第55話拳骨と抱擁
不思議と俺の心は穏やかで内心、もう始まったのかくらいの感覚だった。覚悟とは少し違う気もする諦めに近いこの感情は、驚いて俺の顔をペタペタと触るキャルヴァンさんよりも冷静ですぐに自身の状況を把握する。
「俺、見えるだけじゃなく、触れるようにもなったんですね……」
動揺なくそう話しかけると、キャルヴァンさんも俺の顔を持ち上げ目線を逸らさずうなずく。
「そうね、そうみたい。でもなぜ今回はこんなにもはやく能力が顕現したのかしらね?」
俺にも分からない事を聞いてくるキャルヴァンさんの気持ちはよく分かる。口にする事で自身に理解させたいだけなのだ。そこに答えを求めての発言ではないので俺もただ黙り込み、しばしの沈黙が流れる。
「……とにかく今はヒナタの仲間に会うのが先決ね。けれど大丈夫かしら? ヒナタの仲間のなかに原始種属付きの子がいるでしょう? もし彼の後ろに何か見えても決して驚いては駄目よ」
本当にどこまで俺の記憶を覗いたのか分からないけれど、ここまで知られるともはや気にするのも馬鹿らしい。俺は勝手知ったるキャルヴァンさんの言葉通り気を引き締め扉の前に立つ。
「それと私はもうヒナタの仲間なのだから呼び捨てや敬語なしでも構わないのよ? 貴方もそのほうが気楽でしょう?」
「そうですね……、キャルヴァンが気にならないのならそうしま……するよ」
見るからに大人の女性を呼び捨てで、しかも敬語なしで話すのは日本人だった俺にしてみれば結構勇気がいることだったが、これから苦難を共にする仲間になるなら、そういった気遣いは寧ろ相手にも遠慮を招いてしまうかもしれない。そう自分に言い聞かせ、三日も前に約束した場所へと向う事になった。
道中仲間がいないかと辺りを見渡しながら歩いては見たが、木が生い茂る森の中で見つけるのは至難の業だった。そうして誰にも会えずに門前までたどり着き、キャルヴァンさんとさて待つかと話していた時だった。
「ヒナタァァァーーーー!!!!」
森のほうから怒号と共にアルグが勢いよく姿をあらわし、俺に駆け寄ってくる。俺もそんな彼の珍しい行動に驚きつつ、この後予想されるだろう感動の再会シーンのため俺も素直に駆け寄っていく。
「おぉーい!! みんな無事だったかのかぁーーー?!!」
走りながら手を振る俺とは対照的にアルグの顔色は険しく、走り方もアスリートのようなフォームで近づけば近づく程、何故か恐怖が湧いてくる。
「お、おいアルグ……ちょっと落ち着け。これ以上その勢いで来るとぶつかるぞ!? 俺に会えたのが嬉しいのは分かるが待ってくれ!!」
「…………」
「おいっ、おいって!! わわっ……駄目だ、もうぶつかるっ!!!」
殺気を帯びたアルグの様子に危険を感じた俺は、咄嗟に目を瞑ってせめてとの思いで、両手で頭をかばい衝突の衝撃に備える。
「っこんの、バカヤローーーー!!!!」
「ッ!………………ん?」
来るはずの衝撃はいつまで待っても訪れず、おそるおそる顔を上げ目の前にいるであろうアルグを見ようと、両手を降ろし顔をあげるがそれは叶わなかった。
ゴッツーーーーン!!!
森に響いたのではないかと思うくらいの音が、耳から骨からも聞こえ俺は声も出せずに悶える。なにっ?!! なんなのッ??!!
「おまえっ、あれっっだけ街から離れるなって言っただろうに、なーんで大人しく待ってなかったんだ?!!! たしかに約束どおりの日にお前さんを迎いに行けなかったのはオレが悪いが、それでもこの二日間どこでどうしてたんだ?!!」
激しい痛みと共に怒りまくりのアルグを見て、やっと自分が何をされたのか理解した。懐かしい、懐かしすぎる拳骨の痛みは俺の心を一瞬にしてお叱りモードにさせた。
「ご、ごめんなさいぃぃ」
拳骨の痛さのせいで本当に情けない声が出て、心で男泣きをした。うぅ、成人もまじかの俺が何故こんな状況になってんだ……?
それにいるはずのキャルヴァンさんも空気を読んでか、俺たちに近づかずにいまだに門前でふわふわと宙に浮かんでいた。くそ、正体がばれたとたん幽霊っぽさ出してやがるっ……。
「もおぉぉぉ……、アルグにぃはやすぎるよぉ!!」
「はぁ、はぁ……。っやっと追いつました、アルグさん!」
トップスピードで俺に駆け寄ってきたアルグは、やはり、というか誰にも追いつけなかったようで二人は肩で大きく息を切らしながらアルグを責める。
「すまない二人とも。ヒナタの気配がしたから思わず走ってしまった……。セズにウェダルフ、ここまで来るのに怪我とかは大丈夫だったか?」
自身の行動に詫びをいれながらも、相手を慮る言葉も忘れない。今の俺に比べると恥ずかしくなる限りで、二人と目を合わせる事が出来なかった。
「その、えーと……セズにウェダルフ、そしてアルグ。みんな迷惑かけてしまってごめんなさいっ!!! みんなも無事だったか?」
いまだにズキズキと痛む頭を深くさげて、三人に今回の件についての謝罪をする。俺は二人からの何かしらのお叱りを受けるつもりでそのままの姿勢で待っていたが、二人はもっと純粋に再び会えた事に喜び、全身全霊でもって俺の事を抱きしめてくれた。
「ヒナタさんっ、ヒナタさん!! やっと、やっと会えましたっ」
「ひなたにいぃぃぃ!!! もう、もうぅぅ! しんぱいしたんだよぉ~!!」
二人のやさしさに俺も両膝を折って全身でそれに答える。
「ごめん、ふたりとも。本当に心配かけてこめんな……」
アルグも俺たちの様子を安心したように眺め、暫く無言で再会を祝いあった。そうして落ち着いてきた頃に俺は本題である今回の騒動を招いた人物、キャルヴァンさんを新たな仲間にしたことを伝えた。もちろん、騒動の事は一切伏せて五日間お世話になったと多少の嘘は交えた。
すると三人の反応は一様に大きなため息で始まり、またかと声もそろえて呆れ半分で俺のことをじっと見つめてきた。
「……なんだよ? そんなに変な事言ったか、俺?」
「いや、だって、ねぇ……。通りでヒナタにぃの気配が変な感じがしたんだよね。なんか違うのが混じってるって言えば分かる?」
「そうさな、俺もウェダルフ程じゃないがいつもと違う気配は感じていた。それが精霊だってんなら納得だが……お前さん見えなかったんじゃないか?」
ぎくりとする鋭いツッコミを欠かさずするアルグに俺はこの時の為にキャルヴァンと一緒に考えていた言い訳をするりと吐き出した。
「それが最初はキャルヴァンさんが実体化していたせいで気付かなかったんだよ。でもお世話になるうちに彼女の深い事情を知った俺は、彼女の子供さんを捜すため力を貸したわけです、はい」
やばい、最後なぜか敬語になってしまった。しかもこうして言葉にしてみるとなんと言い訳らしい言い訳になってしまったことだろうか。
お願い、誰も何も言わずこのまま納得してくれない?
「なんかしっくりとこないんだが、それだったらなんで今日まで門のところにこなかったんだ? オレ達はてっきりお前さんに何かあったんじゃないのかと心配したんだぜ?」
「それは……」
上手い事言い訳が思いつかなかった俺は何もいえなくなってしまい、一瞬黙ってしまう。なんでもいい適当に答えてしまおう、そう思ったが代わりに答える声が俺の後ろからした。
「それは全て私のせいでございますわ。……はじめまして、皆様。わたくしが今回新たに加わった旅の仲間、キャルヴァンでございます」
ナイスタイミングで現れたキャルヴァンに、俺はうっかりと反応してしまい、後ろを振り返ってしまう。しまった、実体化してなかったら俺が見えてる事がばれる……!!
だがそれは杞憂だったようで、しっかり者のキャルヴァンはしっかりと実体化した上で俺たちに話しかけていた。
「あなたがキャルヴァン……さんですか。ヒナタがこの二日間足が途絶え原因は自らのせいといってたが、それはどういう意味だ?」
「それは先程もヒナタから説明があったように、私には子供がおりました。そして今もその子が忘れられずここ二十年以上探し回っていた時にヒナタと出会い、彼の優しさにつけこんで私の子供になってはくれないかと追いすがってしまったのよ。これ以上は話さなくてもあなた方には分かるんじゃないかしら?」
あえて二日間出られなかったのかを言わず、三人の想像力に委ねる所に彼女の狡さをみたが、今はそれが救いになっているので何もいえない。
「ヒナタのことだから差し詰めどこにも行かず、お前さんのそばにいたって所か……。まったく、いつも自分勝手に何でも一人で解決しようとしやがる。いい加減オレ達のことも頼れってんだ」
げんなりとした顔で俺に文句をいうアルグに内心、今回は違うんだと言い訳が募るが、それも空しくなったので素直に謝って事態を収束させることにした。
そうしてまた新たに加わったキャルヴァンと俺たちは自己紹介を軽く済ませ、この日は野宿となった。
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