第75話虚飾されたココロとちっぽけなプライド
——あたしは生まれたときから立派な王様になると期待され、何でも持っていなければいなかった。
あたしの前の王様はあたしと同じくらいの年の頃に王の位に就き、そこから何十年もかけて、この街をより豊かにするため街に水を通した立派な王様。誰もがその王様に憧れ、そしてだれもが傅き頭を垂れるその様は、小さい頃のあたしには衝撃的だった。
いつかあんな風にならないといけないのだと、恐怖を感じたあたしはあの王様にような、いいえ………それ以上の立派な王になるため毎日勉強を頑張っていた。
だけど現実というのは非情で、すぐにあたしは気付いてしまった。自分は王たる器なんか無いのだと……。
最初のきっかけはチィ・アンユだった。
彼女はあたしよりもずっと年上だけれど、それなのにあたしはいつだってアイツと比べられてきた。何を学んだとしても、チィ・アンユ様はこの年頃にはこれよりもっと先を学んでいたとか、なにか出来てもチィ・アンユ以下にしか見られてこなかったあたしは嫌でも気付くしかなかった。どんなに頑張ったってアイツには絶対叶わないし、比べられて結局あたしのダメなところしか見てもらえないんだって…………。
だからいつの頃からか頑張る事を止めてしまった。だって頑張ったってあたしはアイツに勝てないし、あたしはいつまで経っても出来ない子止まり。努力なんて無意味よ、そう思っていた。
そう……あれはいつもの通り、勉強をサボって城の中をふらついていたときだった。偶然お母様を見かけ、あたしは思わず身を隠してしまったの。勉強をサボっていたこともあるけれど、あの頃からなんだかお母様が遠くて会い辛く感じていた。それでもやっぱり気になってしまったあたしは見なきゃいいのに見てしまった………お母様が楽しそうにチィ・アンユの頭を優しく撫でているところを。
あたしはそのあまりにショックな光景に、一瞬息が出来なくなってしまう。だってあたしはそんなこと一度もされたことないし、楽しそうなお母様だって初めて見たんだもの。
そのあとどうやって自室に戻ったかあんまり覚えていないけれど、あたしはあの時を境に変わらざるを得なかった。自分の心とちっぽけでみっともないプライドの為に。
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いつの間にか寝てしまったのは分かる。だけれど何であたしはベットの上で目が覚めた?
昨日は色々ありすぎて頭が上手く回らないが、体を包み込むベットの上で、昨日の事をひとしきり巡らせ飛び起き、そのままの勢いで左腕を見て安堵のため息をつく。よかった、まだある…………。
あたしはヒナタから奪った腕輪をひと撫でし、昨日のヒナタの言葉を反芻する。
あたしがなりたかった王様なんて聞いても意味なんか無いじゃない。だって誰もあたしに求めてないし、期待もしてない。そんな中で自身がなりたい王様像を掲げて歩いたって、石を投げられ潰されてしまうだけ。そんなのもう嫌なの。
自分が馬鹿だってこと、あたしが何より分かってるから自分にも期待なんてしない。あたしにあるのはただ王としての位のみよ。王様という肩書きをあたしから奪ったら何も残らない。だから………。
そこまで黙考し、これ以上考えないようにあたしは涙でぐしゃぐしゃになった顔を洗いに、部屋に備え付けてある簡素な水汲み場へ向かう。
階下にある水汲み場は人で賑わっており、あたしは顔を俯かせながら水を汲み両手で冷えた水を顔に浴びせる。
「……気持ちいい」
ひどくぐちゃぐちゃだった思考も顔も、全部洗い流されたかのようで、あたしは今日もまた来るであろうヒナタにそなえグッと気合を入れる。
ヒナタに全部話そう。今回の事の顛末を、なぜヒナタの腕輪をぬすんだのか、その理由を話してしまおう。
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あれは暗殺未遂で命からがら、城から逃げて心も体もボロボロだった時に聞こえた会話。
ガラの悪い男たちと話す、なんとも気の弱そうなヒナタとの対比に思わず目がいき、そして何気なく近づいて聞こえてきた言葉にあたしは心底驚いた。
王様が暗殺されかけたって言うのに、誰一人気にも留めない国民とは対照的なヒナタの言葉は、限界だったあたしの心を動かした。
優しそうなヒナタに助けてほしかったあたしは、素直にお願いする事も出来なかったあたしは何が何でも従わせるために、格好には不釣合いな腕輪に目に目をつけて、これを盗んで従わせればいいのだと思い込んだ。
だからあたしはあんな小芝居を打って腕輪を盗み、それを売らずに脅すための道具とした。そうすればヒナタも必死になってあたしを助けてくれると思ったから。だけどあたしは間違っていたのだ。
ヒナタにはヒナタを心配する仲間がいて、その人たちの気持ちやヒナタの優しさをずっと蔑ろにしていた。だから今こんなしっぺ返しが来たのかもしれない。
…………ならどうする? どうすればあたしは間違いを間違いじゃなく出来る?
そう考えながら部屋にもどろうとしたときだった。
階段途中にある窓からみえた見覚えがある服装。いかにもな怪しい装束を纏った男共は音も立てずに通りすぎ、一つ隣の宿に入っていくのが見えて、あたしは大慌てで部屋に戻る。あまり多くは無い荷物を素早くまとめ、人目を避けながら宿の裏口からそっと抜け出るてそこで初めて自身の状況を確認した。
……おそらくあの男たちはチィ・アンユの家の者で、あたしの事探して、ヒナタのところまでもうたどりついたのね……。相変わらず嫌なくらい頭が回る女で、あたしは心で悪態をつく。
泊まっていた宿の裏口からそのまま裏通りに回り込み、建物と建物の間にある、物陰に身を隠しながら表通りをチラリと覗き見ると、ヒナタが男に囲まれながら連れて行かれており、更に血が引いていく感覚がした。
なんで次から次へと容赦なくあたしに災難が降りかかってくるわけ?
嫌になりそうになるが、ここで落ち込んでいてもアイツは待ってくれないだろう。そのうちヒナタからも何かしらの情報を引き出して、あたしの命を狙ってくるのだ。なら、どうすればあたしはこの窮地からぬけだせるのだろうか?
いますぐここから離れるべきか、それとも事態が落ち着くまではもう少しここで身を潜ませておくか……。
急激に冷えていく心にあたしは動く事もままならず、そのまま上を見あげると、向かいであたしを見つめていた人物とバッチリ目があってしまう。
「……なんて偶然よ」
そこにいたのは昨日あたしが大泣きをした原因の女の子で、その子自身驚いた様子であたしの事をじっと見ていた。
「なによ……なんか文句でもあるわけ?」
誰に聞かせるでもない言葉を呟き、思わずため息が出てしまう。なんかあの子に見られっぱなしも癪だし、見つかってもいいからどこか違うところで身を隠そう。
そう決心して重い腰を上げると、せめてもの抵抗として女の子に向ってあっかんべーをかまし、そのまま駆け足でどこに続くかも分からない裏道を走る。こんな年にもなって、なんてガキっぽいのあたしってば……。
どんどん訳分からない道へ伸びていく裏道に、あたしはすこし恐怖を感じ、軽く肩で息をしながらあたりを見渡す。やばい……あたし今までこんな道歩いた事ないから、今どこにいるかまったく分からないんだけど。
自分の不確かさに恐怖を感じ、来た道を戻るべきか悩む。
「あ、あのッ!!」
真後ろから突然声を掛けられたあたしは吃驚してその場で飛び上がり、思わず臨戦態勢を取ってしまう。
「なッ?! あ、あんた……!!」
「私はセズといいます。サリッチさん…………昨日は、その……頬を叩いてしまいすみませんでした!」
振り向いた先にいたのは昨日あたしを叩いたあの子で、追いかけてきたと思ったら、昨日とは大違いで本当に申し訳なさそうに頭を下げてきた。なんなの、この子……。なんでこんなに素直に謝る事ができるのよ。
「昨日の今日で仲良くは出来ないかもしれませんが、こんなところにいたらそのうち捕まっちゃいます! さぁ早くわたしの部屋に行きましょう!!」
そういって握られた手には強い意志が宿っており、あたしはその思わぬぬくもりと、急転直下の出来事に何も言えないまま、強く握られた手のひらについていくしかなかった——
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