第111話寄り道と黒装束の男
俺の見えたそれは何だったのか、俺自身すら分からないのに、何も見ていなかったサリッチには、尚更俺の行動は意味不明だったろう……でもだからって、だからといって無言で右腕を掴んで横腹に蹴りを入れるってのはどういう了見なんだよサリッチ!!!
「ただでさえ見た目が普段のあんたよりも変質極まり無いってのに、あたしの肩に気安く触ったらそうなって当然よっ! ……それで、今度は一体何を見たのよヒナタ」
毎度の毒を吐きながらも、なんやかんやで俺の言わんとする事を察する彼女は意外と俺のことが好きなのかもしれない……なんて冗談は喉元に留めておくとして、俺以外に誰か見ていたのかもしれないと、俺はそばで楽しそうに話していたウェダルフに話しかけてみるが、案の定というかやはり彼もその存在に気づいていな様だった。
「今ここにいるのは俺を含めた7人って……そういえばキャルヴァンはあのまま俺たちについてきてどうなったんだ? まさか俺たちを追ってこの森で迷ってるんじゃあ……」
それならさっきの黒い影もキャルヴァンで、俺はただの幽霊を見たってことになる。そう、ただの幽霊で仲間が俺たちを探して動いてできた影だ。
「それならそうとここに出てきてもいい頃合いじゃない? いくら月喰いがあるからってここが明るいのは見えてる訳だし、何よりあんたが叫んだのに出てこないってのは不自然じゃない?」
もっともな事をサリッチに言われ、おれはそれもそうかと納得するが、それなら尚更あの不審な影の正体が不気味に思えた俺はそれ以上考えるのをやめて、セズとウェダルフ達が楽しく興じている夜中のピクニックを楽しむためその場をそそくさと後にし、
普段の姿に戻った俺はエイナに殴られて気絶するまで楽しんだのだった。
そうして通りの朝を迎えた俺達は、何ら普通と変わらない雑木林で俺が見た影正体を探してみたが木もまばらなこの林に姿を隠している者もおらず、キャルヴァンも昨日は雑木林には入らないで、監視が帰るのをずっと見守っていたといわれ、結局見間違いだろうという話になった。
「それでは……引き続き息子を宜しく頼みます。まだまだ長い旅になるかと思いますし、息子のお小遣い兼食費として金貨5枚ほど渡しております。どうか旅の役に役だ立ててください」
以前のやり取りで学んだのだろう、リュイさんは俺たちが来る前にウェダルフに金貨を渡していた様で、俺はその心遣いにしっかり御礼を述べ、その流れで昨日渡し損ねた反物のお金をエイナに渡すと、エイナの方から成功報酬として金貨を4枚を貰い、何だかんだで当分の生活資金が賄えた俺達は、以前も行ったことのある港町にはすぐに向かうのは危険と言われ、クアークの地元である港町から少し外れた漁師の町で旅の準備をすることとなった。
「それではみんなには本当にお世話のなりました。ウェダルフについてはリュイさんとエイナにかけて守るので、任せてください。あとクアークさんとスーケイさんも短い間でしたが俺たちのためにありがとうございました。それではまた……!!」
「パパもエイナも会えて良かったよ! 僕頑張ってくるから次会った時はもう泣き虫なんかじゃないよ! じゃあ行ってきます!!」
「ふふっ……ああ見えてウェダくん、エイナさんの格好にちょっと意識してるみたいですよ。私もエイナさんとまたお話しできて嬉しかったです!」
雑木林でリュイさん達に別れを告げた俺達は、シェメイの街を背に海の方へと歩き出し、4日かけて漁師達が細々と生活しているという町に辿り着き、小さいながらも野宿続きの俺達の心が安らげる宿に腰を下ろした時だった。
男女で部屋を別々に取っていた俺達だったが、隣同士だったからか、外から聞こえてくる村人達の騒がしい声にセズと俺がタイミング良く顔を出すと、それに気づいた村人が気まずそうに自分たちの仕事へと戻っていき、セズと俺は顔を見合わせお互い会話も交わさないまま部屋へ戻り、まるで示し合わせたかのように部屋を出てそのまま宿を後にする。
「やはりヒナタさんも先程の真相が気になりましたか。サリちゃんとキャルヴァンさんはそこまで気にしていないようでしたけれど、なんでしょうか……初めて訪れた町なのに懐かしい雰囲気が微かにするんです」
「セズもか……。実はウェダルフもこの町に入ってすぐ、同じ事を言っていたんだが、長旅で辛そうだったからファンテーヌさんにお願いして俺一人で探ろうと思ったんだよ」
セズには敢えて言わなかったが、俺もこの町に入ってずっと感じてた違和感が、二人の証言により確信に近いものとなり俺は思わず生唾を飲んでしまう。
——アルグがこの町に来ていた?
随分と前に別れたままのアルグが何故まだこの町にいるかわからないが、この事実をセズにだけは伝えるわけにいかない。
彼女はまだ雰囲気の正体がアルグだとは気付いていないようだったが、その事を知ればアルグがまだシュンコウ大陸を渡ってはおらず、薬も届けていない可能性があると知ってしまうだろう。
それだけは気づかせちゃいけないだろう!!
だが事態は俺が考えるよりももっと複雑だったらしく、村人の答えはどれも皆判然としないものばかりだった。
それというのも…………。
「いやねぇ……一昨日港町で魚売りしたもんが聞いた話なんだが、それがアタシ達の町にも現れたってもんだから、そりゃあもうみんな大騒ぎだわよぉ!!」
「その現れたっていうのは………勿論俺たちじゃあなく……」
「そうよぉ、黒装束の男だわさ! アタシも昨日村を出るところを見かけただけんども、どんな摩訶不思議かねぇ……全身真っ黒なのは覚えているのに何でか顔だけがスポーンと抜けたみたいに思い出せなくて………」
つまりだ、つい先程の騒ぎもすれ違いざまに訪れたという黒装束の男の顔についての議論だったらしく、俺たちが出てきて気まずそうに散っていったのは、自分達の話題のネタが俺達と関係ないとはいえ同じ旅人である事を恥じたためだった。
その真相を知った俺たちは快く話してくれた魚売りの女性にお礼を言い、俺とセズは宿に帰りながら今までの聞いた話を整理するともう一つの謎が浮かび上がった。
「皆さんの話に寄ると昨日この村を現れたという黒装束の男の方は港町の方から現れ、町では少量の食糧を買われ一泊したのち、私達とはすれ違いでシェメイの方角へと向かっていった……という事ですが、ヒナタさんなんだか可笑しくは有りませんか?」
「そうだな、第一の謎としては何故シェメイから来た俺たちとシェメイに向かう黒装束の男がどういうわけか出くわす事もなく行き違ったってところか。まぁこれについてはその男が道なりを通ったわけじゃないで済む話だが……」
「それは、確かにそうですね、この町に続く道と言っても、途中までは港町に向かう人行商人が多く行き交う道でしたし、道を詳しく知っているエルフや魔属の方なら別の道を通る可能性もありますね」
魔属と聞いてドキリとするが、セズももしかしたら気付いているのかもしれない。この町に来た時に感じた懐かしさと黒装束の男がアルグである可能性に。
俺も最初黒装束の男の話を聞いた時はまさかとは思ったが、そうであると可笑しな話が一つだけあるのを思いだし、俺は咄嗟にそれを口にする。
「セズが言わんとする事は分かる。だけど思い出してみてくれ。仮に黒装束の男がアルグだったとしたら可笑しいと思わないか? 何でみんな角の事には一切触れないんだ? 顔は思い出せなくてもエルフ達にはない角が二本もあったら普通は気になるし、印象にだって残りやすいだろう?」
「そう……なんですよねぇ。ツノを隠すなんてまず無理ですし、なにより港町でその方がしていた事も謎なんですよ」
そう、その噂を直接聞いた村人とも話したのだが、その男は何故か知らないが、三、四人で移動する俺達の様な旅人が港町に来ていないかを聞き回っていたというのだ。
しかもその様子は探していたというよりも、その旅人に纏わる噂や出来事を聞いていた様で、行方を探す様な言葉は一切出てこなかったらしい。
監視の様な雰囲気でも無さそうなその黒装束の男が仮にアルグだとしても、固有名詞を出さず尚且つ探しもしないというのはやはり謎が残る。
「そうなると…………やはりユノ国で会ったグインさんでしたか、アルグさんとは恐らく兄弟の……あの人なのでしょうか?」
「そう……だな。恐らくそれが一番可能性として高いかもしれない。だけどそれにしては……………」
それなら何故、グインならあり得ないこの懐かしい雰囲気がこの町に残っているんだ?
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