第81話断ち切れた絆と決別
誰一人として声も上げられず、邪悪な笑い顔を浮かべるブラウハーゼを見つめていた。先程までサリッチと対峙していたはずのタウ・フウアやチィ・アンユでさえ、事態が把握しきれていないのか目を見開きながらかすかに唇を震わせているのが分かるくらい動揺していた。
「あれれぇ~? せっかくこのボクがわざわざ自己紹介してあげたって言うのにだーれもなーんにも言ってくれないのはなんでぇ?」
「ど…ういうことだよ? 俺がこの世界の"神様候補"で、玉上圭兎ってやつも同じ"神様候補"で敵………? 急展開すぎて訳わかんねぇよ」
俺は最初なんと言われてこの世界に来た?
ある日突然隕石に当たって死んで、それでフルルージュと出会って……。そのとき彼女を怒らせて、地球に住む人類を守るため神様にさせられて………。たしかにそうだったはずだ。それで神様になって、神様になって……何をするんだった?
「あーあ……可哀想に。姉様の嘘のせいでヒナタ混乱しちゃってるよ~。それも仕方ないよねぇ、だって彼なーんにも知らないし、自身の能力ですら使いこなせてないもの」
『……何かを知ってからではいけないのよ。それはブラウハーゼも気付いてたんではないのかしら?』
「……ふん、まぁ姉様はそう考えるかもね。でも何も知らないというのは、その人にとっては苦痛以外の何者でもないくらいは覚えておいてよ」
俺を置いてけぼりにブラウハーゼとフルルージュはまた兄弟喧嘩を勝手に始める。その自分勝手さに俺はついに耐え切れなくなり大声で二人の間を割ってはいる。
「ッ!!! ……ぃいかげんにしろよ!!! お前ら人のこと散々弄びやがって! ブラウハーゼは関係ないウェダルフを巻き込みながら一切悪びれないし、フルルージュも俺になんにも、一言も言わないとか卑怯だろ!!」
一息で思いのたけをぶちまけた俺は、肩で大きく息をしながら二人を睨みつける。俺のその行動に向かい合っていたブラウハーゼは嘲りを孕んだ夜闇のような笑みで俺を一瞥し、すぐさま表情を変えてすくっと立ち上がる。
「ん~……、さっきから日向怒ってばっかでツマンナイ~! でも、ま、いっか! ヒナタの能力もあらかた分かった事だし、目的は果たせたかなぁ~。それじゃぼちぼち帰ろう、グイン!」
「承知いたしました。ではこんな獣くさい場から急ぎ離れましょう。こんなところにいつまでもいたら、貴方様まで俗物に染まってしまわれます」
そういってスタスタと玉座前の階段を降り、俺たちの横をすり抜けていく二人を俺は何も言えずみすみす見送ろうとしたときだった。
「まてっ!!! 一体どこにいこうってんだグイン!! 俺がいなくなってから何があったかきちっと説明しろ!」
険しい顔をさらに険しくし、グインの腕を強く握りその足を止めたアルグは、その傍に控えているブラウハーゼも目に映らないかのように必死に話かける。その様子は焦りと不安が前面に現れており、俺は何も言えないまま様子を見守る。
「……真実を知りたければウィスへ帰るんだな。そこにお前の罪が眠っている。………あぁ、後これはお前への手土産と決別の証だ、受け取れ」
グインはそういって仮面をはずし、今まで隠していた顔を曝し、その素顔に俺達仲間は皆驚き、声をあげてしまう。
グインと呼ばれた青い肌の男の素顔は、異様なほどアルグにそっくりだった。
だが、驚く事にそれだけでは済まず、なんとグインは自身の一本角を左手でしっかり掴み、いつの間にか得物を持っていた右手を角の根元めがけ振り下ろし、そのままスパンと角を断ち切ってしまう。
「な……!! 何してんだグイン!! そんなことしたら……!!!!」
「グゥ…………、そう、だ。それでいい。これで俺たちはもう兄弟でもなければ家族でもない……。ただ主の命でもって殺しあうだけの関係だ」
やはり角を折るというのは相当苦痛が伴うようで、グインは息を荒げながら下に顔を俯かせ、アルグに残酷な事を告げる。
アルグはその衝撃に何もいえなくなったようで、今まで一度も見たこともないような顔でグインを見つめている。
「さぁ、受け取れ。これは俺の過去。そして一度はお前に加担してしまった恥の遺物。今このときからお前の知っているグインは死んだんだ」
そういってグインは顔をあげる。その顔には先程の仮面が付いており、素顔はもう見えなくなっている。ただ明らかにグインの雰囲気がガラリと変わっており、さっきまであんなにアルグと錯覚しそうだったのに今は別人のように感じる。
アルグも呆然とした様子で、角を受けとりさっきまで力強く握りしめていた腕も力なく離し、角を見つめている。
「グインの目的も果たせた事だし、もう行くよぉ~! それじゃあ"東の大陸"で待ってるよ、ヒナタ………。それに姉様も」
『……貴方の神候補がまた暴走しない事を祈っております』
「…………姉様には言われたくないね」
そのままブラウハーゼとグインの後ろ姿を見つめ、二人が玉座の部屋を出て曲がった後も暫く誰も動けずにいた。
「…………いなくなった?」
さっきまで涙目で震えていたウェダルフが耐え切れなくなったのか、怯え声でポツリと零し、誰に言うでもない言葉を落とす。
「みたいですね。………あの、ヒナタさ
「ヒナタ、お前今までずっとオレに嘘ついてたのか?」
セズの言葉を遮り、アルグが角を見つめたまま俺に問いかけてくる。その有無を言わさない無言の圧は俺を責めているかのようで、俺は心底あぁ、やってしまった、と後悔が渦巻く。
「……嘘は言ってない、けどちゃんと本当の事を言わなかったのは……!」
「もういい。もう、なんでもいい……。オレはもうお前さんの仲間でもなんでもないんだからな」
「………アルグ」
ひどく傷ついた顔で俺たちを見るアルグの顔は憔悴しきっており、アルグらしくもない投げやりな態度で、何も言わず後ろを振り返りそのまま部屋を出て行ってしまう。
その様子をセズもウェダルフもキャルヴァンでさえも呼び止める事はせず、その眼差しを俺に向け各々の感情をぶつけてくる。
「……ひとまずは状況を整理すべきですな。この国で起きた暗殺未遂事件と、そしてこれから起こりえる"忌まわしき血戦"について……しっかり話し合いましょうぞ」
いままでずっと見守っていたソルブさんは俺たちの間に割ってはいり、話を取りまとめてくれる。その安心感を与える声と物腰の柔らかさに、はじめて俺たちは自分達の状況を思い返すことができようになり、ソルブさんにいわれるがまま、場所を客間に移しブラウハーゼのせいで中断してしまった、暗殺未遂事件について深く話し合う事となった。
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「……さてはて、どこまで話しましたかな? ふぉほぉ、この歳ともなると物忘れが激しくなってしまってのぉ……」
「……俺があらかた事件の真相を話すところで終わったんです」
「おぉ、そうじゃった、そうじゃった! ではではわしから今回の事件を企てた……愚かな弟子に聞かんといかんことがある」
朗らかに笑っていたソルブさんはすっと態度を変え、鋭く目を光らせ向かいに座るタウ・フウアを睨みつける。口ごたえを一切許さない雰囲気と圧は俺たちですらも息を呑むほどで、二人の言葉を待つ。
「ぬしはこの国の王についてどのくらい知っておったのじゃ? 勿論、"新緑の儀"の真の意味を分かっての狼藉であろうな?」
「……"新緑の儀"ですか。いやはや老師ともあろうお方がそんな迷信めいた事を信じているのですか? あんなのは単なる王になるための通過儀礼みたいなもので……」
「ッこの大うつけ者が!!!! お前に師事していたときから王を軽侮するきらいがあったが、もはやここまでとは……!! チィ・アンユ! そなたもそなたじゃ!! 幾ら弱味があるとはいえ、ぬしまでこやつの企てに加担するとは……朝顔の一族が泣いて呆れる」
肩をわななかせ、二人を強く睨みつけるソルブさんは、一人真実を知っているようで、隣で座っていたアズナさんに何事かを告げ荷物の中に入っていた古めかしい本を受け取る。
「"新緑の儀"はただの通過儀礼ではない。この国の繁栄をもたらす王かどうか、そこを見極めるためにある、国の未来を決める重大な儀式なのじゃ」
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