第74話「不信感」と「期待」







 ——グェイシーの街でヒナタと別れたのには二つの意味があった。

 一つはマイヤ国のリッカでやっと見つけた、オレと同じオヌ族のグインを探すのに一人が何かと都合が良かったから。

 もう一つはその傍にいたアイツのご主人様と名乗る、外見に似合わない凶悪な少年からヒナタ達を遠ざけるため。


 だからオレは皆から離れヒナタからは憎まれもしたのに……




**********************




 この街でグインとあの少年を探して数日、いまだに何一つ手掛かりがつかめないオレは焦っていた。マウォル国で頼まれた薬草は全て集まっていたが、肝心の情報は誰一人として目撃すらしておらず、グインがオヌ族であることを初めて恨めしく思ってしまう。オヌ族は他の魔属に比べ、姿が定まらない一族で、その姿を認識するのは加護を扱えるエルフでも無理だろう。だから情報なんてはなから期待はしていなかったが、リッカの街でのこともあり、隅から隅までくまなく探し回っていた。


 「グインだけならまだしも、なんであの少年の姿まで誰一人見かけてないんだ? 俺たちの能力は自身に発揮しないはずだが……」


 あの少年がグインの主人だと名乗る以上、一緒に行動しているはずなのだが、何故かあの目立つ服装の少年すら見つけることが出来ていないのは何か理由がある。

 まずはあの少年が俺たちと同じオヌ族である場合、その証拠である角がなければならないが、リッカの時にはそんなものは見当たらなかった。少年は帽子をしていたが、あの小さな帽子では角なんて隠せそうにないし、第一オヌ族の誇りである角を隠すなんてありえない。


 ならば魔属か? それならオヌ族ほどではないが、姿を隠すのに長けた一族もいたはずだ。ただその一族だとしたら条件が合わない。あの一族は夜でなければその能力を発揮する事ができない、だからこれも違う。


 そうこう考えていくうちに日が暮れはじめ、オレは何の収穫もなしに安宿へ帰ろうとしていた。


 「聞きました~、奥さん! なんでもここ最近国王の事を聞きまわっている、変な頭の旅人がうろついてるんですって~!! もー本当あの王様になってから物騒になったわね~!!」


 「聞いたわよ~! 今日も貴族様方が住む地区に行ったらしいわよ~!! アンユ様大丈夫かしらッ?!」


 ……またヒナタのやつはひとり何かをしているようで、オレは苦虫を嚙んだような顔になってしまう。あの馬鹿、少しは自重とかないのだろうか…………。まぁ、キャルヴァンがいるからオレが気にするのはもう違うとも思い、俺はなんともいえない気持ちでその場を離れた。


 宿に戻ると宿屋の女将が、オレの事を待っていたようでおっかな吃驚で話しかけてきた。


 「あの、た、旅の方……。先程あなた宛で愛らしい少年が手紙を渡してほしいと……。あの、なにか面倒ごとを起こしたりしたら……即刻で、出て行ってくださいね?」


 それだけ行って女将は逃げるように裏へ引っ込んでしまい、オレは詳しい話を聞くことが出来なかった。取って食うわけでもないのに怯えられるのは、以前のオレだったら当たり前の反応だった。それがなくなったのはいつからだったのか……。


 思わぬところでヒナタや仲間達の有難みを知ってしまい、小さく胸が痛んだ気がしたが、オレはずっと探していた相手からの手紙に意識を向ける。


 見た目は至って普通の手紙で、何か仕掛けられそうにない。とりあえず落ち着いて中を確認するためオレは部屋に戻り、びっちりと蠟が落とされているところを慎重に開け、中を確認する。


 ——愚かで可哀想な赤鬼くん。君の大事な人に会いたければ街の外に咲いているラベンダー畑までおいで。時間はそうだなぁ、夕月が綺麗に見える頃なんていいんじゃない? ——


 あまりのふざけた内容にオレは思わず握り潰してしまうが、こんな安い挑発にも乗らざるを得ない自分に情けなくなってしまう。

 罠であることは分かりきっているが、オレには選択肢がないのだ。きっとこれがグインの手掛かりを掴む最後のチャンスで、逃してしまったらもう見つけることすら出来ない気がしていた。


 ……もう寝てしまおう。

 明日は街の外に出て、あの少年が指定してきたラベンダー畑を探さなければいけないのだから。

 そうしてオレはベットに体を預けるも、眠りは一向に訪れる事無く夜を明け、ラベンダー畑を探すための支度を始めた。


 街の外は人の気配はなく、またラベンダー畑も中々見つからずにいた。あの花は匂いが強いはずなので近くにあれば気付くはずだが、ラベンダーの香りどころか紫色すら見えない。

 街の外とは書いてあったが、もしかしたら街の近くではないのか?


 如何にも意地が悪そうな少年の事だ。普通の種属ではいけない場所を指定している可能性もある。ならばと思い、オレは手紙に書いてあった内容を反芻する。

 確かラベンダー畑のほかにも夕月が綺麗に見えるところと書いてあったはずだ。……今太陽の位置はオレが今いる位置からみたら北東から昇っている。という事は月が昇るとすればオレが今いる位置とは正反対のところからで、オレの真後ろにはグェイシーの街が邪魔になってこのままでは夕月なんて見えない。


 夕月というからには、辺りは拓けていないと綺麗に見ることは叶わないはずで、この辺りで開けている場所といえばグェイシーの街の奥に見える崖なんかだと綺麗に見えるのではないだろうか?

 オレはひとまず今いる場所から離れ、街の後ろ側へと回りこみ、目星の物を探すため、辺りを見回りながら崖の先へと進んでいく。


 こうしてやっと見つけたラベンダー畑には人影はなく、まだ太陽も真上を陣取っていた。


 「暫くここで待つしかない、か……」


 それにしてもラベンダー畑とは、相手は相当オレをおちょくりたいようだ。"あなたを待ってます"なんて花言葉までつかってオレをここにおびき寄せる目的はなんだ……? こういったときのおびき寄せは大概碌なもんじゃないにしろ、今まで逃げ回ってきての呼び出しは相当怪しい。


 オレは辺りを警戒しつつ相手が訪れるのを待ち、そうして夕方になり月が昇り始めたときだった。


 「わぁぁ~、やっぱりここからの夕月は綺麗でしょ~? 最近見つけたボクのお気に入りの場所へようこそ、赤鬼くん」


 警戒していたのにも関わらず、近くで聞こえたあの邪悪なまでのはしゃぎ声に、全身でもって少年がいる場所へ拳を突きつけるが、少年は軽くかわし、いつの間にか現れたグインの背中へ少年はウサギのように跳躍し、その後ろで楽しそうにクスクス笑っていた。


 「赤鬼くんたらこっわいなー。そんなの喰らってボクの顔が傷ついたらどうしてくれるのぉ~。そうなったらグインには責任取ってもらわなきゃだよ~! きゃはは!」


 「そうですね。当然貴方様を守れなかった俺は生きる価値などないのですから、潔く自決でもいたしましょう」


 「なッ?!! グインッお前何考えて……?!!」


 仮面で隠されたグインの表情は見えないが、自分の命をなんとも思わないその平坦な声にオレは声を荒げ、アイツの名前を呼ぶ。


 「お前に名を呼ばれるなど薄ら寒い!!! この一族の面汚しがッ!!!」


  「ッ??!! ……どういうことだ?? オマエ、あの後から何があってそんな事を……?」


 「あの時もなにもグインはただ事実を言ってるだけだよ? オヌ族……ううん魔属として出来損ないで恥知らずのあ・か・お・に・く・ん?」


 可愛らしい顔つきで可愛らしい仕草をし、心底楽しそうに邪悪な笑顔を浮かべる少年は、オレの知っている魔属そのもので、ぐらりと大きく眩暈がする。

 なんだ、これは……。


 「あっれー? こんなことでショックを受けちゃうの~? だから君は魔属として出来損ないなんだよ~。あーあ……もっと遊んでやろうかと思ったけど興が冷めちゃたなぁ……」


 「ではそろそろ帰られますか? こいつに費やす時間も口惜しい」


 「ん~~……そうだねぇ。じゃあ最後にとっておきの面白い事を特別に教えてあげるっ! …………君はまた大切な誰かを無くしちゃうんだ。残念だね、可哀想に」


 「ま、待てッ!!!! それはどういう……?!!」


 逃がすまいと二人に手を伸ばすが、瞬間巻き上がるかのような風に見舞われてしまい、オレは思わず目を瞑る。そうしてそのまま二人を取り残してしまったオレは、辺りに残っていたラベンダーの香りに呆然としながら、夕月を眺めていた。

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