第76話ヒナタにぃを探して





 ——それは朝早くのことで、朝に弱かった僕はヒナタにぃのピンチにも気付けず、キャルヴァンさんに起こされたときにはもう遅かった。


 「ウェダちゃん、起きてちょうだい。ヒナタが何者かに連れて行かれたの」


 「ん~~……ヒナタにぃなら隣に……いない? また日課の弓練習にでもいってるの?」


 部屋にはキャルヴァンさんのみで、セズちゃんは恐らく部屋の中なのだろう。なんて考えていたら、キャルヴァンさんは内緒話でもあるのか、僕の耳元まで顔を近づけ声を潜めながら話を続ける。


 「昨日ヒナタが言ってたでしょ。王様の暗殺未遂の事。ヒナタを連れて行った男たちは皆、品の良い服を身に纏ってたわ。恐らく朝顔の一族よ」


 キャルヴァンさんの言葉は僕の頭を起こすには丁度良く、僕は何故キャルヴァンさんがセズちゃんではなく、僕にこの話をしたのか理解した。それはお母さんも理解したようで、何も言わずに窓から隣の宿へ向っていった。


 「……これからどうするの? キャルヴァンさん。ヒナタにぃを助けに行かないの?」


 「勿論、助けるわ。だけど今回は相手が悪いの。闇雲に私たちが動いたところで、ヒナタ同様連れて行かれて終わり……。なら私たちが出来る事は一つ、今回の騒動の原因である暗殺者を捕まえて黒幕を引きずりおろすしかないわ」


 強い意志を宿した言葉と、優しい顔でキャルヴァンさんは僕の顔を撫で、僕も覚悟を決める。ヒナタにぃを助ける、それは僕が旅をした理由の一つで、こんな弱虫の僕に出来る事があるなら、なんでもいいから頑張るしかない。


 『ウェダルフ、大変な事態になってしまったわ。彼女部屋どころかどこにもいなくなってるの。もしかしたらもう手が回っているのかもしれないわ』


 いつの間にか帰ってきていたお母さんは険しい顔つきで僕たちに告げると、キャルヴァンさんは急かすかのように僕を持ち上げ、パジャマを脱がせ着替えを促してきた。僕も大慌てで服を被り、少しの荷物を持って部屋を出る。


 「セズちゃんには何も言わなくていいの?」


 「セズちゃんには私たちが出かけることは告げてあるわ。もしかしたらヒナタが戻ってくるかもしれないし、それに……まだあの二人は仲直りしていないもの」


 仕方がないといった顔で僕の頭を撫で、僕も黙ってうなずく。確かにあのひとを探すのはセズちゃんには気が重たい話かもしれない。喧嘩したときの気まずさはエイナの時に身にしみているので、僕は何も言わずセズちゃんの部屋の前を通り過ぎ、宿を出て彼女を探すため街を歩きまわることにした。


 だけどあの女の子は王様で、そんなことを街の人に聞いて回る訳には行かなかった僕たちの人探しは、大変なんてものじゃなかった。

 地道に隅から隅まで歩き回ったけれども、それらしき人影は一つも見つからずじまいで、捜索は昼頃になっても見つけることは出来なかった。


 「どうしよう~! なんでこんなに探してるのにみつからないんだろう?!」


 「人が多いというのもあるけれど、それ以上にサリちゃん自体逃げ回ってる可能性が高いわ。だから簡単には見つけられないとは思っていたけれど……予想以上に彼女隠れるのが上手いみたいね」


 疲れたように大きなため息をつくキャルヴァンさんに、僕も同じくため息をついてグーグーとうるさくなるお腹を押さえ、軽食屋さんでご飯を待っていた。


 「あら~奥さん! やっと王様殺しの犯人捕まったそうよぉ~!! なんでも最近この街にやってきたもじゃもじゃ頭の男だそうで!」


 「知ってるわよ! だってここ最近王様やアンユ様について聞いて回ってたんだから!! あたし前からあの男が怪しいと思ってたのよね~!」


 僕たちのところまで聞こえてくる大きな話し声に、僕とキャルヴァンさんの間に気まずい空気が漂い、同じタイミングでさっき以上のため息が出てしまう。

 ヒナタにぃってどうしてこうも巻き込まれてしまうの……?


 「ウェダちゃん……。一先ずご飯を食べましょう。そこからどうするべきか考えないと………」


 「うん、僕もうヘトヘトのペコペコ……」


 ヒナタにぃのことはなんとなく予想が出来ていたとはいえ、あまりの予想通りの結果に収まってしまい、僕もキャルヴァンさんも諦めに近い感情で、味のしないご飯を頬張るしかなかった。

 そうして無心でご飯を食べた後、捕まってしまったヒナタにぃはとりあえず放置で、当初の目的であったサリッチさん探しをする事にした。


 だけどそこまでしても見つけられないサリッチさんに、僕もキャルヴァンさんも焦りが募る一方で、ひとつの手掛かりも掴めないまま辺りは夕闇に包まれた。


 「どうしよう、キャルヴァンさん……! このままじゃヒナタにぃ死刑になっちゃうよ!!」


 「落ち着いてウェダちゃん。この国の極刑が死刑とは決まってないわ。それにあのヒナタよ? なんとか出来るはずだわ」


 「な、何とかって……なにか出来たっけ、ヒナタにぃ……」


 「…………急いでサリちゃんを探しましょう」


 僕の問いかけに答える事はないまま後ろを振り返り、歩き始めるキャルヴァンさんに僕は不安が一層深まってしまう。

 ヒナタにぃ……なんとか出来るって、僕信じてるよ!!


 辺りが夜になっても続けていた人探しも、暗闇のせいでより困難になってしまい、僕たちはランタンの灯火ひとつで探していた時だった。


 「ッオイ!!! 二人とも!!」


 遠くから聞き覚えのある声がし、僕とキャルヴァンさんはいっせいにそちらへ振り向く。ランタンで辺りを照らすが見えない人影に警戒しつつも、僕もキャルヴァンさんはその声に期待をしてしまう。


 「すまん、いきなり声をかけて……。オレも焦ってたんで思わず声をかけちまった」


 「……ッ! アルグにぃぃ!!」


 たった数日会えなかっただけなのに、僕はとても久しぶりのような気がして、思わず駆け寄りアルグにぃに抱きついてしまう。


 「おぉ、ウェダルフ。元気そうでなによりだ。……それより二人してこんな夜に歩き回ってるなんて、何かあったのか?」


 「えぇ……。話せば長くなるけれど、きっとアルグの事だからある程度の事はもう分かっているのでしょう?」


 申し訳なさそうに顔を俯かせるキャルヴァンさんに、僕も気持ちが暗くなってしまう。そうだった、僕たちヒナタにぃのこと任されていたんだった……。


 「ごめんなさいアルグにぃ……。僕ヒナタにぃのこと守れなかった」


 「いや、いいんだウェダルフ。それよりもう夜も更けてきた。子供が歩き回るには危ない時間帯だ。一人で宿に帰れるか?」


 「僕まだ頑張れるよ! だから……」


 「ウェダちゃん、明日また貴方が必要になるわ。だけど今無理したら明日頑張れなくなるでしょ? だから今日はしっかり休むのが先決よ」


 キャルヴァンさんの言葉にアルグにぃも黙って頷き、僕は何もいえないままでお母さんに促されて、宿へと帰るはめになり悔しくて涙が浮かぶ。


 悲しい気持ちのまま宿に着き、僕は誰もいない部屋に戻る気分になれずセズちゃんがいる部屋をノックする。


 「セズちゃん……、今日寂しいから一緒に寝ても良い?」


 「ウェ、ウェダ君?! ちょ、ちょっと待っててください……!! 今部屋が汚れてて!!」


 セズちゃんらしくない、ガタガタと大きな物音に僕は不安になり、開けてくれるのを待たず押し入ってしまう。


 「セズちゃんなにがあった……え、えェェーーー!!?」


 「ちょ、ちょっと……!! 仮にも女の子の部屋を突然開けるなんてあんた馬鹿じゃないの?!」


 そこにいたのは、さっきまで必死に探し回っていたサリッチさんで、隠れようとして入りきれなかったのか、 お尻からベットの下に潜ろうとしている、なんとも気の抜けた姿で僕に怒っていた。

 そんな顔を真っ赤にして怒っているサリッチさんのそばには、何とか必死に隠そうとしたのか、セズちゃんがサリッチさんに覆いかぶさっていた。


 「ウェダ君……ッ! これには深い訳があって、決して何かを企んでいたわけではないんですッ!!」


 「二人とも……そんな格好で言われても全く説得力がないよ。……何しようとしてたの?」


 楽しそうな格好の二人に近づき、僕もその悪巧みに混ぜてもらうべく二人に手を差し伸べる。

 二人は隠れられないと観念したのか、僕の手を取り立ち上がるとセズちゃんは扉に近寄り鍵を閉め、サリッチさんは服についた埃をはたき偉そうにベットへ座っていた。


 「それにしてもセズちゃんひどいや。僕たちがサリッチさんのこと探してたの知ってたくせに、匿ったまま教えてくれないなんて! 僕もうヘトヘトだよ……」


 「ごめんなさい、ウェダ君……。でもキャルヴァンさんに知られたら絶対止められると思ったから……言えなかったの」


 セズちゃんは申し訳なさそうに僕に近づき、サリッチさんをチラリと見る。その目線にサリッチさんは口をへの字に曲げ憎らしげに僕たちの話に加わる。


 「ホント、ヒナタといいあんた達といい……。よくそんなお人よしでここまで旅できたものね! あたし一人の問題なんだからあんたがついてくる必要なんてないのよ!」


 「そうはいきませんよ!! 確かに私はいまだにあなたが王様だなんて思えません……! でもだからって一人で王宮に行くなんて無謀、私もヒナタさんも黙っていられないです!!」


 まだ仲直りとは程遠い二人だけれど、セズちゃんの持ち前の優しさと責任感は、サリッチさんを放っておくことができないみたいで、無謀なサリッチさんの突飛な計画に乗るようだった。

 それなら僕も乗るしかない!


 「成る程……二人ともヒナタにぃを助けるためにお城に乗り込むんだねッ!! それなら僕も是非混ぜてよ! いざとなったらお母さんもいるし安心でしょ?」


 その言葉に二人は同時に反応し、まったく別々の言葉を僕に返す二人。


 「はぁぁ?! あんたなにいってんの!! 子供はおとなしくすっこんでなさいよ!!」


 「わぁぁ!! ウェダ君も一緒なら心強いですッ!! 是非三人でヒナタさんを助けましょう!」


 こうして僕たち三人のヒナタにぃ救出作戦は、明日の早朝に実行される運びとなったのだった。

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