第53話消える事のない未練
——生まれたときから私はずっと一人だと感じたわ。国や人間はドワーフに支配されており、田畑はそこらじゅうに広がっているのにも関わらず、食べ物は常に奪い合いで孤児も多かったように思う。
そんな劣悪な環境の中で生まれた私は、奴隷のように扱われていた両親から生れ落ち、そして物心着いた頃にはそのどちらも死別していた。だけど私だけが不幸とは思わなかったわ。だってそれは私の国では当たり前にある日常だったから——
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「西の大陸は確かにエルフが大半で彼らがさも大陸の覇者のように振る舞っているけれど、それもドワーフの支配に比べたらマシのように思えるわ」
「…………つ、続き、を」
「えぇ、もちろん………」
——大昔のユーリス国は人間の王が治めていたと聞いていたわ。それで今よりも人間がいっぱい存在していて、驚く事にどの種属よりも栄華を誇っていたのだと。
でも実際の人間はどの種属よりも脆く、力だってそんなに強くないわ。だから大昔の戦争に負けたのよ。きっとこの話だって、自分を励ますために誰かが作った妄想話。……その頃はそんな風に思っていたわ。
物心がついたのと同時に働かされていた私や周りの子は、悲惨な現実しか知らなかったから、夢なんて見る暇もなくて、歴史にも興味はもてなかった。神様なんてなおさら信じてなんかいないの。
そう、現実はいつだって冷酷で私には何もなかった……。
でも、いつからだろう。私が他の子より容姿が良い事に気付いたのは。
きっかけは雇い主のなんともいえない不快な目線ね。やたらべたべたと触ってくるその気持ち悪さに、私はいつしか脱走する事を夜毎寝る前に考えるようになっていたわ。そして事件は起きてしまったの。
……その日はよく晴れていて、月も本当に綺麗な夜だった。昼間の畑仕事でくたくただった私は、いつもの通りの粗末なベットに横たわろうとしていたわ。だいぶ短くなったろうそくの火をそばにある木箱に置いて、寝所の準備をしていたら……それに突然影がさしたの。驚いた私は後ろを振り返ると、そこにいたのは心底厭らしい顔をした雇い主で、音もなく私の真後ろに立っていた。
いつもとは違う様子に、私は本能的に叫び声を上げてしまい、慌てた雇い主に思いっきり頬を殴られたのはいまでも嫌な思い出……。
その後の事はよく覚えていないけれど、叫び声を聞きつけてやってきた当時、子供達のリーダ的役割をしていたとても賢い男の子が、鈍器か何かで殴って私を助けてくれたのは覚えている。その後、逃げるために火をつけたけれど、孤児の子供たちは皆散り散りになってしまったわ。みんな、元気にしているといいけれど……。
そうしてその後の私は幸運にも、自らの容姿を生かした職につくことができ、良い終わり方ではなかったけれど人間としての生を全うしたわ。
そして死後。見た事もない街で、見た事もない種属に声をかけられ私は再び目を覚ました。その頃の私は知識も歴史も知らなかったから本当に驚いて、その人に私の頬を思いっきりつねる様にお願いしたのは、運命だったのかもしれない。だって、その人が私の第二の人生の伴侶になるひとだったから。
私は人間のときは生きるのに必死で、恋なんてしたことがなかった。だからそのときはそれが一目惚れということも気付かなかったし、知らないままだった。
私の伴侶となる男性、オールは光の種属である父と私と同じ人間の母を持つという、リッカの街ならではの生まれで、外見も内面もとても素敵だったの。
そんな形で私はいつの間にかリッカの街にたどり着いてて、そして未練が解消されるまでは二度と、マイヤ国から出られない"精霊"になっていたの。
リッカの街は特殊だった。まず街の中にいる限りはそこらじゅうに張り巡らされている掟に従わなければならず、字もまともに読めなかった私は、最初の頃は大分苦戦したのは言うまでもないわよね。
それを付きっきりで教えてくれたオールで、本当に魅力的な男性だった。見た目は私と同い年くらいに思えたけれど、その経験はおよそ人とは比べ物にならないくらい豊富だったわ。おそらく今でも敵わないでしょうね。
後は想像できるでしょう? 私とオールが夫婦となり、そして可愛い、本当に可愛い男の子を授かった……私の一番の思い出。
でも………人間だった過去なんか全部吹き飛ぶくらいの思い出はすぐに苦い、苦しい未練にかわってしまった。……神様って本当に不公平よね? だって何もなかった私の一番大切な子供すら奪おうとするのだもの。
……………。
あまり思い出したくもないけれど、ヒナタには話しておきたいの。この後何があったのかを。
不幸に転がり落ちるのって結構あっけないのよ。一歩踏み外すだけで、勢いついてあっという間にボロボロで最初の場所にもどってしまう。
あのときの私もそうだった。私の可愛い坊やが、肉体を持った人間とわかったオールはすぐにリッカの街の掟に従って、私から引き離そうとしたわ。私は必死にオールに訴えたけれど、彼は非情だった。街のため、君のためだからとただひたすらに繰り返すばかりで、私の話も、思いすら受け止めようとはしてくれなかったのよ。
だから逃げたの。子供と一緒に暮らしたいから。幸せになりたかったから。この小屋はそのとき教えてもらったもので、今みたいに綺麗な状態じゃなかったけれど、それでも身を隠す場所が分からなかったからここで育てる事にしたの。
はじめは大変だった。肉体を持った私の坊やは、生まれる前に教えられていた授乳なんかはでは到底、役にも立たなかったのだから。だから小屋を直す傍ら、夜な夜な村や町を回って子供の食べ物を分けて貰っていたわ。見えない人にも見えるようにする方法も教えてもらっていたし、マイヤの国を出さえしなければ何の問題もなかったから。
でも、そんな生活も長くは続かなかった。……今、冷静に考えれば彼は……オールは本当に私を愛してくれていたのかもしれないわ。だから掟を破る事を許してくれなかったし、ずっと私のことを探してくれていた。
でも、それでも私は彼が許せないの。
だって彼が私から私の可愛いわが子を奪っていったのだからッ!!
オールから逃げて、すこし生活が落ち着いた頃だった。その頃から私は将来のことを考えて、お金を稼ぐために昼間でも村や町を訪れて働いていたの。それがオールに気付かれるきっかけになってしまったの。
……やっとあの子が声を出し始めるようになり、周りのことも見始めるようになっていた頃だった。その日はいつも通りその村で仕事をするため訪れ、そしていつものとおり、少し仲良くなった同じ子供を抱える女性に子守を頼んだの。その人もいつもと変わらぬ様子で子守を引き受けてくれたけれど、私は気付かなかった。その女性が私と同じ"精霊”でオールに頼まれて子供を奪うチャンスを伺っていた事に……。
私も最初は心配で何度もその人の所に行っては様子を見ていたけれど、その頃になると落ち着いてきたという事もあって、油断してしまったの。そして、その隙を彼女は……オールは見逃さなかった。
……精霊ってね、実体化できる事以外にもう一つ出来る事があるの。それが"憑依"という能力で、本人から同意が得られればその人の魂を宿木に、マイヤ国の外へ出ることが出来るの。勿論、私みたいな掟破りを探す手段ではあるけどね——
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「そのあとリッカの街にいるオールに詰め寄って、リッカの街の真実を教えられ、私は今も絶望の淵にいる、といったところかしら……」
「……。だから、この街でずっと、貴方は自分の子供を、探しているん、ですね」
俺は息も絶え絶えでキャルヴァンさんに確認すると、彼女も長く話したせいで疲れたのか、黙ったまま頷く。
その様子に俺はなにもいえなくなる。だって彼女の言うとおり、なんで神様は彼女から奪うばかりで与えてはくれなかったのか、分からないし、答えられなかったから。
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