35話リンリア協会の闇




  犯人は必ず次のアクションを起こしている。そう確信した俺は、アルグとセズ、そしてエイナを連れてウェダルフの家へ向かった。


 「ヒナタさんの言うことはもっともだと思いますが、未だに犯人の目的が分からないのでは、手のうちようもないのではないでしょうか?」


 走りながらそんな事を言うセズにエイナが反応を示した。


 「そんな悠長なことは言ってらんねぇよ。なにせ相手はリンリア協会だ。人質だって殺しかねない以上、やれることは最大限やるべきだ」


 顔色一つ変えずに恐ろしいことを言うエイナの言葉は、真に迫るものがあり、俺たちは言葉に詰まる。聞けば聞くほどリンリア協会の闇が深く嫌になってしまいそうになる。……なにが、とは決していえないけれど。


 そうこうしているうちに、ウェダルフの家の前までたどり着き、息も整わぬ内にノックを二回する。まだ昼時で、増してや片親のウェダルフ宅だ。もしかして誰もいないかも……とも考えたが、それは直ぐ打ち消された。


 「……お待ちしておりました、ヒナタさん。理由はもうお分かりですよね?」


 俺たちが来ることが分かっていたのだろう、表情の見えない顔で言われた俺は、その恐ろしさに気持ちがすくみそうになる。


 「はい、その解決のために来ました……。詳しく聞いてもよろしいでしょうか?」


 いつかこうなることを予想していたのだろうか、怒ることもせずにウェダルフの父親は俺たちを家の中へと案内する。中も外装に違えず立派な造りで、高そうな調度品が並んでいた。その中の一室、恐らくは客室だろう所に案内され、椅子へと案内された。

 どう見ても高いソファーに腰掛けるのは躊躇われたが、座らないのも失礼なので恐る恐る腰を下ろす。ふわっふわっ。今まで座ったことない座り心地に、心を緩めそうになったが今はそれどころではない。


 「………わが息子ウェダルフのことですが、今朝こんな手紙が我が家に届きました。これについて、ヒナタさんは何かご存知で?」


 そういわれ、差し出されたのはシンプルな見た目の封筒で、勿論何も書かれてはいなかった。中を見てもいいかと一言、断りをいれて確認をする。そこに書かれていたのは封筒と同じくシンプルであった。

 《あなたの息子を預かった。返して欲しくば、自然公園のはずれにある古びた協会跡地にて、息子の友人であるヒナタをこちらに差し出せ。無論、ヒナタ以外の人間は立ち入るべからず》

 犯人の要求は意外にも俺だった。いや、それなら何故あの時俺を攫わなかったのか? 獣人のシーラでは大人を攫うのは難しかったから? であるなら直接手を出せばいいはずだ。何故こんな回りくどい手を打った??


 「……わかりました。ひとまず俺は犯人の要求どおりこの場所に急ぎ向かおうと思います。なぜこうなったかについての詳しい話は、この三人がお話できると思いますので……。では息子さんのことは必ず……」


 そこまで言うと俺の言葉に反論があるのか、アルグとセズが立ち上がり、怒りを露にする。


 「待てヒナタッ!! またお前はそうやって無茶しやがって! 犯人の要求がお前である以上、大人しくお前をこの場所にはやれない」


 「そうです! アルグさんの言うとおり、犯人の狙いはヒナタさんですッ!! それなのに何の案もなく向かうだなんて……無謀すぎます!!!」


 二人が止めるのは分かっていた。だけれど目の前でウェダルフが攫われた以上、少なからず俺には、この子を無事に家に帰す責任がある。だからここで折れるわけにはいかないのだ。


 「……エイナ、俺のせいで君まで巻き込んですまない。……二人を頼む」


 その言葉の意味をしっかり理解してくれたエイナが、二人の道をふさぎ、足止めをする。その一瞬の隙を突き、俺も振り切るようにその場を後に、犯人の要求どおり自然公園の外れにある、今はもう使われてはいないボロボロの協会跡地へと足を踏み入れる。

 何もないと安心したその瞬間、ひどい立ち眩みして俺は勢いよく両膝をついてしまう。


 「まさか要求どおり、一人でここに来るとは思いもしませんでしたよ。せっかく魔属封じの為の加護も施したというのに……ちょっと残念ですね?」


 陽気な声で俺に話しかけるそいつは、俺の知っているジェダスではなく、声だけしか感情がこもっていない、それら一切の感情が削げ落ちた化け物のようだった。

 傍らには怯えた様子のウェダルフが手足を縛られており、乱雑に寝転がされていた。その扱いのひどさに俺は思わず頭に血が上る。


 「オイッ!! 人質とはいえ子供だぞッ!!? そんな扱いして良心が痛まないのか?!」


 「……本当に驚きです、ここにきて僕の説教ですか? そんなことより貴方はもっと……ほかの事を心配するべきですよ。ホラ、ご自分の姿を御覧なさいな」


 そういわれ、俺はぎくりとする。まさか、そんなはずと思いながら頭を触り、次に耳を触る。やばい、元の俺に戻ってる……?

 何をされた? 何で戻った? そしてなんでこいつは俺の元の姿を見て驚かない……?


 「あぁ、驚かないでください。勿論存じておりますよ、あなたが“神の一人”である、ということは。まぁ、僕も正直吃驚なんですけどね、まさか"大昔の悪夢"が再び訪れる羽目になるなんて、ね?」


 自覚したからなのか、さらにひどくなる眩暈に俺はたまらず肩で息をする。気を抜けばこいつの目の前で倒れそうになるのを、何とか耐えて話を続ける。


 「そ、れで……? 俺の、正体が分かった、上で君は何を……俺に求めている、の?」


 息も絶え絶えで言葉をつむぐと、口角だけを吊り上げ楽しそうに笑うジェダスに俺は人ならざる何かを感じ、ピエロのような嫌な笑顔に、クソッという言葉が漏れてしまう。


「おや、しらないと? それは勿論リンリア協会の、いえ我等エルフの積年の願望の為に……貴方のその力がとっても必要なんですよ?」


 エルフの願望という言葉が気にかかるが、狂いそうになる眩暈でそれどころではない。そんな俺のかわりに、ウェダルフが反論してくれる。


 「お前らは未だそんな事言ってるのっ……?! なんでリンリア協会が出来たのかも忘れて、また同じことの繰り返すの……?!!」


 そのウェダルフの言葉に、ジェダスは苛立った様でウェダルフを踏み付ける。ウェダルフも来るのが分かっていたので、直撃は免れたがそれでも腕を掠めたようで、小さなうめき声が聞こえた。

 抵抗できない小さな子供に、何の躊躇もなく暴力を振るうジェダスのその振る舞いに、頭に血が上った俺は火事場のバカ力よろしく眩暈も忘れて、よろめきながらもジェダスめがけ突進する。

 ジェダスも俺が動けると思っていなかったのだろう、虚をつかれたジェダスは、よろよろの俺の突進を避ける事も出来ず食らい、ウッという低いうめき声をあげる。勢いよく突っ込んだので、俺自身受身も取れず倒れこむが、ジェダスがいたためそこまで衝撃を感じずに済んだ。


 「お前……、何が、目的なんだよ! 最初から、俺を狙えば済む話だったろうが……!」


 怒りに任せてジェダスの襟足をつかみ怒鳴ると、ジェダスは何が可笑しいのか、そんな俺の様子を見て大笑いをする。


 「……ッぷは!! あはははははッッ!! そんなの決まってるじゃないですか! 目障りなやつら、一切合財お掃除するためですよ!!!」


 当たり前のようにそう言うジェダスに、俺は次の言葉が出てこなかった。


 「僕、僕はね!! 元々ソニムラガルオ連盟の監察だったんですよ! それが貴方、貴方が現れたから僕もこーんな思い切った事しちゃいましたよ! いや、本当はこの子は他の管轄で、手を出すのはタブーなんですけどねぇ、貴方やあのくっさい街のゴミ共と仲がいいもんだから、利用しちゃいましたよねェー!!」


 いけしゃあしゃあと話すジェダスに、腹の底から怒りが湧き上がってくる。こいつは……こいつを野放しするリンリア協会は何様のつもりなのだろう。同じ命を持った、同じ世界の生き物なのに、何故こうも傲慢になれるのか。

 よかった、俺が何の力もない神様で。そうでなければ今、この場にいるジェダスを無残に殺してしまうかもしれない。だから俺が無能で、役立たずの神様で本当に良かったのだ。




 「さて、茶番はここまでにしましょうかね? 僕の上司……待つのが大嫌いという我儘な方でね。こうしてのんびりゆっくり、お話一つさえさせてはくれないんですよ。全くこまったものですよねぇ〜」


 至って口調は穏やかなジェダスは、覆いかぶさっていた俺を押しのけ、それどころか腕一つ動かさず、俺の体を持ち上げたのだった。

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