第82話ひまわりの道が示す未来





 "新緑の儀"と聞いて反応したのは俺だけではなく、隣で大人しく聞いていたセズも驚いたかのようにソルブさんを見やり、言葉の続きを待っていた。


 「さて、サリッチ様。ここで突然ですが"新緑の儀"とはなにか……憶えておりまするか?」


 「えェ?! "新緑の儀"はぁ……、自分のひまわりを一番早く咲かせられたら王様になれる儀式よ!! 王宮の奥にある庭園でやるんだけど、そりゃあ毎日毎晩ずっとあたしのひまわりが咲くのを待ったりしたわ!」


 ざっくばらんとした答えに俺をはじめとした皆が呆れ顔を浮かべる中、セズとソルブさんだけはなにか感じたのか、うんうんと大きく頷いていた。


 「そうです、だから貴方様は王になれたのでしょうな。サリッチ様はなんとしても王になりたかった。はてその理由とはなんでしょう?」


 「そりゃ、お母様のようになりたかったのもあるけど………でもなにより、あたしはこの国の花々が好きで、でも儀式中は皆枯れ果ててしまうから……。だからあたしがこの国の花々をもう一度楽しめるようにしたいと思ったのよ! なんか変?!」


 照れ隠しなのか最後は逆切れのような返しをしたサリッチだったが、本心なのがありありと伝わり、その意外な姿にチィ・アンユは驚いたような顔でタウ・フウアはうんざりぎみでサリッチを見つめていた。


 「これでわかったかのぉ。ぬしらが如何ほどに愚か者だったか。"新緑の儀"はただの通過儀礼ではない。王たる器の持ち主を見極めるにふさわしい者を選び出すにふさわしい儀式ぞ。私欲なぞでは決してひまわりの花は咲かぬ。ひまわりは王者の花。王にしかその花弁を開く事はできぬのじゃ」


 「そんな……ただ花々が枯れてしまっていやだから、その花をもう一度見たいがために王になった………とでも? なんと下らぬ理由でひまわりは咲いてしまうのか」


 この期に及んでもいまだにサリッチを王と認めていないのかタウ・フウアは眉を歪ませサリッチを一瞥する。

 その反省のない態度にソルブさんも堪忍袋の緒が切れたのか、手に持っていた杖を思いっきりタウ・フウアの頭上めがけ振り下ろす。


 「こんのたわけ者!! まだ分からぬとは、ほんに何をわしから学んだというのじゃ!! おぬしはサリッチ様の言葉をきちんと聞いておったか?! 毎日毎晩、それこそひまわりが咲くまでサリッチ様は自室にも戻らず、寝る時ですら庭園で過ごしておったのを知ってもなお、おぬしは下らぬ理由と申すか?!」


 尊敬する人からの怒りを真っ向から浴びたタウ・フウアは羞恥で顔を真っ赤に染め、それを隠すかのように目を固く閉じ、苦虫を噛み締めたかのような顔で俺たちから顔を逸らした。

 その様子を横で見ていたチィ・アンユはどう声をかけていいか分からないといった様子で、所在なさげにサリッチを見やる。


 「……なぜそうまでして? 普段の貴方は勉強もせず、いつもどこかへ出かけては城の者達を困らせていたわ。到底今の話だけでは私だって……」


 「それも……、ちゃんとした理由があったんです。確かに大声で誇れるようなやり方ではなかったですが、サリッチ様はただ我儘放題の王などではないのです」


 サリッチの傍らで傅いていたアズナさんはチィ・アンユの疑問におずおずと答え始める。


 「チィ・アンユ様、タウ・フウア様。お二人はご存知でしょうか? この国、グェイシーを出てすぐの道を囲むように咲き誇るひまわりの存在を……」


 「え、えぇ。ちょっと前から侍女達が、道を指し示すかのようにひまわりが咲き始めたと騒いでいたわ。ただそれも目立つのが好きなサリッチ様のことですから、一時の気まぐれで始めたのだと……」


 「……グェイシーに通ずる道全てにひまわりを埋めるまで三年。それも最初はただ一人、サリッチ様だけしか植えるものはいなかったのです。そんな姿をみた村々のものが手を貸しはじめ、やっとひまわりが全ての道に咲き誇るようになって三年です。これをただ目立つためだけにやるでしょうか?」


 「………」


 「チィ・アンユ様ならもうお気付きですよね? ひまわりが道に咲き始めてから、とある噂がグェイシーの街を騒がせた事を……」


 アズナさんはそこで言葉を止め、チィ・アンユの言葉を待つ。あえて答えを言わずにチィ・アンユに答えさせようとするところに彼女のサリッチへの深い愛情が感じられ、俺たちもチィ・アンユを見つめる。


 「ふぅ……、そういうことね。ただの酔狂で始めた事だと侮っていたわ。まさかサリッチ様が民を想い、そしてこの街に訪れるであろう旅人の事まで考えていたなんて…………。ひまわりは王の加護の証。ここ最近、特に旅人が増え始めたのもひまわりが彼らを守っていたからなのね」


 「そうです。ひまわりを道沿いに咲かせることによってモンスターの襲撃を退け、安全な道を造り出したのです。そうすることによってこのユノ国に更なる繁栄を齎すようにと、サリッチ様が誰に言われたわけでもなく始められたのです。国を想う王様として……」


 アズナさんが全てを話し終え、部屋には痛いくらいの沈黙が訪れ、タウ・フウアもチィ・アンユも自身の中にあったであろう過信を恥ているようで、俯いたまま何事も言わない。


 「……確かにあたしは前の王様、お母様に比べれば出来損ないでさぞ惨めたらしい王様に思えたかもしれないわ。でも王になるという意味くらいは弁えたのよ。醜い妬みや嫉みをチィ・アンユにぶつけるしか出来ない愚かな王だったけれど……」


 「……いいえ、それはサリッチ様だけではないわ。私こそ自身の才覚と地位を笠に着て、貴方様と知ろうともせずに蔑ろにしてしまった。………ご無礼をどうかお許しくださいませ、サリッチ陛下」


 椅子からおり、サリッチの傍に寄りその足元へ流麗な動作で頭を下げ腰を折り伏礼する。その姿を頑なにサリッチと向き合おうとはしないタウ・フウアの心にも響いたらしく、戸惑った声でチィ・アンユの名前を呼ぶ。


 「アンユ、殿……」


 「……フウアよ。おぬしが昔からわしのことを高く評価していたのを知っておるし、そのせいでおぬしの眼を歪ませてしまった責任はわしにもある。だが、この国の繁栄……カカ大陸が緑豊かなのは全植物を愛しむ、我等の王がいるからこそこの国や人々は成り立つのだ」


 「ソルブ老師……。私は、間違っていたのか………。王は我等臣下の道具ではない、それにすら気づかなかったわたしは……」


 そういって項垂れるタウ・フウアにつかつかとサリッチは近づき、力なく見上げるタウ・フウアに勢いよく、王としてはあるまじき行為……臣下に頭を下げ、そのままらしくもない謝罪の言葉を口にする。


 「今まで散々迷惑をかけてごめんなさい!! あたしはいつもフウアやアンユに当り散らし、王としても人としても間違ってた……! だからお願いがあるの! あたしに最後のチャンスをちょうだい。王として……人として大きく成長する為に!!」


 サリッチの思いもよらない行動と言葉に、タウ・フウアは目を白黒させ、ソルブさんに無言の助けを求める。


 「ほぉふぉふぉ……!! なんと面白きお方でしょうな、我等の王は。自らの恥を認め、自身を変えるためのチャンスを臣下に求める。よき傾向といえましょうぞ。……なぁフウアよ。この国にはまだまだわしのような老体が必要と見たが、おぬしはどう思うかの?」


 「!!! …………そうですね、この国はまだソルブ老師のお力が必要のようです。何故ならサリッチ陛下はまだ暗殺のときの傷が癒えないご様子で、我等臣下は暇を持て余すばかりだ。なのでソルブ老師……貴方様のお知恵をわが国、ユノのため貸してはくれませんか?」


  いきなり始まった茶番のような二人の会話にさっきまで頭を下げていたサリッチが目を輝かせながら顔を上げ、二人を交互に見る。




 「ッ……!! それってつまり…………!!!」


 「そうです、今この場を持ってサリッチ様はその傷を癒すため、遠く離れた国へ外遊されるのです。勿論傷は深く、癒えるのにどのくらいの日がかかるか分からない………。はて、この程度の出来で他の貴族連中を欺けるかどうか、我が宰相として培われた腕の魅せ所といったところか」


 そういってしたり顔で笑うタウ・フウアの目には、先程とは違う光が宿っており、やっと本来の姿を取り戻したかのように生き生きとしていた。



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