第25話はじめての友達
刺すような目線は俺たちが大通りに出るまで続いた。だが幸いにもそれらはただ見つめてくるだけで、何もされずに済んだのは、俺が考えていた事が目的ではなかったからのように思え、疑ってかかった俺も、この街に住むエルフとなんら変わりないのだと気付かされた。
大通りを少し歩くとあることに気づく。先程のしょうじょ……ではなく少年が、人見知りなのかすれ違うたび、俯きおびえた様子で歩いており、その行動を見るにこれ以上の移動は彼自身の負担になると考え、その近くにあった比較的人気のない自然公園へと寄っていくことになった。
商店街から離れたそこは街の中だというのに、ちょっとした植物園のように様々な草木が生い茂っていた。人もまばらでさっきまで聞こえていた子供の遊びまわる声も遠く、少年も落ち着きを取り戻しているようだった。
小道があちらこちらへと伸びており、葉の間から零れる陽は異世界なのにどこか懐かしい気さえする。それは旅を始めたばかりのセズも同じだったようで、こんなに広い街なのになぜかばったりと出くわしてしまい、なぜだか俺は慌てて言い訳をする。
「お、おー! すごい偶然だなー、セズ!! 俺もさっきこの男の子と仲良くなって少しここで話でもしようかと思ってたんだよなー!」
「え、あ……そうなんですね。わたしてっきりその………なんでもないです。でもちょうど良かった! 一通り歩いて見たのですが、する事がなくて困ってたところなんです。良かったら私も一緒にお話していいですか?」
てっきりに続く、先の言葉を言われなくて心底良かった。予想は出来ても、直接言われるとではワケが違い、大ダメージは避けられなかっただろう。依然として俺への誤解が解けていないから、こんなことを言い出したんだろうが………正直なところこの提案は俺も助かる。
というのも先程からこの少年は、何を言っても聞いても涙声で怯えたように答えるから傍目に悪すぎて、話すらまともに出来そうになかったのだ。大人の俺にはこんなでも、同い年位のセズにならまともに受け答えも出来るだろうし、何よりも俺から漂う人攫い感も薄れるというものだろう。
だが俺の見込みは甘かったようで、エルフの少年はもちろん、せずも人見知りだと言うことを今更思い出し、結局俺を介して話しかけるしかなかった。
「えーっと……、まず俺たちの紹介からだな! 俺はヒナタで、隣にいる少女は、一緒に旅をしている仲間のセズ。あともう一人アルグっていう魔族の男と三人で各国を回っているんだ」
涙目ながらも、俺の話に興味がもてたのかおずおずと話しかけてくれるしょうじょ……に見える少年。上目遣いなので勘違いしそうになるが、この子は男のこだぞ、俺!
「あ、えっと、改めて僕はウェダルフ……っていいます。そのセズ、ちゃんはいつから旅を始めているの?」
その質問をセズではなく俺にしてくるウェダルフ。興味はあるのに本人に聞けないのは人見知りゆえか、それとも男のことしての何かが邪魔をするのか……。それは判然としなかったが、俺が答えるのはやっぱり違うだろう。
「だとさ、セズ。いつから俺たちと旅してるんだっけか?」
「……。そうですね、実のところ私はまだそんなに旅という旅はしてないんです。なのでウェダルフさんの聞きたいことにお答え出来るかどうか……」
俺の意図が分かったのか、セズは俺のボケにはあえて触れずにヴェダルフと向き合って会話を始める。最初は尻込みしていたウェダルフだったが、セズの丁寧な受け答えに好感がもてたのか、俺を介さずとも話せるようになってきた。
そうしてお互いなんでもない話や、事情説明を済ませた俺たちは最初に見かけた、あの光景について聞くことになった。
「それで……ウェダルフさんに聞きたいことがあるのです。聞いてもいいことなのか、分からないのですが……その、獣人の男の子たちとはどういった関係なのでしょうか? 実は先程のけんかの様子をみて気になってしまいまして……」
おそるおそる聞くセズに、俺も気になるといわんばかりにウェダルフを見つめてしまう。慣れてきたとはいえ、俺たちの眼差しに躊躇するウェダルフだったが、彼自身誰かに話したかった話題なのだろう、元々下がりぎみだった眉をもっと下げて話し始める。
「今日は二人と……ううん、人とこんなにお話できて僕、本当に嬉しい!! パパに人と会ったり、お話は駄目って言われてたから、こんなに話せたの久しぶりだよ。だから二人には特別! パパにも内緒のお話しするね!」
どこか自分に被るところがあるのか、セズはその言葉に一瞬息を詰め、ぐっと顔に力を入れていた。
「実はね……あの獣人の男の子、名前はエイナっていうんだけどね、すっごいんだ! 獣人のリーダーで、絶対に悪いことなんかしないんだよ! 街の皆はそれが分かってなくて、いつも酷い事言ったりやったりしてるけど、僕は、僕だけはエイナの事嫌ったりなんかしないって決めたんだ」
先程の泣きそうな顔とは打って変わり、キラキラと目を輝かせてエイナのことを語るウェダルフは、何の偏見もなくその子と付き合っているのだろうということが、何も知らない俺達にも伝わり、先程の俺の考えがふと浮かんで鈍い痛みが広がっていく感覚がした。
なんで分かりもしないのに、思い込みと偏見のみであんなことを考えてしまったのだろうか……。
「ヒナタとセズは旅人だから僕も言えるけど、僕……リンリア協会の人達あんまり好きになれないんだ……。神は自然の中にいて、その神のためにすべき事をしなさいって言ってるくせに、見た目が違うからってあんなにかっこいいエイナ達を虐めるなんておかしいよ……」
あまりに率直な子供の意見だった。大人というのはいつからなっていくのかは俺もわからない。けれどウェダルフみたいな子供の素直さはいつから失われていくのだろう。いつから穿った見方をして、独りよがりな善意を注いでいたのかについて考えると、猛烈に自分が恥ずかしくてたまらなかった。
「そのリンリア協会を詳しく教えてもらっても良いでしょうか? 私の街ではそのようなものがなかったのでよく知らないんです」
「そうなんだ、まぁ春の種属のセズは知らなくて同然だよね。僕も協会本部に行ったことが無いから、あんまり詳しくはないんだけど、リンリア様が始まりの神様ってことくらいは知ってるよね?」
「えぇ、それくらいなら私もかあさまに聞いたことがあります。ですが何故リンリア様のみを信仰しているのですか? 神ならほか——
「しっ。その先は言っちゃ駄目。さっきの僕の発言ですらギリギリなんだ。それ以上は国を永久追放される可能性もあるよ」
そういってセズの口にそっと手のひらを押し当てるウェダルフ。どこの国、どこの異世界でもそういうのは変わらないらしく、エルフが信仰しているリンリア協会も俺の世界よろしく、言論統制されてるなんてな。セズの言わんとしていた言葉は俺にとって重要で重大なことなのに、聞く事すらままなりそうに無かった。
神がこの世界にいるのは前々から気付いていたが、始まりの、という言い回しはアルグが言っていた頃から気になってはいた。多神教的な考えでもってそういっているのなら、俺が改めて神になる必要性はなく、一神教的考えなら始まりも何も無いわけで………
ピースはいくつも入るのに、どれもうまくはまることが出来ないもどかしさが、のど元近くまでせり上がり今にも出てくる感覚がして怖い。
「まぁ、それはともかく……リンリア協会というのは大昔にあった戦争以来、僕達エルフの戒めにしておまじないなんだよ」
おまじない、ね。それは祈りという意味なのか、それとも………
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