151話衝撃的な出会い


 森の中は咽せるほどの獣臭以外は、不気味なほど物音ひとつしない。

 むしろ音を立てているのは俺達のみのような気がして、それがさらなる警戒心を呼び、誰一人として喋ることはなかった。


 大丈夫、落ち着け俺。

 森は薄暗いと言ってもまだ夕方にもなっていない。このまま一時間順調に歩けば、夕方前には無事村に辿り着ける。

 幸いとこの森に詳しい精霊の少女が勇敢にも道先案内をしてくれているし、尚且つファンテーヌさんやキャルヴァンだって先んじて見回りをしてくれてるんだ。


 ……なにも起きるはずがないだろ。


 「………ウェダルフ、大丈夫か? 疲れてないか?」


 「うん、大丈夫だよヒナタにぃ……それよりもあとどれくらいなんだろう? まだかかるのかな?」


 ずっと続く恐怖に顔色はすぐれないが、それでも俺を心配させまいとしっかりした足取りで俺の跡をついてきていた。

 そんな様子に案内をしていた少女も振り返り、明るい様子で俺たちのそばへ近寄ってきた。


 「もうあと少しだよ!! ここより先にある腰が曲がった木を抜けたら村が見えるから頑張って!!」


 普段から森の中を遊び場にしているのだろう、俺たちが怖がらないように、あそこの木は春になると甘くて美味しい実がなるとか、あの木を縄張りとする精霊がいつも偉そうに威張って遊ぶのにも一苦労だとか、一方的ではあったが他愛もない話をしてくれるおかげで大分気が紛れていた。


 そんな感じで少女の言う通理、途中で大きく曲がった樹が見えた、そんな時だった。


 「みんな急いで村へ!!! 突然モンスターの群れがヒナタ達目掛けて走ってきてるの!!! 早く!!」


 周りを警戒していたキャルヴァンの悲鳴に近い声に、先ほどまで道先案内をしていた少女も毛を逆立てたように村の方へ急がせる。


 「早くこっちへ!! あと少しで森を抜けるよ!」


 「あぁ、ウェダ………!!! 危ないッッ!!!」


 ウェダルフに一瞥し、走ろうとした矢先。

 モンスター達の動きは俺達が何かをするよりも素早く、俺達に一気に距離を詰めてきた1匹がウェダルフに今まさに牙を向けていた。

 そんな瞬間に咄嗟に俺も右手には短刀を、左手はウェダルフを庇うため手を引っ張り背中に回すが、それすらも予測済みだったようで、引き裂くために振られた右手は虚しく宙を切っていた。


 「とにかく走れウェダルフ!!!! 君も俺なんかよりウェダルフを頼む!!!」


 くそっ!!! 最初からこれが狙いだったんだ!!

 このモンスター達の動きは異常だ。まるで何人もの人間やエルフを狩ってきたかのような計算されたタイミングと、距離の詰めかたは相手の反撃すらも恐れていないかのようだ。


 ウェダルフの手を離し、少女と共に逃げる姿を横目で確認すると、すぐさま袋から卵爆弾を持って、俺たちの周りで間合いを図るモンスターにぶちまけると、中に入っていたシビレソウの成分により、動きが鈍くなる。

 その隙を見逃さないように遠くを走るウェダルフを庇いつつも村の方へ走るが、爆煙を逃れたモンスターが俺たちを逃すまいと咆哮を上げ追いかけてくる。


 「くそっ...…!!ウェダルフを死せるわけにはいかない……! いかないんだ!」


 モンスターを殺すのが怖い以前に、群れを成したモンスターが如何に軍隊的で恐ろしく、これまでひっそり隠れながら狩りをしてきた俺では寸分も及ばないのだと、実感した。いやさせられたのだ。


 このままじゃいつか追いつかれる。そうなったらどうする? 多分また同じように卵爆弾で……と言うにはいかないだろう。相手はモンスターといえど、2度も同じ手が通じる相手ではない。


 そしたらどうする?! 他になんの手立てがある?!!


 「しゃがんでてください!!! 危ないですよ!!!」


 突然響く若い少年の声に、俺とウェダルフは驚くがそれ以上に突如現れた水の塊を避けるためその場にしゃがみ込んでそれを回避する。


 ギャァァァァ!!!


 先ほどまで俺たちを喰らわんと追いかけていたモンスターからけたたましい叫び声が聞こえ、そうかと思ったら軽快な足音が俺たちの真横をさっと走り抜けていった。


 「ここはボクが引き受けますので、皆さんは早く村へ!! さぁ急いで!」


 姿を確認する間もなく、言われたままに村の方へ走る俺たちの真後ろで、激しい金属音が何度も聞こえるが、それも2分ほどで遠くなり、森を出る頃には先ほどまでひどく匂っていた獣臭すら感じられなかった。


 「………た、助かったのか?」


 森の外は静かで、村は歩いてもそう遠くない場所に出ていた。

 あと少しで村へ着く。それはわかっていたが、冷静になったいま、助けてくれた少年が気がかりとなって森のそばから離れられずにいた。


 「さっきの人……帰ってこないね。それにお母さんやキャルヴァンさんも…………大丈夫かな?」


 それはずいぶん先を走っていたウェダルフも同じだったようで、いまだに姿が見えない三人……いや、道先案内人でもある少女も含めると四人の姿を俺たちは待っていた。


 そんな感じで10分ほど待った頃。

 森の中から複数の人影がみえ、思わず駆け寄ってしまうが、その姿に俺もウェダルフも思わず噤んでしまった。


 そう……そこにいたのは血まみれなのに朗らかに笑う、ウェダルフより少し年上のエルフの少年だったのだ。


 「あ! 皆さんご無事でなによりです!! アイラに助けを求められた時はどうなるかと思いましたが……間に合った様でよかったです! 皆さんは旅人か何かでしょうか?」


 「あ……そんなことより君こそ大丈夫なの? その、すごく汚れてるけど君こそ怪我とかしてない?!」


 「え?! あ、本当だ!! こんなに汚しちゃってまた先生に怒られるなぁ……。大丈夫です! これ全部モンスターの血なので怪我一つしてないですよ!」


 「そ………それならよかった。それよりも……君を置いて逃げてごめん……。君より大人なのに情けないよ」


 「いえ、あれは仕方ないですよ。あのモンスターは元々ヴェルウルフと呼ばれ、守護獣とエルフの中でも親しまれていたんです。それが長い冬のせいでエルフを襲い、その味を覚えてしまったせいで……あんなことに………。だから皆さんを助けられて本当に良かったです!」


 たくさんの仲間達が犠牲になったのだろう、少年の顔は暗く沈んでおり、その手は僅かに震えていた。


 そうか………彼だって好きでこんなことをしているわけじゃないんだ。


 「助けてくれてありがとう。俺はヒナタ。見ての通り旅人……になるのかな? 君の右隣にいるのがキャルヴァン。俺の旅仲間で……俺の隣にいるのが」


 「僕はウェダルフ! 君の左にいるのが僕のお母さんだよ! よろしくね!」


 「あ、えっとボクはヴェルデ。ヴェルデ・オームスと言います! あとお母さんって……もしかして君も精霊術士なのかな? 僕は半人前で姿は見えないけど声は聞こえるんだ! よろしくね」




 異世界ファンタジーよろしく、緑の髪と金の瞳を持つヴェルデと名乗るエルフの少年に俺はどこかで聞いた気がし、暫し思考する。

 ヴェルデ……ヴェルデって確か、マウォル国の国境にいたフィーロさんが探していた息子の名前がそうだったような………その時その時聞いた特徴だともっとこう……勇ましい青年だと思ったんだけど、エルフってあれかな? 年齢=見た目年齢にならない感じなのかな?

 ……うーん、考えてもわからないし、こうなったら直接聞いた方が早いな!


 「ヴェルデ……くん。君のお母さんの名前ってもしかしてフィーロさんって名前じゃなかった? 国境近くの村で君と同じ名前の息子さんを探してた人がいたんだけど……違う人かな?」


 「あ……お母さん、心配しないでっていったけど、やっぱり探してたんですね……それ、ボクで間違い無いです」

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