第52話リッカの街の真実






 「どう、して……?」


自分でも分からないのに、答えを求めるようにキャルヴァンさんに問いかけてしまい、聞いてどうするんだと後悔が滲む。


 「やっぱり………ヒナタ自身気付いていなかったのね。貴方にはなんで見えているのかが。……詳しい事は貴方の中に残っている記憶の中にしかないからはっきりとは言えないわ。たけど貴方の変化は仲間が増えるたびに起きている。これにはヒナタも気付いていたんじゃないかしら?」


 キャルヴァンさんにひやりとする一言をつげられ、俺はようやく自覚した。たしかに言われてみれば、セズのときもウェダルフのときも同じように眩暈に襲われ、それ以後不思議な事が起きるようになった。最初は僅かにしか変わっていなかったのに、時間がたつにつれその変化が大きくなっている。でも、ならなんでアルグのときは何も起きなかったんだ?


 「何が条件かまでは私も分からないわ。だけれど貴方の変化は旅を続ければ続けるたび増えるでしょう。それが怖いのなら、私が守ってあげるわ。貴方が恐れる全てから……」


 キャルヴァンさんは知っているのだ、俺が何を恐れているのか。だからこんな悪魔のような囁きを俺に問いかけるのだろう。……絶対その手を取ると分かっているから。だけれどその手は俺に向けられてなんかいない、本当に手を伸ばしたいのは俺なんかじゃないはずだ。


 「おれ、は……あなたの、こどもじゃ、ないっ!」


 そんなのは当たり前で俺自身百も承知だが、そんな当たり前すらキャルヴァンさんは気付かないフリで、やり過ごそうとしているのだ。だからしっかりここで伝えなければいけない、貴方の子供にはなれないのだと。


 「そんなこと、私…………。そうね、貴方は私の子供じゃないわ。どう頑張ったってあの子にはもう会えないの、分かってるのに……」


 消え入りそうな声で、俺の言った言葉を反芻するキャルヴァンさんは、まるで夢から覚めたかのような反応で、目には見えなかったがかなり動揺しているようだった。

 音もなく部屋から出て行ったキャルヴァンさんは何を思ったのか、赤ちゃんと一緒に小屋を出て行ったきり、この日は帰ってくる事はなかった。誰もいなくなった小屋はいつも以上に静かで、時折聞こえてくる小枝が俺に起きていることを教えてくれるが、目も見えず、体を動かす事も出来なかった俺はただひたすら誰かが来るのを待つしかなかった。


 翌日、いつの間にか眠ってしまった俺はキャルヴァンさんが部屋に入ってくる音で目が覚めた。 


 「……昨日ヒナタのことを探し回る男の人を見かけたわ。夜も更けてあたりも見えないのに、ずっと貴方の名前を呼んで……。なんでかしら? 貴方を隠しているのは私なのに……とても心が苦しくなったの、なんでかしら……?」


 赤ちゃんのぐずり声が辺りに響く中、昨日よりもずっとやつれた声が俺の真横から聞こえ、俺も見えないなりに顔をそちらに向ける。


 「……キャル、ヴァンさん。貴方の、子供は?」


 ずっと疑問だった事だったけど、今まで聞かないままでいた。こんなことにならなければ聞くこともない話だけれど、巻き込まれた以上、俺も無関心や無関係ではいられないだろう。それに俺もキャルヴァンさんも限界に近い。このままではお互いが潰れていくだけになるのは目に見えて分かっていた。


 「…………」


 「俺は、貴方にまき、こまれた。聞く権利は、ありますよ、ね」


 魂がかけているせいだろうか、昨日よりも息がしづらい。それにあれだけ眠ったのにもかかわらず、目が覚めてもなぜか眠いのは、きっと極寒の時に陥るそれと同じ。


 「……。辛いのね、魂が欠けているから………。確かに、このままではヒナタの体は緩やかに死んでいくでしょう。それは私も本意じゃないわ」


 では、なぜいまだに魂を戻してはくれないのか。なぜ名残惜しそうに赤ちゃんをあやしているのか。ふつふつと激しい感情が湧いてはきたが、口には出せなかった。


 「はなしを、聞かせて……。理由を、知りたいんだ」


 ここまできても口が重たいキャルヴァンさんに、多少の焦りを感じるがキャルヴァンさんも開放されたいのだろう、覚悟を決めるための大きなため息を一つつき、ゆるりと話をはじめるのだった。


 「そうね……、始まりはなんだったかしら? 私ね……ヒナタにいくつもの嘘をついたけれど、その中の一つに私の出身地があるの。ヒナタは聞いた事あるかしら? 西の大陸と東の大陸の事を……」


 「くわしく、は……しらない」


 「そうなのね。西の二大陸と東の二大陸は大昔の戦争によってここ数百年交流を一切断ち切られてしまったの。海をわたる事は勿論、空を飛んで行く事すら難しい。そんな中で私は東の大陸の一つ、ユーリスという国で生まれ育ったわ」


 キャルヴァンさんが精霊と分かった時点で分かっていた事だったが、嘘をついていると断言されるのは意外とこたえるもので、でもそれを咎める事は俺には出来なかった。


 「西の大陸はいいところね。気候も穏やかなところが多いと聞くわ。シュンコウとカカ、このどちらの大陸でも植物を育てる事が出来るなんて……まず東の大陸では考えられないの」


 はじめてきく東の大陸の話は穏やかなものではなく、キャルヴァンさんの口ぶりは続きを聞くのが怖くなるくらい、いやな予感しかしない。


 「……ヒナタは勘がいいのね。そうよ、東の大陸はここよりももっと悲惨。極寒の地に住むドワーフは常に食料不足で、そのせいで私が住むシュウフ大陸を植民地にしているの。小競り合いなんかは日常茶飯事よ」


 キャルヴァンさんのすむ大陸は今なお安寧は訪れてはおらず、日々誰かが苦しんでいるという真実は俺の心に深く刺さり、どくどくと音を立て俺を急かす。早く神として世界を救わなければいけない、と。


 「でも、もうそんな事はどうでもいいの。今の私は精霊で、本当に大切なのは……リッカの街の掟に奪われてしまった私の子供だから」


 「リッカの、街に奪われ、た?」


 「そう、奪われたのよ。私達と同じ精霊じゃなかったから……。リッカの街の掟はね、守らせる事によって結界の威力が強まる仕組みなの。だから街に入る者にも掟を課すのは結界を強くするため。守らないものが現れたらそれだけで街の脅威になってしまうでしょう?」


 そんな仕掛けがあのリッカの街にあったとは驚いた。街の掟を守らせるのはなんでもない、東の大陸の者も必ず訪れるからだけだと思っていた。でもこうなるとキャルヴァンさんは掟を破った者として今ここにいるのだろうか?


 「精霊は死んだら誰もが一度はなるといわれているわ。一日で自然に還る者もいれば、私みたいに数十年も留まり続けるものもいる。その違いは記憶の固執、所謂未練というものよ。それがある限り自然に還る事は出来ないの」


 「……貴方の、未練は、子供?」


 「そう、精霊になってから恋をして、そして生まれた私の大事で愛しいわが子。精霊といっても、子供を生む事は出来るし、そうして結婚するものもいるの。私もその一人だった」


 精霊でも子供が生めるって……、すごい世界だな今更だけど。どうやってとか、どんな風にって下世話な疑問が生まれるが、今はそれどころじゃない。恋愛して生まれた子供を手放す事となった成り行きだ。


 「そうして生まれる子供は原始種属に限りなく近い、肉体は持たない子が生まれてくるのだけれど、ほんの稀にそうではない、肉体を持った子が産み落とされる事がある。……それが私の子供」


 「そうして生まれた子はね、リッカの街の掟によって同じ身を持った街や村に捨て置かれ、二度と私がその子と会うことは許されないの。もう、二度と……」



 ぐずるのをやめ、穏やかな寝息を立てる赤ちゃんと、悲しそうに話すキャルヴァンさんの様子に、何故こうまでして行かせない様にしたのか、今初めて理解したのだった。

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