第64話逆壁ドンと危機








 降参も降参、大降参です……皆さん。

 だからもうそんな熱心な目で、ほかにも何かないか掘り下げようとしないでッ!! これ以上はないよ、ほんとに!! 逆に期待されている気がして話し盛っちゃいそうで怖いんです。だからもう勘弁して……!!


 「ほんっとーになにもないのね、ヒナタ。黙っていてもいいことなんてないの分かるでしょ?」


 「ええ、分かってますよ……キャルヴァンサン。でも本当にこれ以上のことはないんです、わかってくだせえ」


 ここまで約一時間以上三人から詰問を受けたせいで、最後の語尾が変になってしまったが、それすらもうどうでも良い事で、早く終わらせてご飯に行きたいばっかりだった。


 「キャルヴァンさん、ヒナタさんも相当お疲れのようですし今日はここまでにしませんか? それよりも私、お腹がすいちゃいました」


 気遣い名人のセズは、すがさす俺の様子に気付いたようで、いまだに納得していないキャルヴァンを宥め、夕食の事もさりげなく主張してくれた。ありがとう、セズ!


 「僕もぺこぺこだよぉ。ヒナタにぃの尋問はまた明日にして、ご飯食べに行こう? キャルヴァンさん」


 なんだか空恐ろしい事を言っている様な気もするが、ウェダルフもナイスアシストだ! さぁ……このままご飯にしよう、キャルヴァン!


 「ふぅ……わかったわ、三人とも。これ以上はなしても埒が明かないし、今日は私もなんだか疲れちゃった」


 こうしてやっとご飯にありつくことに成功した俺達だったが、事態はこの日の夜、急速に動き出した。


 昼から何も食えずじまいだった俺は、もう食べられないくらいに食べてしまい、足取り重く三人からも少し離れた後ろのほう歩いていた。夜は夜で違う賑わいを見せる街並みを、何気なく見ていただけだったのに、運がいいのか悪いのか……どっちでもいいけれど俺は発見してしまったのだ。昼間俺の腕輪を盗んだ犯人の姿を。


 夜だし、布で顔を隠していたから最初は見間違いかもと思ったが、その犯人は大胆な事に隠れることなく俺の真横を通り過ぎ、すれ違いざまに着いて来いと催促してきた。その要求に俺も悩んだが、誘うように再び駆けていくその犯人を追いかけるしかなかった俺は現在………無事に脅迫されてしまいました。


 「もう一度聞くけど、この腕輪を返してほしければあたしの言う事を聞く事。それ以外の答えは求めてないし、許さないわ!!」


 「もう、なんなんだ……。腕輪は盗むわ、脅迫してくるわ。それで俺が万が一NOと答えた場合、どうするつもりなんだよ」


 路地裏的なところに案内された上に、腕輪を盗んだ女の子は俺を壁際に追い込み、逆壁ドンして自身の左腕についている腕輪をもの質してきた。君の行動にもう俺はドキドキだよ……。


 「そんなのもちろん、この腕輪もろともあんたを消す。でもまずはこの腕輪を粉々に壊してもいいかな……なーんて?」


 バカッ……この大バカ者!!! なんて凶悪な脅しをして来るんだこの子!! それ俺に一番しちゃいけない脅し文句だからねッ!!? それ、俺が死ぬ以上にやばいシロモノって分かってます?!

 凶悪な脅し文句に凶悪な笑顔を浮かべる君は悪魔かなんかなのか?!!


 「ぐぅぅぅ……、それで? 君の言う事を聞くって、具体的には何させるつもりだよ………」


 「へぇ、やっぱりこれあんたにとって大事なものなんだ? ここらへんじゃみない物だからもしかして、とは思ったけどやっぱあたしって運がいいわぁ」


 俺の運は君のおかげで最悪だよっ……!! というかこの腕輪の価値が分かるなら盗んだ後すぐに売ればいいのに、なんでわざわざ俺をおびき出して脅したりするのか……意味分からん、まったく!


 「で、あんたに命令ね。そうだなぁ、まずはあたしが身を隠すのにぴったりな宿を見繕ってちょうだい。ボロ宿なんて許さないから」


 「おいおい、まじかよ。なんつー傲慢な物言いで……すみません、すぐ探させてもらいます」


 口ごたえしようとしたら、左腕を思いっきり振りかぶり無言で宝石部分を破壊しようとしてきた……。なんつー恐ろしいの、あんさん。それ、腕輪も壊れるけど君の左腕も壊れかねないよ? いいの?

 兎に角色々と恐ろしいこの子に逆らうすべもない俺は、それはもう侍従のような扱いを受けつつ、俺の近くにあるちょっとリッチな宿へと案内する運びとなり、そのまま部屋の中で彼女の話を聞くことになってしまった。


 「もっといい部屋なかったの? 何、この貧民が住む家みたいな造りは。あんた、自分の今の身分分かってんの?」


 「おいおい、無茶言うなよ。これ以上は破産しちゃうから絶対に無理! ここで我慢してくれないか……」


 俺は自身の財布を眺めながら、涙声で必死にお願いする。本当だったらここだってちょっと無茶してるくらいなんだぞ!! さっきから大人しくしていれば、ああだこうだ我儘放題言いやがって……! 絶対すぐにでも腕輪を取り返してやるからな。


 そんな俺の意気込みを知ってか知らずか、腕輪を盗んだ犯人は俺の顔色なんて気にも留めず、部屋に備え付けてある椅子を見やり、俺に無言で持ってこいと顎をクイッっと動かし、合図を送ってきた。それに一瞬眉がピクリと吊り上るが、俺はいたって冷静に椅子を持って、彼女の後ろへと設置する。


 「それで? あんた………じゃなく君のお願いってなんだよ。どうせこれだけじゃないんだろ?」


 「へぇ? 分かってんじゃん。あんた昼間のときは間抜けなやつだと思ったけど、意外と使えそうね。それでこそあたしの下僕にふさわしいわ!!」


 「へーへー……そりゃありがとさん。お褒めに授かり光栄至極にございますぅーー」


 さっきからこの偉そうな態度……。もしかしてもしかするのか? といやな考えがよぎったが、俺は断じてそれを認めたくはなかった、いや認めない!


 「……あんた、あたしの正体に気がついてるんだ? ま、それも当然っちゃ当然よね、なんたって隠しても隠し切れないオーラがあたしにはあるんだもの!!」


 いや、やめて……。お願いだからそれ以上は聞きたくない!!


 「でも……まー念のため? あんたのために教えてあげてもいいわ。全身全霊でもって聞きなさい! 私の名前はサリッチ・オーレン・ゾネブルム三世……この国の王様にして、あんたのご主人様よ!!」


 「イヤだーーー!! こんなの聞いてねぇぞーー!!」


 こんなやつが王様とか、この国終わってんだろ!!! そりゃ国民全員総スカン喰らうはずだわ! なんなのこの型に嵌めたかのようなダメダメっぷり……ッ!! ちょっと同情しちゃった俺馬鹿みたいじゃねえか!


 「いやってなによ? そんなに悲鳴を上げるほど嬉しいわけ? そりゃあたしの下僕になれたのが嬉しいのはわかるけど、叫ばないでよ、うるさいわね!」


 「いやどんな風に受け止めたらそんな答えになんだよ!! 嘆いてんの、自分の運の悪さを!!」


 腕輪がもの質になっていることも忘れて、のた打ち回る俺だったが、そんな様子にサリッチが無言で立ち上がり、椅子をひっくり返したところでハッとした。やばい、いくらなんでも言い過ぎたか……?!

 そうおもいサリッチをみると、左腕はとある一点めがけて振り下ろされた後で、その真意を素早く汲み取った俺は、自分の右手を犠牲に、人類の滅亡を阻止することに成功した。


 「あんた……今度そんな口聞いたら問答無用でこれ壊すから」




 まるで感情を削ぎ落としたかのような表情で淡々と話すサリッチに、何故だかすこし胸が痛んだ。いや、痛む理由が分からないし、実際痛いのは胸ではなくて手だけれどね?!

 でも、なんだろう……彼女の行動は両極端で、ナルシストかと思いきや、腕輪を壊すためとはいえ、自身の腕を省みないその行動は自虐行為に等しい。


まるで違う彼女の行動は自分がないかのようで、この国の歪が見え隠れしているように思うのは、俺だけなんだろうか……。

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