第119話再会とひと結びの絆





 俺の知っているアルグじゃないアルグと再会した港町からセズの桜がある村までゆっくりいっても二日。


 最初はいつモンスターに襲われてもいい様に弓を構え、終始警戒しながら歩いていた俺達だったが、それも長くは続かなかなかった。それというのも宿屋の主人が言っていた通り、先に港町を出ていた監察の何人かが俺達が向かう方向とは別の村へ続く道へと、それは本当に忙しそうに過ぎ去るのが見えたのだ。


 でも可笑しいことに彼等はモンスターがいつ襲ってくるともわからない場所にも関わらず、武器どころか原始種属さえそばにいる様子はなく、それどころか辺りを確認する事なく走り去る姿は警戒心の一つも見えてはこない。


  「そうか、ここら辺は監察が良く行き来するからモンスターの姿がさっきから見えないのか」


 また冷たい風が吹くシュンコウ大陸で身を縮こませながら歩くウェダルフが、そんな呟きに歯をカチカチ言わせながら答える。


 「うぅぅ……それもあるけどこの道もなんだか変だよ。ヒナタにぃも道と枯れ草の境目を良くみてみてよ」


 そんなことを言われ道端に目をやるが、歩きながら見ているせいかウェダルフの言いたいことがよく分からず足を止めると陽の光に反射する細くて長い……ピアノ線のような何かが見えた。

 その糸は終わりなく道とそうじゃない大地を区別するかのように続いており、それがなんなのか気になった俺はしゃがみ込み恐る恐るそれに指を押し付ける……が。


 「…………? なにもないどころかこのピアノ線俺の指貫通してるんだけど、これが何か知っているのかウェダルフ?」


 しゃがみ込んだままウェダルフを見上げ尋ねると、彼も好奇心が働いたのか俺と同じようにそれがなんなのか躊躇いなく確かめ、隣で見守っているファンテーヌさんと一言二言はなし、俺にも分かるよう噛み砕いた内容を話し始める。


 「多分だけど……これは土の原始種属の能力みたい。似たようなものだと監察が土の原始種属の力を借りてシェメイから港町の道を守護してるんだけど……これはちょっと違くてもっと攻撃的なものだって」


 ウェダルフが言うにはこんな光の紐は見たことがなく、ファンテーヌさんでもよく分からないらしい。今は何もないが恐らくはこの道を安全に歩くための守護らしいので、出来るなら道から外れるのは避けて道を外れる場合はこの紐は決して触れないようにとのことだった。


 そうしてこの二日間、野宿以外は道の端へ行かないよう気をつけながらたどり着いたおじいさんとキーツが待つ村はつい一ヶ月半前とは大きく違っていた。


 「おぉ! あんたいつぞやの旅人じゃないかい! 宿の女将さんがあんたがくるのをずっと待ってたんだよ! いや、あの魔属の兄ちゃんが一人で来た時は何かあったんじゃないかとヒヤヒヤしたがいやぁよかったよかった!!」


 村に入るなに声をかけてきた気のいい男性の歓迎を受けつつ、俺とセズはキーツとおじいさんを探して辺りを見回るが、それらしき姿は見当たらなかった。


 「ああ、キーツと爺さんなら心配しなくても大丈夫さ。あんたらの薬のお陰か少しづつ元気を取り戻してきたみたいで、今も散歩がてら村近くについ最近出来た奇妙な泉の調査に行っているところさね」


 そういって男性は俺達が入ってきた村の入り口とは違う、左側にある出入り口を指差し俺達もそちらに目を向けると村の人が群がっているのが見えた。


 「最近出来た奇妙な泉……ですか? 泉ができたってことは雪解けが始まっただけなんじゃあ?」


 男性もそんな返しが来ることがわかっていたのだろう。うんざり顔で俺を見るや否や違うと言わんばかりに顔を横に一回振り村と泉の真後ろにある山を見て一言呟いた。


 「あれは雪解けでできた泉なんかじゃあない。その証拠に未だ雪解けと共に去っていくはずの空の王者カハーチリがまだ冬だと鳴いて告げるんだから……」


 男性のそんな一言に答えたのかは定かではないが、空高いところから響く鷹にも似た鳴き声はなんだか虚しく響いていた。


 「まあ、そうは言ってもあんたらみたいにあれを“王の為にできた吉兆”と喜ぶ変わり者もいたにはいたんだよ。研究者なんて自称する春の種属の兄ちゃんによると、ああいったものがこれからどんどんできるって話で、喜び勇んで奇天烈なことばかりやってたよ」


 「自称研究者の春の種属……? すみませんその話について詳しく……」


 奇妙な泉で何かをしていたという春の種属がやはり気になったのか、セズがおずおずと声をかけるが、残念ながらその言葉は可愛らしい声に掻き消されてしまう。


 「あ〜!!! ヒナタお兄ちゃんにセズお姉ちゃん!!!」


 「おぉ!! 2人ともよく無事に帰ってきたのう! ほれわしもお前さんらのおかげでこの通りすっかり良くなってのう」


 本当に久しぶりのキーツとお爺さんはもう奇妙な泉の調査はいいのか、こちらに向かってゆっくりと歩いてきており、その足並みは本当にゆっくりだったが、以前よりも良くなっているのが分かる。

 そんな姿に懐かしさやら嬉しさやらが込み上げてきて俺も迎えようと一歩を踏み出した時だった。


 「キーツッ!!! お爺さん……!!!!!! 会いたかった! 本当に、本当にまた会えた……会えたんです!!」


 今までずっと張り詰めていた彼女の緊張の糸がやっと切れたのだろう。俺以上に会いたくて堪らなかった人たちに会えたセズは、もう二度と離すまいと2人に飛びつき、涙を流しながらその再会をいつまでもしっかり噛み締めていたのだった。


 そうして俺とセズは会いたかった人に再会を果たし、その日は再会の喜びを分かち合う為、ささやかなながらもと村の人々が集まり俺たち全員を歓迎する宴を開くこととなったその日の夜。

 キーツのお爺さんに宴の前に渡したいものがあるからと呼び出された俺は宴の会場とは反対にあるおじいさんの家に赴き、その庭で今も散らずに咲いていた桜に近づきそっと手に触れてみる。


 「寒さに震えながらも未だ散ることのない桜の花、か………」


 そんなことを独りごちていたら、俺に気づいたお爺さんが俺の後ろからそっと近づき声をかけてきた。


 「………相棒と言っていたお前さんがあの赤い魔属の兄さんといない時は何かあったのかと心底心配したものじゃが………なにそれも取り越し苦労だったみたいじゃのう。なにせあの子らが懸命に咲かせた桜を見て同じことを呟くのじゃ。…………道は違えども心が通っているのならば決して離れることはない」


 そうじゃろう、と優しい顔で俺の顔を見上げるおじいさんは何か知っているのだろうか? そんな風にすら思える年の功を重ね開かれた悟りは俺のちっぽけな心すらも許してくれる気がして、何故か無性に涙が溢れてくる。


 「すみません……突然泣いたりなんかして………」


 「気にすることなどないよ。その涙はお前さんが何かを得てきた証拠じゃ……それを恥じることはない。そしてこれもお前さんが懸命に得ようとしてきた結果、繋がった絆の証………。それをどうするかはお前さん次第じゃないかのう」


 そういって俺の両手をギュッと握り冷たい、だけど優しい感触がし俺は手に目を向けると、何かを認知する前にその手は離され、その中で残されたのは栞のようなものだった。


「こ……これは? 本とかに挿んで使う、所謂栞でしょうか…?」


 「さて、ワシもそれをお前さんに渡して欲しいと頼まれただけじゃからそれが何なのかはよく分からないのじゃ。ただその紙と一体になっている押し花を考えるに手作りなんじゃなかろうかね。しかも今はまだ咲いてもいない花が押し花になっていることを考えてもその栞はあの兄さんにとっても大事なものじゃったはずじゃよ」


 おじいさんはそこまで俺に告げると後は考えろという意味なのだろう、よたつきながら宴が準備されている場所へ歩き出し、俺も慌てておじいさんの肩を支えながらその場所へと向かうのであった。

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