第104話屋号と遺された言葉
「まぁ勿論この噂にはどこを、どう、どんな人物が世界を巡っているのかなんて一切出回っていなかった。だけどリンリア協会はあんなに必死になって来ているのか、はたまた来てしまった後かもしれない神を探し回ってるんだぜ、笑えるだろ?」
何も知らない、いや俺のことしか知らないエイナにはさぞ滑稽な噂話かもしれないが、ブラウハーゼの意図を察してしまった俺とキャルヴァンは、周りにばれないよう一瞬の会話をまばたきで交わしていく。
完全に先手を打たれた。
思った以上にブラウハーゼは策を弄するタイプらしく、この噂はあっという間にシェメイを飛び越え、西大陸中に広がっていくことだろう。
いや……だろう、なんて甘い考えだな。この噂を流布したのにはどうしても成し遂げたい目的があり、それを曖昧で中途半端な成果で済ませるわけがない。
この噂の最大の目的、それは俺が国々でした"善い出来事"は変装なり変身した玉上圭兎の手柄としてせしめて、逆に"悪い出来事"は偽物が現れたとか何とか言って俺に擦り付けでもすれば、何も世界中を歩かずとも玉上圭兎は神としてこの世界に認めてもらえるのだ。そこに手抜かりは許されない。
「まぁ、俺の姿を知ってのことじゃないならいくらでも手は打てるから嬉しいかな? エイナ達も俺たちのために色々情報を集めてくれてありがとうな!」
「なっ! そん、なんじゃねえから!! 変な勘違いすんなよな!」
自分の思考を誤魔化すためにかけた言葉に、ぶっきらぼうでそっけない態度で返すエイナだったが、目は恋を隠せないようでウェダルフを捉えて離さない。そんな包み隠すことが出来ない彼女の愛らしさに、俺は満面の笑みで頑張れという意味を込め親指を立て合図を送るが、からかいと受け取ったのか睨み返されてしまう。
「ふぁ……。大きな声出してどうしたのエイナ? 僕半分寝てたみたいで皆のお話聞いてなかったみた……い………」
なんてことを言いながらまた夢の世界へ片足を突っ込むウェダルフをよそに、聞かれていないことに安堵と若干の寂しさを滲ませるエイナだったが、仕切り直し何故レイングさん達がこの噂を聞いて俺だと感付いたのかを話してくれた。
「正直に言うと神様が世界をまわってるという噂を初めて耳にしたとき、ヒナタのことだと気づきはしたけど君が神様だとは信じてはいなかったんだ。なにせその噂はヒナタがこの街を出てずっと後になってから立ち始めたし、なにより誰が言い出したかも、なんでそう言われているのかもわからなかったからね」
「そうなんですね……。でもそうなるとますます不思議なのは、神様だとは信じていなかったのになぜ俺だと気づいたんですか?」
「それは簡単よ。ヒナタはエルフに変身してはいたけれど、それは見た目だけで感性はあまりにも私たちとかけ離れていたもの。それは見る人が見れば神懸かり的に感じるエルフもいると思うわ。それくらい……私たちエルフという種属は他の種属に対して排他的で臆病なのよ」
「俺達灰色の兄弟と何の気なしに話しかけるエルフなんてこの街には一人しかいなかった。ましてや俺たちのために動いている旅人なんて、誰もいないのが当たり前だったんだ」
……それはつまるところ俺と灰色の兄弟、獣人の子供たちと仲良くしている姿はこの街の皆にとって起こりえない出来事として注目したんだろう。そんな折にリンリア協会の幹部が拘束され、そのすぐ後見向きもされなかった灰色の兄弟が、俺だけじゃない他のエルフと仲良くなっているのだ。俺が何かをしたと考えるのは当然出てきたことだろうし、その思考を裏付けるようなあの噂が流れれば、俺を神だと思い込んだ人が噂の噂を流しても無理はないか。
「レイングさんたちが俺だと気づいた経緯は分かりました。それで俺の正体を知るために、灰色の兄弟と何で取引したんですか?」
俺が聞くと、その言葉を待っていたかのようにエイナとレイングさんたちがにやりと笑い、お互いの顔を見て頷く。
「取引の内容は簡単だ。ヒナタの正体を明かす代わりとして、彼らには我等ソニムラガルオ連盟が持っている情報……つまり商売をする為に必要な知識と交換したのさ」
「まぁ本当だったらこんな取引もなしに教えるつもりだったんだが、彼らは律儀というか……頑固でね。仕事まで斡旋してもらっているのにこれ以上タダではもらえないと、その一点張りで困りましたよ」
困り顔でそう話すウェールさんの話を聞いて、確かにエイナらしい頑固さと考えで俺も笑みがこぼれるが、彼らの話はそれだけではなかった。
「そんなこんなで俺たち灰色の兄弟は見事、店を開ける一歩前まで資金を貯めることが出来たんだが……ひとつ問題があるんだ」
真剣な顔で話すエイナだったが、すでに解決の糸口は見えているらしく、そこまで深刻そうでないのが雰囲気から感じ取れた。というかこの街を離れてそこまで時間がたっていないというのに、もうオープン手前までこぎつけるとは灰色の兄弟の能力は底知れないな。
それに店を開くといってもどんなものを取り扱うのかすら想像が難く、これだ! というのもが思い浮かばないのはなぜなんだろうか?
飲食……は違うような気がするし、運送業……としてやるにも彼らはまだ幼すぎる気がする。あとは交易とか用心棒、雑貨屋さん……花屋さんとか?
う~ん……どれもしっくりこない。
「まぁ、何をやるかは後で話すとして……その前にヒナタにお願い、というよりもほしいものがあるんだ」
「お願いとか珍しいな? まぁ、俺も開店祝いとしてあげられるものはあげたいけど……まさか命とか言わないよな?」
「そんなのはいらないから安心しろ、というよりどんな偏見だ殴るぞ。…………ッチ。またお前の軽調子に乗っちまったが茶化さず聞いてほしい。俺達灰色の兄弟が欲しいのはヒナタ、お前の名前を俺たちの店の屋号としたい。俺たちの為に、どうかお願いします」
屋号……? というとつまり会社名として俺の名前が欲しいってことなのか? なんだって俺の名前を会社の命とも顔ともいえる名前にしようと?
「まぁ……こんなこと言われても当然驚くよな。理由は話すと長くなるけど聞いてほしい。それは俺がもっと幼く、まだ俺たちの親が生きていたころの話だ」
――俺達の親は元々東大陸のフトウ大陸で生まれ、そして生まれながらにドワーフの属国として誰かに使わされる毎日だったらしい。俺たち獣人の能力はドワーフにも有益だったそうで、人間ほど苛烈な環境ではなかったらしいが、それでも自由は無く日々鬱屈としていた。そんな折、獣人達が住んでいた集落近くの森で人が消えるという事件が起こり、獣人たちは騒然としたらしい。それは俺たちの親も同じで、最初は純然たる調査として行方不明となったものを探していたらしいが、その獣人が数週間後、遠くシュウフ大陸の海辺近くで見つかったことにより事態は変わり始めた。
まぁ、見つかった獣人自体はすでに命尽き果てた状態だったけど、死因は餓死とか衰弱死とかではなく、溺死でしかもその姿格好は行方不明になったそのままの状態だった。
そう、この獣人はお金や食料、寝袋すらも持たないままいくつかの国を超え、そして海で亡くなったんだ。
この事件は俺達の親にも広がり、そうしてとある噂がささやかれ始めた。
「それは東大陸でいないはずの夜の種属、まあ魔属が何故か失踪事件が起きた森で出入りしているのを見た、というものだったらしい」
「それは……つまり夜の種属の方がその失踪事件に関与しているということでしょうか?」
ここまで黙って聞いていたセズが息を呑みそう尋ねると、エイナは少し考えた後、首を横に振り分からないと呟いた。
「ただ、俺の親たちもそれが気になったようで、何日も何年もかけてその森を見張っていたらしいんだ。それで何かがその森に現れて………そこからの記憶が曖昧で気が付いたらアプロダの国にいた……らしい」
おうおう、どうしたエイナさん。オチが急に雑になったばかりか、記憶が曖昧でどう来たかわからないとか、情報命の灰色の兄弟らしくないじゃないか。
ていうか、まーたこの記憶にございませんパターンは何なの? どうしてそうもみんな記憶を無くしちゃうのさ!
「ま、まあ! とにかくだ!! 何が言いたかったというと、俺達の親はあっちの東大陸でもこっちの西大陸でも虐げられ、そして亡くなったんだ。そんな中でも俺たちの親は俺達にずっと言い聞かせてくれた言葉がある」
バツが悪そうな顔で話を続けるエイナだったが、彼らに遺された言葉は今も心に深く残っているのだろう、一息貯めて俺たちに聞かせてくれた。
「……誰かに使われるのじゃなく、誰かに使いたいと思える者になれ。これは俺たち灰色の兄弟の唯一の家訓みたいになっているが、その本当の意味はヒナタ、お前に会うまでは気づけなかったんだぜ」
そうエイナが言うと灰色の兄弟たちは皆立ち上がり、そして最後にエイナが腰を上げ、続きを話し始めた。
「今までの俺たちは自身の為だけに俺たちの能力が使われてきた。それは勿論、灰色の兄弟の為には必要な事だったし、悔いている訳でもない。だけど気付けなかった、それじゃあ俺たちの環境や世界は変えられないんだって。世界を憎んで、エルフの事も嫌ってたのに、世界を変えようとか俺たちの世界を獲得しようとは思ってなかった。だからエルフは嫌いになる一方だったし、そんな醜い存在を許す世界も神様も憎かった」
このシェメイの街に来た当初の彼らが浮かび、その姿格好に衝撃を受けたことを今でも鮮明に思い出せる。いまは働き始めたおかげもあり、健康的な肌の色と少しだけれども身なりも綺麗になった。
これらすべてが俺のおかげだ、なんて偉ぶるのはなんだか違う気もするしする気もないけれど、俺の起こした一日一善が回りまわって灰色の兄弟や、ソニムラガルオ連盟に関係してくるだなんて想像もしなかった。
ただ俺のしたことがほかの誰かに繋がればいい、そう思っただけだったんだ。
「俺、ヒナタが神様で良かった。お前が俺たちの世界の神様だから、俺は気づけたんだよ。ヒナタが本当の俺たちを教えてくれた。
だから灰色の兄弟はお前の教えてくれた本当の俺たちで、日向の為に灰色の兄弟の能力を使っていく。……その証としてヒナタの名前で仕事がしたいんだ」
その言葉を締めにエイナが頭を下げ、それに倣うようにさっきまでつまらなさそうにしていた獣人の子らまでもが、深く心のこもったおじきをいつまでもするのだった。
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