第26話反乱分子と俺に出来ること




 この異世界は思った以上にきな臭い情勢で成り立っている。 シェメイにきてそのことが徐々に明らかになってきたが、それに比例するように、俺の一日一善の考えや成そうとしている事が不透明に、不確実なものになるのはどうしてだろう。


 ……それでも、その小さな善意がいつか世界を変えると信じて結局やっていくしかないのだと、自分に言い聞かせるしかなかった。




**********************




 

  リンリア協会の話もそこそこに、俺達の話題は獣人の子供にシフトチェンジしていた。


 「それでエイナのすごいところはね、モンスターも狩れるところなんだ!! だからご飯の心配はないの!」


 「そうなんですね!確かに獣人の方たちは身体能力がどの種属よりも優れてるって、御伽話か何かで見たことがあります!」


 「他にもイールっていう、エイナの次にすごい男の子がいるんだけど、その子もすごいんだぁ………」


 そう、俺を除いてだが……

 いや歳も近いし、仲良くなってくれればとは思ったが、人と話す機会がさほどない二人だったので、もう喋りだしたら止まらないのだ。俺は相槌すらもままならず、せめて喋りやすいようにと、二人の間に挟まれた俺の体を少しずつ後ろに下げる。


 こうして日が落ちるまで夢中で話していた二人は、明日も会う約束を交わし俺たちは宿へと戻っていった。セズにとってはじめての友達だったのだろう、帰る途中もさっきまで話していた事を俺に嬉しいそうに語ってくれた。俺も聞いていたはなしだったけど、セズはそんなことはお構いなしで俺もそれを言わず聞いていた。


 宿に戻ると、宿のスタッフらしき男性に呼び止められた。めったに声をかけられることが無かったので、どきりとするが、どうやらその性はアルグからの言付けを俺に言いにきただけの様だった。

 それによると今夜は遅くに帰るから先に食事を済ませてくれという事で、俺とセズは部屋に戻らずそのまま飲み屋通りへと繰り出した。今まではどこへ行っても、どんなに遅くても一緒に食べるのが習慣のようになっていたので、正直今回のこの変化が少し怖くもあった。少しずつ俺たちの間に溝が出来ていると頭の中で警鐘がなるが、打開策が浮かばないままだった。


 商業都市とだけあり、メニューは豊富でどれも美味しそうだったが、アルグのいない夕食は味気なく、食べる量も控えめになってしまう。それも当然で、普段はアルグがめいっぱい頼み、世話焼き母さんのごとく、どんどんと俺の皿に盛るので食べざるを得ないのだ。だからこれが普通なんだと、むりやり自分を納得させて、黙々と食べることを意識する。

 今日は色々あったので、夕食後のセズは大きな欠伸を一つついて目をこする。以前はそんな油断した姿などを見せなかったので、打ち解けられたようで嬉しくなった。


 翌日になり、俺は隣に並べられた空のベットを一瞥し、サイドテーブルに目を落とす。そこには紙が置かれており、先にでかけるから今日の晩御飯も二人で済ませてくれて構わない、と書かれていた。

 何気なく頭を下に向けてきらりと光る長い髪を見る。何十年間自分の髪を鏡を通してみていたあの髪ではなく、まだエルフのようだと思い知って、俺は短いため息をついて垂れてしまう。


 出掛ける準備を済ませて、部屋を出ると丁度よくセズも部屋から出てきており、昨日と同じ朝食を共にする。朝食中は無駄な会話は一切せずに終わらせて、俺達は昨日交わした約束通り、昨日話した場所へと向かう運びになった。森林公園に着くとそこにはウェダルフがすでに待っており、俺、というかセズを見つけるなり軽い足音を立て駆けてきた。顔を紅潮させながらセズと話す姿は姉妹のようでなんとも絵になる光景だった。

 俺のことなどすでに眼中に無くなってしまった二人をその場に残して、更なる情報を探るために一日一善を兼ねながら街の人に声をかける。見た目も相まってか話す人皆、朗らかで警戒もされず会話が弾む。

 今まで立ち寄った村や町に比べるとやれる事は少なかったが、それでも森林公園の手入れや荷物の運び入れなどで、何だかんだと時間が過ぎ、気付けばお昼ごはんの時間となっていた。

 金銭を目的としていないので、お礼はもぎたての野菜やお店の賄いで気付けば両手に荷物を抱えるほどだった。とてもじゃないが一人で食べきれる量ではなく、セズとウェダルフにと思って公園へと戻ったが、すでに場所を離れた後だったようで、俺は仕方なく二人がいたはずの場所へと腰掛ける。

 足が早いものだけ食べることにして、持ちそうなものは夕飯のときにでも食べれば大丈夫だろう。そんな気持ちで人気が無いベンチに荷物をおろし、ごそごそと探っていた時だった。ふと暗くなり俺に影がかかって、何事かと思いながらもこわごわと見上げる。

 そこにいたのは品の良い端然とした身なりの男性で、俺を見て人当たりの良い笑顔を浮かべていた。年は俺より何歳か上に見えるその人は、目が合うなり手を差し伸べこういってきた。


 「ヒナタさん……ですよね? 先程からあなたの行動を見ていたのですが、失礼……わたくしレイング・ジェールという者で、貴方の行動に感銘を受けまして是非お話をしてみたいと、失礼を承知でお声かけしてしまった次第です」


 まくし立てるように一息でそう告げた男性は、行き場をなくした俺の手を勢いよく掴んでぶんぶんと縦に振る。


 「えぇっと、確かに俺がヒナタですが、レイングさんはどこで俺の名前を……?」


 「おっと、これまた失礼を……。実は私は若手の商人たちが集まって出来た『ソニムラガルオ連盟』の盟主でして関係者から聞いたのです。貴方が手助けをして下さいましたカフェもその一つとなっております」


 連盟……!! なんとも男心を擽る単語だろうか! 規模は分からないが、つまりあれだろ? ギルドみたいなものだろう?! やばい、スカウトか何かかな?!! ファンタジー用語に思わずワクッとしてしまう俺。やっぱり一日一善してみるもんだな。


 「それでそんな方が俺に何か御用でも……?」


 「えぇ、お話というのがですね貴方の行動理念や、旅の間に起きたお話なんかを聞いてみたいなと思いましてね。というのも私たち連盟は結成してまだ日が経ってないものでして、皆同じ志や想いは一貫してても、何をどうしたらそれに繋がるのか、と日々うんうんと唸っているんですよ」


 「それで俺の話を参考にしたい、ということですね」


 連盟のお誘いではなく少し残念に感じるが、この人の境遇がなんだか俺と似てるな、なんて考えたら放っておけないのが人心というもんだろ。


 「是非何か信念や目標がおありなら我々にご教授願いたいのです!」


 「大した話ではないですが、それが人の役に立つなら幾らでもお話いたします。あ……お昼食べてないのなら一緒に食べませんか? 皆さん優しくて、俺一人じゃもったいないなと思ってたところなんですよ」

 

 レイングさんとの話し合いは想像以上に面白くて、お互いの身上や、苦労話に花を咲かせていたら、ソニムラガルオ連盟の一人とおぼしき男性がこちらに向かい駆けてくる。


 「グレイグさーん! もーっ、探しましたよぉ! って失礼。お客人とのお話し合いの邪魔をしてしまいました?」


 「はは、大丈夫。こちらの方はヒナタさんという旅人なんだ。今日友人になったばかりだが、とても面白いんだ! 年齢もジェダスと同い年くらいらしいぞ!」


 グレイグがそう告げると、ジェダスという俺と同じ年ぐらいの青年がぺこりと頭を下げ軽く自己紹介をしてくれた。


 「そうなんですねっ! ボク、ジェダスといいます! 今はまだ医者の卵で勉強中の身ですが、これからのエルフを担っていけたらと想いグレイグさんの元で頑張ってます!」


 「俺はヒナタって言うんだ。今は一人行動だけど仲間と共に旅をして回ってるんだ。同い年くらいだし仲良くしてくれたら嬉しい」


 そう笑顔でいい手を差し出すと、ジェダスは両手で俺の手を握りこむ。そのときちらりと見えた彼の顔には陰のある笑顔が浮かんでいたような気がしたが、光の入射角の問題だったのだろう、顔を上げると先程と変わらない笑顔がそこにあった。


 「それで……ジェダス。君はそんなに慌ててどうしたんだい?」


 「わわっ、そうですよ!! ティーナさんがとても大事な話があるからってさっきから探し回ってたんですよ! 今もうカンカンで手がつけられないんですから早く行かないとです!!」


 「そうか、わかったよ。丁度俺のほうでもヒナタを紹介したいと思っていたし、一緒に本部へ向かうとしよう」



 グレイグはやれやれという顔で腰を上げ、俺に手を差し伸べる。俺はそれを素直に受け立ち上がり、荷物を持って彼の後をついていく。まさか本部に招待されるとはとおもいつつ、ワクワクしてしまう俺は冷たく見つめる目線に気付けないままでいた。

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