第110話月を喰らうもの達
俺たちが店を出る頃には太陽は地平の近くにまで落ちており、その頃になてくると俺達は違うと思いはじめたのか、最初の頃に比べると随分とのんびりした様子で俺たちのあとを緩々と付いてきており、家路に急ぐ街の人たちに紛れた俺達にも特段気にならないようだった。
惰性で付けてきている監視や原始種属はそのうち撒けるとして、問題は金銭の受け渡し方法だ。
いくら俺が変装して誤魔化せていたとしても、獣人であるエイナ達と話しているところを誰かに見られるのは些か分が悪いのでは? と思い、一応作戦前に言ったのだが、レイングさんやティーナさん達は考えがあるの一点張りでそれ以上は話してくれず、その顔は嫌にニヤニヤと下心満載の顔をしていた。一体全体どんな作戦なんだか……。
「ねぇあそこに立ってる子、さっきからあたし達の事見てない? しかもなんか怒ってるみたいだし、まさかまたあんた何か…………え゛?!」
街も半ばを過ぎ、後は門へと続く一本道を歩いていた時だった。みんな街の入り口近くということもあって、少し警戒していた事もあってか、俺達を熱心に見ていた、大きな帽子を目深に被ったワンピース姿のその子にも直ぐ気付いたサリッチが、俺にあらぬ疑いをかけてきたがそれも間も無く、奇声へと変わりその子の事を一点に見つめていた。
「どうしたんだよサリッチ。突然喧嘩を売ったかと思えば黙りこくって。そんなにあの子がきにな…………ホア?!」
第一印象は美少女。だがよく見れば麦わらの大きな帽子は彼女を象徴するその大きな耳を隠し、オレンジを滲ませた白のふんわりとしたワンピースも尻尾を隠すには最適だ。
つまり、そこにいる美少女然とした女の子は紛れもなくエイナだったのだ。
「………テメエらが言いたいことは分かる。が、これ以上何か言ったら全員生きて帰れると思うなよ?」
普段とは違う姿で発せられるいつも通りの言葉に、俺達は声を出すことも忘れ、ただ黙ってコクコクと頷くとエイナは俺たちの態度に満足したのか、言葉もなく前を歩き出し俺たちに付いてくるようアイコンタクトを送る。
そうしてあっけなく街の外に出るが依然として監視の目は外れる事なく、俺は内心焦っていた。このままウェダルフ達と落ち合っても怪しまれはしないだろうか、そんなことすら聞けずにいたのはサリッチも同じだったようで、先程からチラチラと俺の目を見て訴えかけてくるが、こればっかりはどうしようもない。
「大丈夫、アイツらはじきに俺らを見失う。月がこの辺りを隠すまでもう暫く俺に付き合ってくれ」
俺たちの不安を察してか独り言のようにそう呟き、ますます困惑を深めたが、その時はすぐに訪れた。
変化は劇的で、月が上ると同じ頃、俺たちが歩いていた雑木林にもすぐさま変化が現れ、そうかと思うとたちまち自分のいる場所すら把握できなくなってしまった。
それというのも、まばらなはずの木々がなぜか月明かりさえ遮り、光という光がこの場所では失われていたのだ。
「なっ?!これはもしかして………」
「おぉ、おいっ! どうなってんだよこれ?! エイナ?! 何処にいるかも分からないからなるべく早く返事してくれっ!!」
サリッチが突然の暗黒に対し、意味深な事を独りごちていたが今はそんなのどうだっていいっ!
光すら存在しない暗闇で、どうやって冷静になれというのか、そう喚きそうになった時だった。
「落ち着けお前ら。今から俺は道を作るから、お前らは仲良くお手手でも繋いで声一つあげずついてきな」
エイナがそういうと、先程までは何も見えなかった世界に、優しい蛍火の様な光が俺たちの目の前に現れ、エイナの動きに合わせ道の様に前へと進んでいく。
ここの植物達は人や物に触れると光る粒子をあたりに撒くらしく、エイナの作った道を俺たちが通るたび惜しげも無くあたりに撒く神秘的な光景に、俺たちはエイナに言われた通り手と手を取り合い前に進むが、それでも拭えない未知と常闇の恐怖は俺たちの声を蝕み、辺りに響く音だけを頼りに歩きおよそ数十分。
そうして辿り着いた場所はこれまた不思議な所で、さっきまで消え失せていた月明かりが突如として現れ、スポットライトのように淡く輝く木を照らす、そんななんとも神秘的な場所で遠くにセズやウェダルフ……そしてもう一人楽しそうに談笑していた。
「ここまでくれば監視は勿論、原始種属ですら来れるのが限られてくる場所だ。安心して話してくれていいぞ」
エイナのその言葉を皮切りに俺達は一斉にその場に崩れ去り、エイナはそのままウェダルフを見てくるとだけ言ってその場から離れていった。
いや………もう怖い所の話じゃない。ささやかな光しかない世界で歩く未知の場所ほど、死を感じる恐怖はないだろう。そんな中を皆弱音一つ吐かず歩いたことは奇跡にすら思える。
「やっぱり“月喰い”だったのね。ここら辺の植物は全部月が出始める頃に活動する夜行性の植物だわ。だからあんなに暗かったし、あたし達が触れると光るわけね」
未だ暗闇の恐怖に浸っていた俺を傍目に、サリッチは自身の好奇心が勝ったのだろう、暗闇と月光の境目に腰を下ろしそのまま暗闇に手を突っ込み、一輪の花らしきものを月光に浴びせていた。
何故らしきなのかというと、この花の周りだけ光が損なわれ薄ぼんやりしとしか見えないのだ。
「月喰いと呼ばれる夜行植物が怖い所は、月の光を糧にする為に夕日諸共あたりの光を喰ってしまうことよ。だからこの植物が群生している所は夕月と共に周辺が急激に暗くなって、そこに迷い込んだ人間やモンスターなんかは朝までそこら辺を歩き回ることになるわ」
「歩き回る? モンスターはまだしも何で人までもわざわざ暗がりを歩き回ったりなんか………ってなるほど、その為の光ってわけか。さしずめ光の粒子は花粉かなんかで、歩ける程度の光を放つ事で自分たちの受粉を促してるんだな」
基本旅と言うのは明かりが必須だが、それも夜になるまでは使わず、夕方まで休める場所を粘る旅人も多いだろう。そんな中突然この林……というより暗黒世界に陥ろうものなら、誰だって明かりを確保するのを諦め、少しでも安全な場所を求め彷徨い歩くというのも頷ける。
なんてことを思いつつ、月光に晒され始めた花を眺めながら俺が答えると、サリッチは流石のヒナタもわかるわねといって、わずかばかり残された花粉を撒きに暗闇へと消えた彼女は夏の種属の王らしくその花の弔いをし、俺たちは先に待っていた仲間の元へと急いだ。
「ヒナタさんお久しぶりです。息子から此度の騒動についてお聞きしましたが、ここまで無事皆さんで何よりです」
遠くからでは分からなかった、もう一人の人物はウェダルフの父であるリュイさんであり、話を聞くところによるとエイナがウェダルフに会わせたいがゆえ、ティーナさんにお願いして監視の目を誤魔化す今の可愛らしい格好になり、ここまでリュイさんを案内してくれたと、彼は本当に嬉しそうに俺に話してくれた。
そんなリュイさんを見て、俺は改めてウェダルフをはじめとした仲間達の家族にどれだけの負担をかけているのか実感し、心が少し暗くなるがそれ以上にその不安を表に出さず、俺を助け一緒に旅してくれる彼ら彼女らの存在がどれだけ有難いことか。
そんな事を考えていたからか、何故か淡く輝く樹の近くでとても懐かしい雰囲気がした気がし、そちらを向くがそこには誰もおらず、それなのになお樹が気になった俺が何気なしにサリッチに尋ねる。
「なあこの樹も月喰いの植物だよな? なのになんでこの樹だけ輝いてるんだ?」
「それは月喰いじゃないわよ。その樹は蛍樹と言って僅かばかりの月明かりでもこんな風に輝く、別名お化け樹とも言われる滅多に見かけることのない不思議な樹………なんだけど、なんでこの樹を避ける様に月喰いが生い茂っているのかまではわからないわ」
お化け樹と聞いて俺はギクリとするが、甘く見てもらっちゃあ困る。こう見えてもこの異世界で色んな種属を知り、それこそ幽霊を仲間にした今の俺に不覚はないっ!
そんな事を思った矢先、黒く蠢く影が蛍樹のはるか後ろの闇で見えてしまった俺は悲しきかな、これまでの習性でサリッチを盾に俺は短い悲鳴をあげてしまったのだった。
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