第56話僕にしか見えない世界の話
——僕は生まれた時から"特別"だった。
他の子とは違う出生に、他の子とは違う世界が見える一人ぼっちの特別な僕。外に出る事も満足に出来なかった僕の話し相手は、ふわふわ漂って触れる事の出来ない僕のお母さん。お母さんは僕が寂しくないようにっていつも昔々の、御伽噺になるくらい昔に起きたこの世界のお話をいっぱいしてくれた。月と太陽の姉弟の悲しい恋の話、世界を救ったけど名も残っていない優しい神様の話、そして僕のお父さんとお母さんがどうやって出会い僕が生まれたのか、と本当に色んなお話をしてくれた。
でも、それだけじゃ僕の中にあった外に出て遊びたい気持ちは抑える事は出来なくて、いつもお母さんの話をぼんやり聞きながら外を眺めてた。
外の世界はキラキラと輝いてて、みんな楽しそうに話したり走ったりしていて、それは僕の生活にはなかった"特別"だった。
『ママの話は退屈だったかしら? そうね、それじゃあウェダルフが一番好きな"魔属の英雄ラルコ"の話なんてどうかしら?』
「………ねぇ、なんで僕はあの子達と一緒に遊んだり、お出かけしたり出来ないの?」
『あぁ……ウェダルフ。そんな悲しそうな顔しないで。私達も本当はあの子達と同じように遊ばせてあげたいの。でもそれはリンリア協会の目にも曝されることになってしまう……』
お母さんが言いたい事はこのときの僕にはちっとも分からなかった。だって一度もそんなに人達に会った事もなかったし、話を聞いてもそれは僕にとって現実じゃなかったんだ。
けれどそれはすぐに本当になって、ヒナタにぃ達と出会う何ヶ月も前に僕は一度攫われかけた。その日は青空なのに雨が降っていて、いつも以上に街が輝いて見えた。外にいる人達は雨なのに楽しそうで、みんな空を指差して何かを見ていたのを今でもよく覚えてる。
僕もそれが見たくて一生懸命窓に張り付いて眺めてみたけど何も見えなくて、たまらなくなった僕は外へ駆け出し人生で初めての虹を見た。
その美しさと、他の人が見ているものを一緒に見れた嬉しさで、狙われているのも忘れて夢中で虹の尻尾を捕まえるため、街の外れへと走っていた。その隙をもちろんリンリア協会は逃すはずもなくて、僕はあっという間に彼らに捕まってしまった。
そのとき助けてくれたのが、僕の憧れで、大親友のエイナだった。
その後はヒナタたちに出会い、今こうして念願の旅に出られているけれど、僕の想像以上に旅の道のりは険しくて、何度もシェメイにある家が頭をよぎった。だけどそのたびにあの頃の"特別"が心にずしりと重くのしかかってくるから、不思議と足は止まらずに済んだ。
『ふふ、私も久しぶりにリッカの街に入るけれど、ウェダルフは知っているかしら。リッカの街の掟にはね、入った瞬間に強制的に執行されるものが一つあるの。きっと街にはいったら驚くはずよ』
お母さんが上機嫌でそういうので、僕も楽しみに街までの道のりを楽しめるようになった。街は意外というか、想像していたよりも廃墟で驚きはしたけれど、なにはともあれ初めてシェメイ以外の街に入れるのが嬉しかった。
門をくぐると最初に見えたのは光で、次に優しい風が体をすり抜けていった。
でもそれ以上に僕達を驚かせたのはなんでもないお母さんだった。
『はじめまして、アルグさんにセズさん。私がウェダルフの母、ファンテーヌです』
アルグにぃやセズちゃんも驚いていたけれど、僕以上に驚いた人はいないんじゃないかっていう位、僕の不安定な力以外で実体化していたお母さんを眺めていた。
「……僕、もしかしていま力を使っているの?」
『いいえ、これはウェダルフの力ではないのよ。これがリッカの街の掟、見えるもの見えざるものを平等に扱うために強制的に執行されるの』
「すまん、俺も知ってはいたが、一言説明しておけば良かったな」
僕にもお母さんを実体化させる事が出来るけど、これは僕の意思で自由に使えない。だから普段は触る事すら出来なかったけれど、それが今リッカの街の掟によって初めてちゃんと触る事が出来た。
僕はアルグにぃやセズちゃんがいるのも忘れて、ごく自然な流れでお母さんのもとに近づ、生まれて初めてお母さんのぬくもりを知った。
「……お母さん、冷たいね。冷たくて……きもちいいや」
他の人とは違うお母さんのぬくもりは僕だけの"特別"で、小さい頃からずっと願っていた夢の一つが叶って僕はすこし泣いてしまった。
『……さぁ、そろそろ街に入りましょう。みんなも待ってるわ』
お母さんに促されて僕たちは街に入ると、一面には至る所に張り紙が張られており、その多さに僕もセズちゃんも圧倒された。アルグにぃに聞いてはいたけれど予想を上回る掟の多さに、この日は宿に入って幾つかの掟を覚えるのがやっとなぐらいだった。
翌日はまる一日かけて掟を覚えたおかげで、旅に必要な買い物は難なくする事が出来たので、午後からみんな自由に行動する事になった。みんなおもいおもいの場所へむかい、僕もちょっとの間だけお母さんと触れ合える時間を楽しもうと、市場がたくさんある場所から離れて、静かな場所を探す。
この街は僕の知っているシェメイとはぜんぜん違う、雰囲気や見た目の人達があちらこちらですごしている様子を見て、僕の世界があまりに狭かった事をこの時初めて気付いた。
「すごいね、光の種属や風の種属もいるせいか不思議な光があちこち舞って、どこからか風も吹いてて心地がいいや」
『そうね、ここは精霊だけじゃなく、私達原始種属にとっても憩いの場として大切にされているわ。だけれど、それだけにこの街には掟が絶対必要なのよ』
みたことない不思議な顔でそう話すお母さんをみて、僕は何でか心がキュッと締め付けられた。子供の僕じゃまだ分からない、悲しいような優しいような不思議な顔。
こんなお母さんも旅に出てから初めて知るお母さんで、僕はいつかお母さんがいなくなってしまうような気がして怖くなった。
そんなときに昔からいる精霊の人達の話し声が聞こえてきた。
「なぁ、いつまで上の連中はあの女を放っておくつもりなんだ? なんだって、いつまでたっても街の外で、もういない子供を探し回ってんだが……。それに最近ドワーフの連中も怪しい動きをしている。それもこれもきっとあの女が掟を守らないせいで…………」
なんとなく気になって話している人達をみると、エルフの精霊だけじゃない、人間の精霊や原始種属も混じって話していた。シェメイではまず見かけない不思議な光景にもっと話を聞こうとしたとき、お母さんが僕の手を握り、無理やり足を進めそこから引き離してきた。
「どうしてそんなに急いでいるの? 僕、今の話がもっと聞きたいよ」
『……そうね、今その理由をここで話す訳には行かないの。お母さんも"あの話"を聞くのは、嫌なの。ごめんなさいね』
何か知っている。そう僕はおもったけれど、強く握られた手のせいで言葉が上手く出てこなくって、ただお母さんの強張った顔を眺める。
さっきまで賑やかだった街の中心を一歩離れると、そこには見た事もない草木が生い茂り、小川も流れているまるで楽園のような場所にたどり着いた。街中に張られていた掟すらもこの場所には一つも存在はしない、穏やかな時間が流れる静かな場所で僕とお母さんは半日かけてこれまであったことを話し、夕食はアルグにぃとセズちゃんとで東の大陸出しか食べられないという料理を食べてその日も何事もなく眠りについた。
その翌日はヒナタにぃと約束した三日目となるはずだった。
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