第49話不測の事態




 ふいに浮かんだ疑問を投げかける事は難しく、またキャルヴァンさんが口にしない事を聞くのはやはり躊躇われる。何も聞けずに終わった夕食は朝のように一人ではなく、キャルヴァンさんも一緒だった。


 「美味しいお肉をありがとう、ヒナタ。明日の分もあるから楽しみに待っててね! それより、昨日はあまり話せなかったけれど、ヒナタは西の大陸出身よね? どんなご両親だったか聞いても大丈夫かしら?」


 汲んでおいた水に、食器をつけ終わったキャルヴァンさんが、楽しげに話しかけてくる。向かいに座っているせいか、両手をテーブルに置き、その豊満なボディを惜しみなく俺に見せ付けてくる。

 決してワザとではないがその行動は恐ろしく、凶暴で一瞬にして思考を奪われそうになったが、すんでのところで耐えていたって冷静に話を続ける。


 「……そうです、俺は西の大陸出身で母親は人間ですよ。だけど父親は俺が幼い頃にいなくなったきりなので、どんな人だとかは知らないんです」


 視線の先を悟られないよう、口元に手をあて目線を下に考えるフリをする。うーん、素晴らしい……。


 「そう、だったのね……。ではお父さんを探してヒナタは旅をはじめたの?」


 その質問に俺はどきりとする。以前にも同じような質問をアルグにされたからだ。ヤバイ、最初の頃にも適当に答えたが、万が一にアルグと話すタイミングが生じた場合、矛盾があったらいけない。……ここは慎重に答えねば。


 「……じ、実は、旅をする前の俺は何も知らない子供だったんです。珍しい人間ゆえにお袋は俺を思って、何も教えずに育てでこられたんです。だけどそれが俺には狭くて苦しくなって……だから世界を知りたくなって旅をはじめたんですよ」


 た、確かこんな事をアルグにも言ったはずだ。多少の違いはあれど意味は変わっていないので、大丈夫だろうと内心安堵した俺は、キャルヴァンさんと目を合わせなるべく笑顔で答えた。


 「でもお袋一人ってワケじゃないんですよ、俺には兄もいて妹もいたので……。不思議と、寂しいって思った事はなかったんですよね」


 もう、二度とは会えない家族が脳裏に浮かび目頭が自然と熱くなる。いまだに家族との絆や想いは消えずに俺の中で燻り続けるが、それでは神とは言いがたいのでは?と俺の心を苛ませる。いつかこの想いは捨てなくてはいけないのだ……。


 「そう、なのね……。今日は貴方の事をたくさん知れて嬉しいわ。ヒナタも今日は調子が悪いみたいだし、また明日たくさんお話しましょう」


 すっと立ち上がり、俺の頭を軽く二、三回撫でておやすみなさいと、この日も問題なく終わったのだった。

 次の日はお世話になっているお礼として、家の周りにある草をあらかた掃除し、昼頃には家の中の掃除も済ませていた。キャルヴァンさんはこの日もどこかへと出かけてゆき、なにもする事がなくなった俺は、明日アルグたちと合流する事を考えていつでも出かけられるよう、道具の整備をする。

 それすらも済ませてしませてしまった俺は、散歩がてら待ち合わせ場所であるリッカの街の門前まで向かってみることにした。


 太陽は真上から少しずつ傾き始め、あと数時間もすれば夜になる。そんな事を考え歩いていたらとある事が気になり、好奇心のままに崩れて中が見える外壁へと近づく。

 まずは片目で覗き、最初と変わらない風景であることを確認する。好奇心に促された俺は生唾を飲み込んだ後、右手をそろりと外壁の隙間に近づけると、そのまま外壁の中へ人差し指を差し込む。


 「……なんにも起きない、か」


 街の中へと消えていったみんなと同じように、外壁の中へ手を突っ込めば消えるのではないかと思ってみたが、そんなこともなく風景が歪んで見えたりもしていない。

 となれば、仕掛けが施されているのは門の所で、たとえ外壁から入っても、本当の街の中に入る事は出来ないってことか……。


 そんなことをしていたら雲が真っ赤に染まっており、日が落ち始めた事を知った俺は、慌ててキャルヴァンさんが待つ小屋へ急ぐ。道中あちこちでガサガと音を立てたり、青白い光がふよふよと浮かんでいたような気もしたが、全て無視を決め込み、一心不乱に小屋へと戻るとキャルヴァンさんが温かい料理を作って待ってくれていた。


 「あら、お帰りなさい。ふふっそんなに息を切らして、おなかでも減っちゃったのかしら?」


 「え、あっ……そうなんです!! もうお腹ペコペコの気持ちヘコヘコだったんですよ!! はははっ……ふぅ」


 そういって席へつくと、温かいスープとスパイス香る肉料理が目の前に並べられ、キャルヴァンさんと過ごす最後の夕食を済ませることとなった。

 夕食後はいつものようにお茶を飲みながら明日のことを話し、お世話になったお礼をつげて、今度あったときにはお土産を持ってくると約束を交わし眠りについた。


 翌日は珍しく早くに起きた俺と、見送りをするため残っていたキャルヴァンさんとで朝食を取ることになった。


 「これで最後の食事なのね……。なんだかヒナタがいないと寂しくなっちゃうわね。………そうだ! お友達と再会できたらまたいらっしゃいな!」


 声は明るいが寂しそうに笑うキャルヴァンさんに俺もつられて寂しくなってしまう。


 「必ず……また来るので、そのときは美味しい料理をたくさん作ってください」


 「えぇ、そのときが楽しみだわ」


 そうしてキャルヴァンさんともお別れをした俺は、後ろ髪を引かれながらも、約束の場所である門前に向って歩いていく。予定していたより早く着いたので、昼飯として残しておいた果物を頬張りながら、比較的崩れていない外壁を背もたれに三人を待った。




**********************





 「三人とも遅いな……。何かトラブルでも起きてないといいけど」


 かれこれ3時間ほど待ってみたものの、一向に人が通る気配のない門の前は怖くなるほど静かで、あと何時間この場所で待たなくてはならないのかと、思考もネガティブになってしまいそうなほど不気味でたまらない。

 もう何度目になるのか、腕時計を見ては門を眺め、そうしてため息をつく。なんだろう……なんだかいやな予感がする。


 たしかに旅をしていれば時間通りに進まない事なんてざらだが、三時間もずれたなら普通、誰か一人来て何か言ってきてもいいはずだ。それをしてこないという事は、もしかして俺が思っているよりこのリッカの街は大変なのかもしれない。どうしよう……どうしたらいいんだろうか。

 もしかして三人とも時間を勘違いしている可能性もあるし、もう少し待つのがいいのか、それとも今この場で街の中へ乗り込むべきか、どれが正しい選択なのかわからない。



 ぐるぐるとまとまらない考えの俺は、結局街の中へは入らずに辺りが赤く染まるまで、ずっと三人を待つのだった。


 

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