第65話尾行開始
サリッチに脅され俺は今、仲間にも黙ったままでちょいグレードな宿で何故か床に正座していた。俺を脅してきた張本人であるサリッチは落ち着きを取り戻し、偉そうに椅子の上でふんぞり返りって俺を見下す。
「んで? この国の王様って確か暗殺未遂にあったとか、街の噂で聞いたけど……体のほうは大丈夫なのかよ?」
王様がまさか、俺と同じくらいの年の子なんて今もまだ信じちゃいないが、こんなんでも女の子だし、ましてや暗殺なんてどんな理由があれど許されるものじゃないだろう……。一応気遣いとして言ったつもりのこの言葉は、彼女の中では意外だったらしく、目を見開いて俺の顔を見つめてきた。
「……本当、あんたって変わり者ね。この街のやつらの話を聞いてたくせに、あたしにそんな事言う人がいるなんて……馬鹿なの?」
「おい!! 人が心配して聞いたのにその言い草はないだろう! どんだけ俺のこと馬鹿にしたいんだよ?」
「別にそういうつもりじゃ………。まぁ、そのうちあんたもおんなじになるんだしいいわ、そんな事は。それよりあたし疲れちゃったし、また明日詳しいこと話すから今日は帰ってもいいわよ。あ、あと仲間に言ったりしたら承知しないから。じゃあね!」
「あ?! おい、ちょっと待てって……」
そういうなりサリッチは俺の背中をぐいぐい押しのけ、あっという間に部屋を追い出されてしまった。もう本当に勝手すぎだろう!! 王様って皆こんな感じなのか?!
怒りが冷めやまない俺だったが、仲間に言う事も禁じられては誰かに発散するすべもない。しょうがないとばかりに俺は、歩いて数歩の距離を三十分かけて頭を冷やすことで、仲間にも散歩に行ってたと嘘をつく口実を作ることにした。
だがやはり、そんなことでごまかされる心強い仲間達ではなく、宿に帰って早々二度目の尋問タイムを今度は寝る間際まで続けられ、一旦は信じるという保留状態での決着のあと、その日は二つ部屋を取っているのにも関わらず、皆俺の部屋に集まりウェダルフと一緒のベットで寝る羽目となった。せ、狭いしウェダルフのお母さんがちらちら見えて、眠りにくいことこの上ない……。
災難続きだった昨日を終えた俺は、いつも通り早くに目を覚まして、皆が眠りについていることを確認し、サリッチの正式な脅迫内容を聞くため宿を出ようとしたときだった。
「なーにしてるんですか、ヒナタさん?? こんな早朝に一人でこっそり出かけるなんて……危ないですよ?」
背後からいつもよりワントーン高いセズの声が聞こえ、俺は声も出せずに冷や汗を流し、ぎこちなく振り返る。
「やあ……おはようセズ。セズも早起きさんだなぁ~。こんなまだ日も出てない時間から目が覚めるなんて、子供はしっかり寝てなきゃ育たないぞぉ~? なーんて……」
冗談交じりにセズに挨拶をするが、そんな俺の冗談にもピクリとも顔を動かさず、ずっと笑顔で見つめるだけのセズ。そうしてお互い何も言葉を発しないまま、しばしの間無言の時間が流れるが、音を上げたのは俺のほうだった。
「い、いやすみません……。セズはもう十分立派に育ってるよ、うん。だから無言で見つめてくるのやめてくれ」
「……ヒナタさん好みの女性になりたいわけじゃないので、別に気にしてませんよ? それよりどこに行かれるんです?」
気にしないと言いつつ、眉がつりあがったセズの変化に俺は冷や汗が止まらず、とにかく今場から逃げ去るために用意していた言い訳を、淀まないよう意識をしつつ発する。
「いや、いつものとおり弓の練習にきまってるだろ~? ホラここにも……あれ、もってきてない……」
やっちまった……!! 言い訳を考えるあまりに肝心要である弓の存在を忘れていた。もういいや、このまま続けよう!
「あはは、弓忘れちゃってたわ……。ありがとうセズ、一旦部屋に戻って仕切り直してくるわ!!」
「あ、ちょっと待ってください!! …………もう! やっぱりあれをするしかないですね」
セズを上手く振り切った俺はこっそり部屋に戻り、弓と練習用の矢を持って、さっきとは別の出入り口に向かい今度は誰にも捕まらずに出ることができた。そう、誰にもだ。
普段だったら絶対キャルヴァンが俺の後をついてこようとするはずなのに、その影は一切見えず、また部屋の中にもいなかったのが気がかりだった。原始種属も普通の種属と同じように見えるようになった俺の目は、常にキャルヴァンは視認できる普通の人と変わりなく、見えないという事はここ数日ありえなかったのだ。それに俺が目が覚めたときはセズの部屋でしっかり眠っていた………んん? 幽霊、というか精霊って眠るもんなのか??
……なんだかいやな予感がする。一旦いつも通りに弓の練習に行って、その帰り道で二人を撒くことにしよう、そうしよう。
**********************
——「尾行しましょうといったのは私ですけれど、何故キャルヴァンさんは実体化されてるんですか? 私も見えなくなりますが、ヒナタさんを尾行するなら消えたほうがいいのでは?」
セズちゃんの鋭いツッコミに私もたじろぎ、答えに一瞬詰まってしまう。ここで素直にヒナタには意味がないといっても、何も知らない彼女はそれでは納得しない。
「んー、それはだめよセズちゃん。ヒナタが心配で二人で尾行しているのに、貴方が一人になってしまっては本末転倒もいいところよ」
それにと付け加え、ヒナタの話が本当なら今から行くところは街の外で、そうなったらやっぱり私も実体化しておいたほうが身の安全も図りやすいはず。そう諭すようにセズちゃんに話すと彼女も納得し、そうしてヒナタの嘘を暴くために私たちは付かず離れずの距離でヒナタの事を見守るのであった。
「でもなんでヒナタさんはいつも私たちに話してくれないんでしょう……。そんなに私たちは頼りなく見えますか?」
今のところ嘘のみえない行動に、セズちゃんはアルグがいなくなってしまったせいか不安げに私を見上げ、珍しくく細い声でたずねてきた。
「そうねぇ、ヒナタはなんでいつも一人で行動しちゃうのかしら……? 私は仲間になって日が浅いから、今までがどうだったかは分からないけれど、でも決してセズちゃんやウェダちゃんが頼りないからじゃないと思うわ。それにアルグがこの街で別れるといった日を思い出して? あんなに必死になって彼を止めてたじゃない」
私の言葉にセズちゃんはくすりと笑い、あのひどく荒れていたあの時期を二人で振り返る。本当、ヒナタという人間は不器用で、変に頑張り屋さんね。だって常日ごろから仲間を思い、感謝もしているはずなのに、いざというときその力を頼る事が出来ず、後々になってその仲間から救い出されるなんて……。もっと早い段階で仲間を頼る事が出来る人間ならば、毎回ピンチに陥る事もないだろうに……なんて、もっともそれがヒナタなのだろうと、私たちはひとしきり笑った後思いを新たに彼を追いかけて街を出るのであった。
「今のところなにも嘘はないようね。さっきまであんなに挙動不審だったのに……逆に怪しいわ」
「そうですね、しどろもどろで目はあさっての方向を向いてたのに、何もないのはありえないです。……もしかして私達ばれてるんでしょうか?」
何事もなく弓練習をするヒナタに、どこか不自然さを感じたが、だからといってここで宿に帰るわけにも行かなかった。そんなこんなで弓の練習をいつも通り終えたヒナタに、私たちは少し気が緩んだのかもしれない。徐々に距離をとり始めるヒナタの行動に気付いた頃には、もう全力疾走で逃げられた後で追いかけることすらままならず、私たちは悔しさを滲ませながら宿に帰ることとなったのだった——
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