第22話この世界の現実
エルフの貴族たちが治めている国と聞いて、俺は半分ドキドキしていた。人間や魔族は珍しいらしく、商業都市シェメイに着くまでの間中、すれ違う人々に驚かれたり、嫌なものを見たような顔をされ続けていた。
商業都市とだけあって、今までとは違い道は舗装され、また旅人や商業の馬車が多く行きかっていた。そこはシュンコウ大陸とは大きく違うところだろう。ただアルグの話だと、それも港町と商業都市までだそうで、その先は森が深く、夏の種属の街までは森の中に存在する村や町を分け入りながら進むしかないそうだ。なのでエルフや一部の種属以外は、抜け出すことも儘ならないので、決して独断行動はしないようにと釘をさされた。
港町からシェメイは比較的近く、三日も歩けば着く距離にあって、港町からでもその街の立派さが見えるくらいだった。小高い丘の上にあるせいか見失う事無く、だんだんと大きくなっていく街には、これぞ異世界という風格があってアルグが言った事や、アルグに言わなくてはいけない事など、すっかり頭から抜け落ちてしまった。
で、でかい……!!
遠くからでも見える街なので、それなりに大きいとは思っていたが、想像以上の高い壁と門構えに言葉を失ってしまう。首がつりそうになるぐらいの高さに、見劣りしない街並みの中心には、地球でいう教会みたいな建物が、これまたでがでかと存在しており、圧巻されてしまう。
こんだけ大きい街なのでさぞ警備が厳しかろうと思い、ビクビクしながら街の門を見渡す。だが街の外にも中にも、警備の人らしきエルフは見受けられず、それどころか門は完全に開け放たれており誰でもウェルカム状態だった。
おかしい。街の立派さに比例しない警備の甘さに、俺は違和感を感じ、アルグにこそこそと話しかける。何故内緒話になったのかは分からないが、なんとなく聞かれたら困る気がした。
「なぁ、エルフの街には警備とか軍は配備されていないのか? 俺たち此処に来るまでの間、不審者みたいに見られてたのに……なんか変じゃないか?」
セズも気になっていたらしく、俺の隣でコクコクと首を縦に振っていた。やっぱりこの世界の人でも気になるんだな。
「おいおい……。ヒナタは分かるがセズも分からないなんてな。セズ、お前さんは末とはいえ姫だったんだろう? 大昔に起きた戦争くらいは知ってるはずだ」
そういわれセズは暫し考えた後、両手をポンと叩き顔を明るくした。待てアルグ、俺にはちっとも分からないので詳しい説明を求む。
「ヒナタにも分かりやすく言うとだな、大昔……それこそ英雄が英雄として活躍していた頃、この世界は真っ二つに分かれて戦争をしていたんだ。お前さんも聞いたことぐらいはあるだろう? 西の大陸と東の大陸って。西の大陸はエルフがほぼ制圧し、東の大陸はドワーフが支配した。その後の詳しい話は、学者の間で意見が分かれて詳しくはしらねぇが、その後この二つの大陸は行き来が出来なくなった。そうして最大の敵がいなくなったエルフには軍なんぞ必要なくなった、と。ざっとこんなかんじだ」
恐るべしアルグ。お前なんでそんなに詳しいの? もしかして昔先生だったとか? どちらにしろ旅だけでは得られない知識量に、俺は心の中で密かにアルグ先生と呼ぶことにした。ありがとうアルグ先生!
「一つ疑問なんだが、それでも警備するに越したことはないんじゃないか? いつどこの国が反旗を翻すか分からないし、それに犯罪だって発生するだろう?」
「それは難しいと思いますよ。エルフたちは原始種属たちの声を聞くものたちがいるのはご存知ですよね? その人達は知恵を広めると同時に監察も行っているのです。私も見た事がないので分からないのですが、原始種属たちの目や耳を借りることで、その地に訪れずとも、場所が近ければ知る範囲も大きいとの話です」
「それでも絶対数が多くて対処しきれないような……。というより西の大陸には法律ってあったりするのか? こうやって考えてみると俺、全然この世界の事知らないんだな」
自分で言っといてあれだが、あまりの無知っぷりにガッカリしてしまう。どれだけこの世界について学ばなければならないのかと考えると、頭が痛くなってきた。うーん、人生は常に勉強ってこういうことだったのか………
「法律? っていうのはいまひとつ分からんが、始まりの神が定めた戒めをエルフたちは従い、リンリア協会がそれを管理しているんだ」
「ふーん……じゃあ、エルフ達はその宗教団体によって成り立っているってことか?」
俺はてっきりキリスト教みたいな感じなのかと思い、アルグにそう聞き直すも、どうやらそうではないらしく、説明が難しいのか暫し咀嚼してから俺にも分かりやすく再度解説してくれた。
「建前上……といえばわかるか? エルフ達が言うにはリンリア協会は貴族の組合であって、宗教団体ではないらしい。“らしい”とつくのは、俺たち魔属や他の種属から見れば、なんら宗教と変わらないように見えるからで……つまりはそういうことだ。わかったか?」
「あー……うん? なんとなく? つまりはめちゃくちゃ複雑な事情がそこにはあるってことだな!! 深くは触れずにおくわ!」
「まぁ、それが無難だろうな。そして今見えてきたのがそれらの本拠地ともいえる、あの建物ってワケだ」
喋りながら歩いたせいか、いつの間にか目の前に聳え立つ協会の施設を、親指で指すアルグの行動に、周りの人達の顔色が少し険しくなる。ひぃぃ、エルフにとって神聖な建物を蔑ろにしたらあかんで、アルグさん! と、関西出身でもないのに似非関西弁がでてしまう俺。いや、さっき自分で複雑だと言ったばかりなのに、恐ろしい男だな本当に!!
アルグよりも気遣いが出来るセズも、それに気がつき慌てふためき、アルグさん! と少し上ずった声でそれを嗜めていた。上ずって恥ずかしかったのか、顔が真っ赤に染まっていくセズに、俺は鼻の下を伸ばしそうになる。それをさりげなく手で隠して二人を街の中へ先導する。いつまでも門の前で駄弁っている訳にはいかない。
街の中は露天商や物売りで賑わっており、また住民であるエルフも、今まで見てきた村や街などとは比較にならないくらい多かった。だからか、その子たちの見目のみすぼらしさはひときわ目立って見えた。
まだ見たことないドワーフや、夏の種属とはまた違うと分かるそれは、ファンタジーではお決まりの獣人みたいな見た目で、その獣度といえばいいのか……耳や尻尾だけで、後は人間と遜色ないものもいれば、まるきり動物が二足歩行しているようなものまでその姿は様々だ。だがそんな中にも共通点はあった。
それはみんな幼い子供だけであり、身にまとっている服もぼろぼろで、まともな生活は到底送れているようには見えなかった。俺がじっと見ていたことに気付いたのか、一斉にこっちをみて言葉無き悲鳴を俺に浴びせる。
その眼差しは俺の知っている子供の目とは程遠い、深い悲しみと苦しみが宿っており、飢えの無かった日本では知りえなかった、俺の心がじくりと鈍い痛みが胃から胸からしてくるように思えた。俺の見ているものに気付いたアルグは、苦虫を噛んだように眉をしかめ、その子達から目を背けた。
「……おそらくあの子達の親はもういない。昔、行き来が出来ないはずの東の大陸から渡って来た獣人族で、エルフの街に流れ着いたと聞いたことがある。エルフですら渡る事が出来ないのにと、気味悪がったエルフどもは親を虐げ……」
そこまでいって言葉をとめるアルグ。目を強く閉じ、微かに口が震えていた。セズもその子供たちの痛ましい姿に俯き、胸元で硬く手を握り締めていた。そんなアルグの様子に俺だって例外なく、この国……ひいてはこの世界の現状をまざまざと見せられたのだ。俺は甘く見積もっていたのか? この異世界の現実を。
あまり長居しても、俺たちにはどうしようも出来ないという気持ち半分と、後ろめたさからその場を去ろうと目を横に向けたときだった。
きれいな金色が、その子達に向かって走っていくのが見え、再び向き直ってしまう。遠くからなのではっきりと認識できないが、長く髪にあてられている巻き髪の感じからして女の子だと思われた。
その女の子は臆する事無くその子供たちに近づき、話しかけていた。けれどもリーダー格とおもしき獣人の男の子に突き飛ばされ、獣人の子達が逃げ去っていった。その子はすぐ立ち上がり、下を向きとぼとぼと歩き去っていった。
声をかけようと思ったが、子供のけんかに大人で、他人の俺が話しかけたところで警戒されて終わるだけだろう、そう思いとどまり、俺はアルグたちの後を追ったのだった。
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