第57話思惑と暗躍する影





 ヒナタにぃとの約束の日なり、僕やセズちゃんは朝早く旅にでる準備に勤しんでいた。でもアルグにぃはなんだか昨日から様子がちょっと変で、今日もヒナタにぃと合流する日なのに、名残惜しそうに今も街に出てあちこち見て回っていた。


 「なんだかアルグさん、昨日から様子が変ですよね。それにいつもだったらヒナタさんが何をするから分からないので、なるべく目を離さないようにしているのに、この街に二日も滞在するなんて……」


 「そうだね、アルグにぃは心配性なうえに世話焼きだから、こんなに長くヒナタにぃから離れるなんて考えてみたら変かも? 今日だってヒナタにぃとの約束の日なのにいまだに帰ってこないし……」


 そんな話をしている間にも旅支度は終わり、あとはアルグにぃの帰りを待つだけなのに、いつまで待ってもアルグにぃは帰ってこず、心配になった僕とセズちゃんとお母さんは一緒にアルグにぃを探す事にした。


 「ウェダ君、ここは一緒に探す事にしましょう! もしかしたら事件に巻き込まれているかもしれないので、私たちまで分かれては元も子もないです!!」


 「ヒナタにぃはどうするの? あとちょっとで約束した時間になるのに、僕達がこなかったらきっと心配しちゃうかも……」


 僕は急転展開の事態に涙を浮かべながら、セズちゃんにこれからのことについて聞く。生まれながらに緩い僕の涙腺はとめる事すら出来ないためいつも涙目だ。お母さんはこれをお母さんの性質を受け継いだからって慰めてくれたけれど、あまり素直には喜べなかった。


 『そうね、セズちゃんの言うとおりここは一緒に探すほうがいいと思うわ。何が起きても私が二人を必ず助けるから安心してね』


 僕とセズちゃんの手を握り、安心させるように満面の笑顔で僕達を先導する。長い一日がこうして始まった。





**********************




 まずはじめに向かったのは、精霊が多く集まっている場所である市場。ここならアルグにぃを目撃している人も多いかもしれない、という事であちこちの人に話しかけてみたけれど、おかしい事に誰一人として、見ていないといって話を聞いてくれなかった。深く聞こうとしても目線を合わせても貰えず、わずらわしそうにどっかへ行ってしまう精霊たちは、何かを隠しているようで、僕たちは益々不安になる。


 『なにかあったみたいだけど、やっぱり掟があるからこれ以上深くは聞けないみたい。それになんだか今日は街の雰囲気がおかしいわ。みんな何かに怯えるみたいにして…………!!』


 そこまで言ってお母さんは目を大きく開いたまま、何かを探すように辺りを見渡す。その違和感は僕にも伝わり、僕もその原因であるだろう人物を探すため辺りを見渡す。


 「ど、どうしたんですか二人とも。もしかしてアルグさんのこと分かったんでしょうか」


 一人違和感に気付かないセズちゃんは戸惑いながらも少し嬉しそうに話しかけてきたけれど、それに答える余裕はなかった。


 「……お母さん、これ何? まるで夜みたいに暗くて冷たい雰囲気がするよ?」



 『いえ、まさか……。それならどうやってここに? ……不味いわ二人とも。私の嫌な予感が当たらなければいいのだけれど、もしかしたらアルグさんは……』


 そこまでいって、お母さんは再び僕達の手をぎゅっと握り締め、まだ昼過ぎなのに不気味な雰囲気のする街の奥へと僕たちは急いで向う。


 疲れることのないお母さんに引っ張られながら走ったせいで、その場所について時は座り込んで暫く動けなかった。僕は肩息をしながらアルグにぃと今回の事件の犯人であろう人物を探すが、人影は見当たらない。


 「お母さん、本当にここにアルグにぃいるの? 人影もないよ」


 『いいえ、いるわ。ただ馴染んでいて認識が上手く出来ないだけよ。ウェダルフ、あなたならあそこの木の陰で身を隠している人達が見えるはずよ』


 何かに警戒しているお母さんは目線は外さず、遠くに見える木を指差し僕に何かを伝えようとしている。僕もそれにこたえるため怖い気持ちを抑えて木に近づき、そこにいるはずの者を見ようと目を凝らす。


 「だれが、そこにいるんですか? ウェダ君。私には何も見えないのですが……」


 セズちゃんは見えない何かに怯えるように僕の後ろでその様子を見守り、お母さんはいまだにみえない何かを捕らえたままだ。


 「あはは、やっぱり今の君達には難しかったかなぁ~? ねぇ、グイン~」


 突如として目の前から聞こえた声に僕たちは思いっきり後ずさり、誰が喋っているのか必死に探す。


 「………そのようですね」


 目には見えないもう一人の人の声を聞いたとき、僕もセズちゃんもさっき以上に驚いた。だってその声はあまりにも僕達の耳に馴染んだものだったから。


 「赤鬼くんもしつこいよねぇ~。さっさと僕達から逃げてくれれば、こんな面倒ごとに巻き込まれずに済んだのになぁ~」


 一向に姿を現さないまま、自分勝手に話を進めるのんきな声の人物に、僕は赤鬼という単語が気になって警戒を解かずに話しかけてみる。


 「……赤鬼って、もしかしてアルグにぃのこと?」


 「んあ~? アルグゥ~?? だれそれ、ボクわかんないなぁ?」


 分かっていてあえてとぼける様な返答に、僕もセズちゃんも詰め寄らずに入られなかった。


 「なっ……!! アルグさんに何したんですかッ?!! かえして、返してください!!!」


 「そうだよっ!! アルグにぃが君達に何したのか分からないけれど、殺しちゃうなんてあんまりだよッ!!!」


 僕たちの責めるような言葉に、あたりの空気が一変し、空気が冷たくなった。その異様な雰囲気は畏怖するぐらいの迫力があって僕たちは何もいえなくなってしまう。


 「誰が、赤鬼を殺したっていった……? 勝手に勘違いして話を進めて貰っちゃこまるよぉ? 迷惑していたのは僕たちのほうで、赤鬼くんは加害者。仲間ならちゃんと注意してくれないと、僕も困っちゃうなぁ~?」


 「……その通りだ。これはお前達に返すから、もう少しだけ大人しくしている様に本人にも伝えといてくれ」


 「そういうこと~。じゃあ、僕たちも忙しいから"その時が来たらまた会える"ってあのアホ面にも伝えてねぇ~!」


 そういってさっきまで見えなかったアルグにぃが投げ出されるように地面を転がり、僕たちの目の前で倒れこんでいた。僕もセズちゃんもその光景に一瞬気を逸らしてしまい、その隙をついた姿の見えない二人の人物は、消えるようにその場からいなくなってしまった。


 「アルグさん!! 起きて、起きてください!!」


 硬直状態から脱却した僕たちは慌ててアルグにぃの元へ駆け寄り、その安否を確認する。ピクリとも動かなかったので、実は殺されたかと思ったけれど、気絶させられただけで済んでいるようだった。


 「よかった、ちゃんと息してるみたいだね……。でもどうしよう、アルグにぃ気を失ってるみたいだけれど、このままここにいるわけにもいかないよね……」


 『そうね、もう"あの方"がいないからといってここにずっといるのもあまり良くないわ。がんばって私達で宿まで運ぶしかないみたいね』


 僕とお母さんの話をそこそこにセズちゃんは空を見上げて、心配そうにポツリと呟いた。


 「……あとちょっとで夕方になってしまいます。ヒナタさんはまだ待っていらっしゃるでしょうか?」


 セズちゃんがそういうのも無理はない。だってアルグにぃを宿まで運ぶとなると時間もかかるし、ついてからもこんな事があった後だ。一人が宿で看病もう一人が迎えにとはいかないのは分かりきっていた。


 『今日はもう諦めましょう……。きっとヒナタさんなら大丈夫。それよりもまずアルグさんを優先しないと』




 これが今回ヒナタにぃを迎えにいけなった事の顛末。その後はやっぱり大丈夫じゃなかった、ヒナタにぃを探しに三日間野宿したのはどうでもいいことだよね。

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