くうなづくと彼女もわかってくれたのか不敵な笑みを浮かべ、クアークさんとスーケイさんを引き連れ歩き、俺もそのあとを追いかけ街へ入っていったのだった。




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 街は相変わらずの様子で、住人たちは自分たちが監視されていることにも気付かずいつもと変わらない日常を過ごしている様だった。

 幸い誰にも見られないまま街の中へ入った俺たちだったが、やはりというか当然、あちらこちらの監視が俺たちを見るや、先程と同じ様に原始種属を従え、それが分かってしまう俺は極力気遣いないフリで無口な男を演じ、サリッチも俺に気使ってか毅然としつつも目的地である中央広場のとかく広い店へと足を早める。


 だがそうやってシェメイで一、二を争う店にたどり着いたのはいいものの、風貌の怪しい俺たちとは取引をしたがらず、女の子に厳つい体格の男三人という組み合わせの悪さも相まって、にわかに周りが騒がしくなっていく。

 まずい、このままではバレるどころか監視に俺たちを捕まえる良い理由を与えてしまう。


 そう思考がよぎった時、俺はサリッチが先程渡してくれたバッジを思い出し、どうしてそれをしようと思ったのか俺自身わからないまま、身を隠していたマントを剥ぎ取り、気付いた時には紋章をかざし、これまた日本人なら誰しもが一度は聞いた事があるであろうあの口上を声に出していた。


 「し……静まれぃ、静まれい!! こちらにおわすかたをどなたと心得るっ! 恐れ多くも現ユノ国国王、サリッチ・オーレン・ゾネブルム15世陛下であらせられるぞ!! えぇい皆の者、陛下の御前であるっ! 頭が高いっ控えおろう!!」


 や、やってしまったーー!!! いや、まあ確かにこのバッチ見た時は越後のちりめん問屋(仮)を頭に思い浮かべてしまったけれども!! まさか本当にやってしまうなんて、なんて自分は馬鹿なのっ?!

 そんな俺の後悔とは裏腹にこの名乗りが思わぬ方向に舵を切り、興が乗ったサリッチも俺の口上に合わせマントを脱ぎ捨て、クアークさんとスーケイさんも併せて脱ぎ彼女に合わせる。


 「何をしてるの? この者が言った言葉がここらのエルフには分からなかったのかしら? 今この場で頭を上げている者は私に対する不敬とみなすっ!! さあ直ちにひれ伏しなさい愚民共!!」


 「ひ、ひぃぃぃ〜〜!!! お許しくださいサリッチ陛下ぁ!」


 「ど、どうか命だけはお助けをッ!!」


 「………………どうしてこうなった」


 いや事の発端を作った俺がいうのもなんだが、なんだが悪を成敗するどころか、権力を笠に悪事を働く代官様みたいでなんか違うよね? ほら、あそこの女性なんか俺たちの筋肉のせいで怯えてガタガタと震えてるし……。

 なんて思いながらも事はトントンと進み、サリッチがただ単に反物を売りに来ただけだと知った店の人達は、心底安心した様子で賓客室へと案内をし、担当の方が来るまで待つ様にと言付け部屋を出ていく。


 「あんたねぇ〜……なんで黙るってことができないのかしらっ! 良いこと?! もう事を荒立てないよう目も耳も口も塞いでただ私の後ろに傅いててちょうだいっ! この唐変木!」


 「………はい」


 そう言ってサリッチも俄然ノリノリでやってたじゃねえかとは思いつつも、監視に従える原始種属が未だにいる以上下手な事は言えず、俺たちは従僕のごとく取引の時間になるまでサリッチの我儘に振り回される事となった。


 そんなこんなで今回の肝である反物の取引はクアークさんとスーケイさんのおかげもあってか、正当な値段で買い取ってもらえ、取引と恐怖で心身共に疲れ果てた様子の担当者に心苦しくは思いつつも、サリッチのことを口外しない様多少の脅しを入れ店を後にすることができた。

 あーあ……明日にはまた違う噂が全シェメイ市民を震撼させるのだろうな。


 かくして長かったシェメイでの一日は一波乱も二波乱も過ぎ去ってゆき、最後の再会を残して、俺たちは金銭の受け渡しの為、指定された場所へと急いで向かうのだった。

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