第23話既視感と異変




 ——郷に入れば郷に従え、という諺がある。それと共に創意工夫という四字熟語も添えればばっちりだ。何がばっちりかというと俺の現状に他ならないだろう。アルグはエルフたちのその扱いの雑さに慣れているのか、はたまた適度にいなしていたのか、エルフとの扱いに差はあったものの、なんとかなっている様子だったが、どうやら俺は違うようだ。


 ……やっぱり人間はだめだった。

 宿に泊めてもらえないどころか、食事さえ出してもらえない。 ご飯どころに行っているにもかかわらず、だ。そのため俺は郷に入るため、アルグに日差しよけの布を買ってきてもらい、目深にそれで頭を覆う。

 エルフの特徴である耳と髪さえ隠せれば、傍から見たら見分けなんてつかないだろうと思ったのだ。コレで目立つことさえしなければ諺通りにことは進む。

 そう思っていた時が俺にもありました——






**********************






 「すいませんが、今しがた協会の通達で、不思議の雰囲気の人間がこの街に侵入してきたとのことで、怪しい者はすべからく調べて回っているんですが、ちょっといいですか?」


 完璧を確信したその数分後、俺の正体が早くもばれそうになっていた。何故だ!? 頭だけじゃ駄目だったのか?! 服でばれるにしてもいささか早すぎるような気がしないでもない事態に陥り、黙りこくってしまう俺たち。

 それに確信を得たのか、そのエルフの男性は強引にも俺の頭に被せていた布を引っ張ろうとしてきた。さすがの強行手段に、強面でも普段あまり怒ることがないアルグが、顔を強張らせながらとっさに前に出て庇う。エルフ怖すぎるだろう! 差別している相手にはこうも強気に出てくるものなのか?!

 いや、それは偏見だったな。今までもエルフの村や町で過ごして来たが、こんな扱いを受けたことは一度も無かっただろう、俺!

 全体が起こす行動が、個人の特徴にはなり難いのにもかかわらず、個人の行動一つでそれを全体の特徴として捉えるのは間違いだ。この人の行動だけでそれがエルフの総意と思い込んではいけない。


 だがピンチなのには変わらず、俺はとっさにエルフになってしまえれば、いっそ目立たなくていいのに………!! と心で自分がエルフになった時の姿を思い描いて虚しくなってしまう。

 ……それがトリガーだったのか分からないが、ふいに立ちくらみがし、俺はよろめいてしまう。

 一瞬のことだったが、俺を隠すようにして守っていた俺の異変に気づき、素早くセズが俺の背中を支えに回ってくれた。ごめん。と、一言言いたいのに上手くろれつが回らない。数秒間、そうして自分の体の違和感に耐えていたのだが、意識の浮上と共に、アルグが俺の何かに気付き、勢いよく振り返った。

 俺自身、その変化に驚きを隠せない。俺を支えているセズでさえも何が起きたのか分からないようで、目を点にし口は大きき開かれていた。



 ——姿が……いや、正確には耳と髪がまるでエルフのようにどちらも長く伸び、髪は色素が抜けて美しい赤交じりの金色になっていたのだ。


 どう、いうこと、だ……???

 なんでいきなりこんな姿になってしまったのだ? 俺があんなこと考えたから姿が変わった……と考えるのが自然だけど、俺にそんな能力があったなんて聞いてないぞ?! いや、聞いていない事だらけで、もうワケが分からなくなりそうだ。

 完全にパニックになる俺たちをよそに、協会関係者の男性は俺が病人か何かかと勘違いしたのだろう、慌ててお医者さんを呼んできましょうか? なんて声をかけてくる。

 それどころじゃない俺たちはその言葉に、これ以上の面倒ごとを増やすまいと大丈夫ですと断りをいれ、先ほどの振る舞いに関してはさして突っ込まないように、もういいですよね、とその場を後にした。


 急いで宿を手配して部屋にこもる。今までの宿とは違って、鏡や小さいながらシャワー室がついていたが、重要なのはそこではなかった。俺は部屋に入るなり、鏡面へと走るように向かい、顔を確認する。

 そこにいたのはいつも通りの俺のたれ目と太眉の顔。そして手でも確認したとおりの長い耳に長い髪が生えていた。

 …………気持ち悪い。

自分の顔なのに自分ではない違和感が、胸からこみ上げてくる。


 一通り確認し終わり何気なく後ろを見ると、アルグが俺の背後で一連の行動を観察していた。気付けなかったことにも吃驚だが、アルグの今まで向けられたことの無い顔つきに背筋が凍る。理由は分からない。が、その顔は憎悪と怒りに満ちた顔で俺をじっと睨んでいた。

 セズは別室を借りており、今この部屋には俺とアルグしかいないのがまた恐ろしくさせる。俺はあえて鏡越しでアルグに話しかけてみる。


 「アルグが……何故そんな顔で睨むのか俺にはよく分からないけど………この状態を説明できるほどの情報も俺には無いんだ」


 なるべく平静な態度で、鏡の中のアルグの目を見る。アルグはそれに気付いてもなお睨むのをやめない。


 「……お前、一体何者なんだ? ただの人間が姿を変えるだなんて聞いたことが無い。以前親が人間だと言っていたのは本当に本当の事なのか?」


 いっそう眼光を鋭く見つめてくるアルグに、俺の頭の中でこの場を切り抜けるための口実を探る。いっそ此処まできたらアルグには本当のことを話すべきか? とも思ったが、寧ろそっちの方が真実味が薄い言い訳にしか聞こえないだろう。


 「……確かに、アルグに言ってないことがある。でも嘘はついていないし、親が人間なのも本当の話だ」


 いや、それは嘘だ。

 本当のこともあるが、アルグに言ったのは誤魔化しの嘘だらけだった。だけどそんなこともう言えないし、この場の嘘は詰められたらボロに繋がりかねない為、これしかいえなかった。


 「つまりは、片方は人間でもう片方が魔族の両親だったということか?」


 およ? まさかの食いつき。完全に苦し紛れの言葉だったのにアルグが上手く勘違いをしてくれた。これに乗らない馬鹿はいないだろう。


 「……それは分からない。俺が物心ついた時にはすでにお袋しかいなかったから。お袋も前言ったみたいに俺にぜんぜん話してくれなくって、だから父親が誰かなんて知らないんだ」


 「そうか……すまん。お前のそんな事情も知らずにズケズケと、しかも個人的な理由から最低な態度をとってしまった。許してくれとは言わないが、もう少し俺のことも信頼してほしい」


 そう告げたアルグの顔は怖いくらい暗く、その影の深さに本当の事を信じてもらえなくとも、話すべきだったと後悔させる。今の話に嘘は無かったが、真実でないことは心に重くのしかかってくる。


 アルグは無言のまま部屋を出て行き、暫くたったのちセズが部屋に入ってきた。その顔は気まずさで濁っており、おそらく先程のやり取りをきいていたのかもしれない。

 気遣いやさんのセズも俺に思うことがあるのだろう、尻込みしつつも目はしっかり俺を見据えていた。


 「ヒナタさん……。先程の話本当ですか? いえ、ヒナタさんの話を疑っているわけでは無いのです。ただ、その前にも私こういったやり取りを見たような気がして……。変だと思われるかもしれないんですが、ただ違和感を感じるのです、ヒナタさんの言葉に隠された真意に」


 どういうことだろうか? 以前も確かにこんなやり取りはしたが、その時にはセズは居ないどころか会ってすらいない。だってこの会話はアルグと会ってすぐの話だったから。ならば何故そんな事を言い出して、あまつさえ違和感があると俺に伝えてくるのか? それが真意というのだから、まるで俺のことを知っていてあえて外した言い方をしているのではないか、と疑心暗鬼に駆られそうになる。

 セズの言わんとしている事が、ただのデジャヴであればいいがもし違うのなら……。この街に着いてから、俺たちは何かが着実に変わり始めていた。


 いや、本当はもっと前からだったのかもしれない。それが雪崩のように一つの小さなきっかけで大きく様変わりし始めたのだ。

 俺の変化にアルグの探しているもの、。そしてセズの感じた既視感……これらの先には何が待っているのか、俺はそれを知るのが怖かった。

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