第24話泣き虫エルフ




 俺の外見が変わって数時間経つが、依然として戻る気配すらなく、それどころか前より馴染んできている気さえしてくる。アルグは出て行ったきりで、探しにいこうにも外は不審者を捕らえるべく、厳戒態勢のままなのでどうすることも出来ずにいた。

 セズはセズで最初会った時のようにどこかよそよそしく、俺は何か話題はないか、と考えをよぎらせたときだった。

 アルグが前に言っていた不可解な話を思い出す。俺の気づかぬまに気配が消える、あの出来事がもしかしたら今起きていることと関係があるような、そんな気がしてセズにも尋ねてみる。


 「……セズ、今から変なことを聞くけど、以前アルグが言ってたんだ。夜寝てるとき、オレの気配が時々消える事があるらしいんだが、セズはなにか俺に対して気付いたことはなかったか?」


 可笑しな聞き方になってしまったが、一応謂わんとしていることは伝わったのだろう。セズは頭を先程よりも深く下げ、うんうんと唸っていた。


 「ヒナタさんと私は会って間もないので、アルグさんほど分かってはないのは承知の上でいいますね。私も時々ヒナタさんの気配がぼんやりするなとおもったことがあるのは確かです」


 顔をあげ答えるセズの顔は、自分で言ったことに納得がいかないのか、言葉を探している風でしばしの沈黙が部屋に漂う。


 「上手くはいえないのですが、船の時に一回だけ……ヒナタさんが懐かしい気配になったんです。多分エルフの方でも気付かないと思います。私達春の種属しか分からない……懐かしい風の気配が今みたいに馴染んでました」


 今みたいに馴染んだ? 俺は確かに先程そう思ったりはしたが、一言もいってはいない。セズが心を読んだ以外に有り得るとすれば、俺の心象だけではない、客観的事実だということなのだろうか? それに風といえば船上で一回だけそんな夢を見た覚えもある。

 このまま聞けば何か分かるかも、そう口を開いたがそれは言葉にならずに消えていった。アルグが大きな音を立てて扉を開けたのだ。


 「今外を軽く見てきたんだが、流石エルフの街だけあってもう手配書が出回ってやがる。さすがに姿見はぼんやりとした感じだったが、服装が特徴的だったのが不味かったみたいだ」


 服装のことを言われそれもそうだと自分のみなりを確認する。コートなんかは地球のときのままで、変えているところといえば一番最初の街、ウィスで買った上着位で、珍しいとコートとズボン、靴が目立つのは当然か。

 これから行動というのに出鼻を挫かれた気分にはなったが、アルグはそれを見越してか、オレがなにも言わずとも手に持っていた袋から少したびれた服を渡してくれた。

 このくたびれた感じが旅人らしく様になっていて、今の俺によく似合っているように思えた。

 セズがいる目の前で着替えるわけにもいかず、彼女がいそいそと出ていく中で、俺一人だけ気まずさが増していく気がした。無言のまま服を脱ぐが、今まで経験したことがない髪の長さゆえにまごついてしまう。それすらもアルグはわかっていたように髪止めをなにも言わずに手渡してくれる。


 そうして着替え終わり、改めて私物を眺める。まだ来たばかりなのに靴とショルダーバック、腕時計しかもはや地球の名残がない。その事実がより一層俺の胸を曇らせた。

 そんな俺の心境を知る由もないアルグは、先程の服を大荷物を積めているバックに入れ、ここから遠く離れた場所で売ると淡々と告げると、現状の確認のために扉で待っていたセズも招き入れて、今後の話し合いをすることになった。


 「ヒナタの変化については本人が分からない以上、どうしようもないから様子見するとして、それよりも不味いのはヒナタの気配がぶれることだ。このまま旅するにもオレが察知できなくなっちまったらヒナタだけじゃなく、セズ危険にさらすはめになる」


 「それもそうですね。せめてヒナタさんが落ち着くまではこの街にいる方が安心ですし、それになにか原因がわかるかもしれません! なんたってここは西の大陸では最大規模の種属であるエルフの街なんですから!」


 「あぁ、それにオレもこの街には野暮用があったんで、正直滞在はありがたい。依頼主の女将には申し訳ないが、状況がそれを許しちゃくれないしな」


 「そうだな……。アルグとセズ荷は迷惑をかけて申し訳ない。俺も二人に迷惑かけないよう目立たない程度には動いてみようと思う」


 話し合いはこうして終わり、アルグとはまともに話せないまま俺は宿を抜ける。これまでもアルグには訝しまれたりはしたが、ここまで悪化することはなかった。それもそうだ、今回に限ってはそういったものではなく、今まで築いた信頼を蔑ろにした俺がいけなかったのだから。


 空は澄んだ青空が広がっており、まだ冷たい風が心地よい。薄着で出歩いている住人は、寒さに強いのか薄い生地のコートを羽織っており、そんな中一人厚着だった俺の格好は目立ちすぎていたと、冷静になった今ならわかる。

 子供たちの遊び回る声がそこらじゅうから聞こえ、女の人たちは楽しげに井戸端会議をしている。ここだけ切り取ってみたら平和そのものの光景だが、だからこそあの獣人の子供たちはこの街の異常さを物語っているようでなんともやりきれない。

 シェメイという街は思った通り広く、綺麗な街並みが続いており、歩くだけでも楽しい。それなのに俺は、つくづくもって自分なのだと自覚させられる。先ほど見かけたあの光景……あれがどうしても気になった俺は、あえて裏通りや人が通りそうにない道を選び歩いていた。危険なことをしている自覚はあったが、同属には優しいエルフのことだ。きっとこの姿のままなら問題は起こるまい。

 そう考えていた時だった。後ろの方から軽い足音が聞こえ、その音の主に手を掴まれたのだ。


 このままどこかに引きずり込まれたらまずい!! そう思うが、とっさに動けないまま、後ろ向きで引っ張られた俺は受け身も取れずその場に転げてしまう。

 力はそこまで強くはなかったが、なにぶん反応が追い付かず、引っ張った本人も俺の反射神経の鈍さは予想外だったのか、避ける事もできずに俺の下敷きになってしまう。俺も俺で思ったより小さい体に慌てて退けるが、その正体に大丈夫かという言葉が、引っ込んでしまう。


 それというのも俺を引っ張っていた犯人の正体は、先程見かけたエルフの女の子だったのだ。小さい手だったので、俺はてっきりセズか、それともあまり考えたくはなかったが、獣人の子供が追い剥ぎを……何て考えていた。


 エルフの女の子は余程痛かったのか、目にいっぱい涙を溜めており、眉もハの字に下がっていた。あぁ、申し訳ない事をしたなと思い、改めて声をかける。


 「ごめんね、いきなりとはいえ下敷きにしちゃって…………どこか痛むところはないかな?」


 そう声をかけると益々エルフの女の子は、涙を浮かべ嗚咽をあげる。事情が分からない人が見たら誤解を受けそうで、変にどきまぎしてしまう。今だけは人が通らないように!!


 「うっ、ううぅ………いきなり引っ張ってごめんない。お兄さんがなんでここにいるのか気になって、声かけようと思ったんだけど……でも、怖くて思わず引っ張っちゃったの」


 うーん、怖くて引っ張る心理に、いまひとつ掴めないものがあるが子供のしたことだ。責めてもしょうがないし、きっとこの子なりの理屈があるのだろう。


 「そっか、俺を心配して止めてくれたのかな? それはありがとうね。でも危ないからいきなり引っ張ったらダメだよ」


 「……うん、ごめんなさいお兄さん。今度から僕気を付けるね」


 「君のおうちはどこかな? お兄ちゃんの為とはいえ、女の子が一人こんな所にいたら危ないよ。結構頻繁に来てるのかな?」


 親切心半分、さっきの光景を探るため半分に聞いてみたが、思わぬ答えが返ってきた。


 「お兄さん……!!! 僕、男の子だよ!確かに僕エルフにしては髪はさらさらじゃないけど………ッそんなのあんまりだよ!!」


 まじで……? いや、どうみても女の子にしか見えないでしょうに。髪は長くて、例えるならお嬢様ヘアーのように綺麗にカールがかかっている。目は猫のようにキリリとはしているが、涙を浮かべている姿は男の子とは言いがたい。あえていうなら水兵さんのような格好でズボンをはいていることくらいか?


 「そ、うだったんだね……。ごめんねお兄ちゃん勘違いしちゃったみたい。君はどこからどうみても立派な男のこだよ! うん!」


 そういってわざと大きく頷くと、エルフの男のこはもーっと言いつつも機嫌を直してくれた。その姿はやっぱり女の子に見えるが、もう言う事はない。この男のことはそういうジャンルなのだ、きっと。


 「とりあえずここは人通りがなくて危ないから、違うところで改めてお話ししてもいいかな?」


 そういって俺は男のこの背中を押すと、無理やり歩みを進めた。ここから早く撤退しなくていけない。

 ………だってさっきから幾つもの目線が俺達を囲っているのだから。

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