第34話真犯人と常套手段




 不本意。そういった面持ちで奥にある食堂まで、重い足取りで案内するエイナ。初めて此処を訪れたレイングさんたちは、やはり珍しいのだろう、天井や広場を興味深そうに眺めていた。


 「まさかシェメイの地下にこんなのがあるとは……思いもしなかったわ。しかも天井にある、あの加護は大昔のものよね? よほどの術者ね。どうやってあれを施したのか……計り知れないわ」


 歴史学者でもあるティーナさんは、その場に立ち止まり熱心に上を見上げていたが、エイナに急かされ、珍しく慌てていた。レイングさんはそれを見て少し笑っていた。俺もつられて笑いそうになり、気を逸らすためアルグを見ると、挙動の可笑しさに気がつく。


 「どうしたんだ? アルグ。そんな驚いたように辺りをキョロキョロして……?」


 「いや……なに、こんな地下があるなんて初めて知ったからつい、な。…………どおりで見つからないわけだ」


 小さく呟いたきり、アルグは押し黙ってしまう。俺も何も言えなくなってしまい、大人しくエイナの後をついていく。

 食堂にはエイナの発言どおり、大勢の獣人の子供達が集まっており、俺たちを待ち構えていた。ただ二人を除いて。


 「エイナ様……。やはりあの二人はあの監察に寝返ったようです。すみません、弟だけではなくエゼルまで……。副リーダーとして、何一つ至らなかった俺に全ての責任があります。なのであいつらの行動をどうか……!!」


 「みなまで言うんじゃねえよ、イール。あいつらを諌めることが出来なかったのはなんでもねぇ。俺の、リーダーとしての力不足だ。責任は全部俺が負う。いいな?」


 「……はい、エイナ様」


 苦しそうに従うイールの姿をみて、顔を俯かせる獣人の子供達。中には泣き出す子もおり、灰色の兄弟の結束の強さが伺えた。

 そして俺の推測どおり、ウェダルフを攫ったのはイールの弟、シーラの仕業で間違いなかった。エゼルもその中に加わっていたことに驚きはない。あの様子からいずれ、反発が来るのは予想できていた。


 「今の話で分かったとは思うが、一から説明させてくれ。事の発端はウェダルフを助けた頃、三週間も前の話だ」


 重苦しい空気の中、静かに語りだすエイナ。その邪魔をしないように、俺たちも音を立てないよういすに座り話を聞く。


 「その頃のウェダルフは今以上に人に怯えて暮らしていたようで、特に大人には異様に怯えていたように思う。まぁ、そんなだから近所の悪ガキ……エルフのガキどもは俺たち灰色の兄弟にもちょっかいを出してくる、ウゼェやつらで、そんなやつらにウェダルフは目を付けられたんだ」


 どおりで最初に会ったウェダルフがあんなに怯えていたのか。でもそう考えると、なんと寂しい毎日であったのかと心が締め付けられる。


 「俺も普通だったら放っておくんだが、なにしろ俺の大事な家族にちょっかい出されてたんでな、鬱憤を晴らすつもりでコテンパンにのしてやったら、予想以上に気に入られちまってな……以来少しだけだけど話すようになったんだ」


 そんな出会いだったのか、それでは男と勘違いされても仕方がないのでは……? とは思ったが、性別を聞かなかったウェダルフも悪いので黙っておく。


 「だけどそこから変なやつらに目を付けられるようになった。さっき言った悪ガキなんて目じゃねえ、もっと力を持った俺たち親の仇敵、リンリア協会の監察だ」


 「……その監察がどのような容姿だったかはご存知ですか? 性別は?」


 エイナの話に突っ込んできたのはレイングさんで、どうやらその監察に心当たりがあるようだった。


 「容姿や性別まではわからねぇが、たぶんあんたが考えているやつじゃねぇのは確かだぜ、ソニムラガルオ連盟の盟主さんよ」


エイナたち灰色の兄弟の情報網も侮れない。まさかそんなことまで知っているとは驚きだった。それはレイングさんも同じで瞠目しエイナのことを見つめていた。


 「俺たちは親なしだからこそ、情報は命と同じくらい大事なんだよ。俺たちの親はリンリア協会に殺された、だからあいつらに繋がる情報は何でも仕入れる。それが俺たち灰色の兄弟のルールの一つだ」


 恐れ入った。この結束力に情報収集の強さは、この街に暮らすには最大の武器になる。それが分かってやるとはエイナはやはり、リーダーにふさわしいのだろう。


 「話を続けんぜ。確かにこの監察のことは一切掴めなかったが、目的は分かってたんだ。俺たち灰色の兄弟の掃討だと思うだろ? 俺も最初はそれだと思ったんだが、その監察が現れるのは必ずといってウェダルフが居る時だけ。そう……やつらは俺たちじゃなくウェダルフのことを狙ってたんだよ」


 「それで君はウェダルフの身を重んじて、冷たく当たってたんだね。それでも離れることがないウェダルフと、追い討ちをかけるように訪れた俺が、今回の事件の引き金になったのか」


 「悪い言い方をしたらそうだな。だがさっきも言ったけど、今回の首謀者はウェダルフに着いて回っていた監察じゃない。何故ならそいつが犯人なら、お前らが関わる前に俺たちを掃討することが出来た。今回みたいな誘拐事件なり、なんなりを起こして、な」


 やはり、というかエイナも俺と同じ考えだったようで、今回の事件はもっと別の目的があるのだ。だから関係のない、ソニムラガルオ連盟まで巻き込んで大事にした。


 「……今回事を起こした監察なのか、いまだはっきりしないが思い当たる人物が一人、俺たち連盟の中にいる」


 重い口をあけ、辛そうに話し始めるレイングさん。俺もその人がいない時点で気がついてはいたが、はっきりするまで突っ込まずにいた。


 「最近、ソニムラガルオ連盟の活動が、リンリア協会の監察に漏れる事が多々あって、あまり疑いたくはないが、内部にリンリア協会の手の者が紛れている可能性を考えて、俺たち三人だけで調査をしていたんだ」


 「それが昨日……仲間の報告によって犯人特定に至った。それが今朝ヒナタが見た言い争いに繋がるのよ。なにしろ、そんな気配を一切見せない子だったから……」


 「なぜ昨日、突然犯人の特定に至ったんですか? そこも含めて聞かせてください」


 今まで隠し通せたのに、昨日突然というのはあまりに怪しすぎる。何か裏があるような気がする。


 「それが本当にびっくりなのですが、仲間の一人が見てしまったんですよ、彼……ジェダスが夜分遅く、リンリア協会から出てくるところを」


 ジェダスがリンリア協会の監察だったということに驚きはなかったが、何故夜出てきただけでそうだと思ったのか? 疑問に感じて聞こうとしたら、ウェールさんの発言の補足をティーナさんがしてくれた。


 「それだけじゃ犯人だって特定した理由には繋がらないでしょ? 何故、私達が彼が監察だと分かったのか、それはね、彼が協会のものしか着ることが許されていない、白の制服を纏っていたからよ」


 なるほど、これで意味が分かった。確かに夜中に協会関係しか着れない服を着て、そこから出てきたら確信するのは当たり前だ。だからこそ分からない。何故、今になってボロを出してしまったのか。考えられる理由は二つ。この情報事態がダミー、若しくはバレても構わないと思った、そのどちらかだろう。

 前者である場合、その報告者が寧ろ怪しくなるし、それならレイングさんも十分疑ってかかる筈。それが今朝の言い争いに繋がるとしても、レイングさん以外はこの報告を認めているのは違和感だ。なのでこれは可能性として低い。ならば後者の、ばれてしまっても、もう痛くもかゆくもないとの判断の方がしっくり来る。



 「犯人は分かりました。でも何故ウェダルフを誘拐したのか……それがどうしても分からない。ソニムラガルオ連盟を潰すだけなら獣人の子達は裏切らない。……となれば目的は人質をとって何かを要求する事。であれば何か次の手でてくるはずですが……」


 そこまでいって俺はようやく気がついた。そうか、それなら俺がいるべき所はここじゃない……!! 誘拐犯の常套手段はいつだって一つ。


 急いでウェダルフの家に向かわなければならない!!!

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