第120話過ぎた優しさと哀別の言葉
宿屋の女将さんが俺達のために準備してくれた料理はどれも素朴ながら腕によりをかけたものばかりで、長い冬を耐えていた村人も楽しそうにその夜を過ごしたのだった。
「おはようございます、昨晩は本当にありがとうございました。ただの旅人だった俺たちをこんな温かくまた歓迎してくれるなんて……思っても見ませんでした」
「おや、おはよう! いいんだよ礼なんて‼︎ あれはあんたらをダシにたまの息抜きをしただけなんだから! それよりもちょいとそこでまっとおくれ。渡さなきゃならないものがあるのよ」
そういっていそいそと裏へ急ぐと、二階を騒がしくあがる音がきこえ、俺はおかみさんが戻るまで窓の外に映る泉をなにげなしに眺めていた。
そんな俺に気づいてか、キーツのおじいさんがゆっくりとこちらへ歩くのが見え、介助をするべく宿をでるとこちらを見上げなにも告げず泉の方へ顔を向ける。
「………あの泉はもしかするとあの子にとって必要なものかも知れん。それに同じ春の種族である男が言っておったのじゃ………。これさえあれば桜の一族なぞ不必要の存在になるとな」
おじいさんの口から出た不穏すぎる一言に、俺はどこかデジャブを感じつつも、セズの先に待つ試練や苦難を一緒に乗り越えてはやれないのだと実感し苦い感情がじくりと胸に広がる。
「なに、あの子は存分強い子じゃ。ちょっとやそっとの事では自分の中にある信念を曲げる事などなかろう。だがワシが心配なのはヒナタ……お前さんじゃ」
「お、俺ですか……?」
「あぁ、わしは誰よりもお前さんが心配なのじゃ。なにせお前さんは過ぎた優しさでもって人を助けようとしておる。それではいづれ己の優しさに殺されてしまうだけじゃ……」
過ぎた優しさといわれ胸のあたりがつくりと痛み、何も返せずただおじいさんの意味を汲み取ろうと必死に頭を巡らせてしまう。
「ほれ……そこじゃ。それがいかんのじゃ。お前さんは全ての言葉をまともに受け、そして返そうとしてしまう。その誠実さはお前さんの美徳じゃが、同時に自分を苦しめてしまう原因にもたり得るというのは自覚をしておいた方がよいぞ」
おじいさんの鋭い指摘に俺自身思い当たる節があり、ますますの沈黙でもって返すが、自室から戻ってきた女将さんの呼びかけに驚き肩を揺らしてしまう。
そんな不意の出来事になにも言えなくなってしまった俺は無言でおじきをし、その場を離れるとおじいさんを心配して探してたキーツと共に家路へと帰っていくのが横目で見えた。
「またせてごめんなさいねぇ、大事なものだからってついつい人の手が入りにくいところにしまっててねぇ………。それよりも改めて薬草を届けてくれてありがとうね。最初は仲間割れでもしてあのお兄ちゃんが先にきたのかと思ったのだけれど、そうじゃなく私達のために早く届けてくれただけなんだろう? だからお代は要らないなんて………」
気にはなっていた、だけど別にそれでもいいと思っていたものだったのに、何故なんだ。もう関係ないのなら情けなんてかける必要ないじゃないか。それなのになぜアルグは俺に報酬を残した? なんで俺に栞を託した? これらがなにを意味しているのか、考えれば考えるほど思考の坩堝に嵌っていく感覚がし、気持ちを切り替えるため無理やりに口角を上げ快く報酬と想いが詰まった袋を受け取りおじきをする。
「こちらこそ昨日の宴といい、おいしい料理と……なんだか受け取り過ぎているような気がして申し訳ないです。俺は、俺達はただ皆さんの為になるならと受けただけですので………」
そんなことを言いながら深く下げていた頭に暖かくて和らい感触がし、顔を少し上げると女将さんがまるで子供を慰めるかのように頭を軽く撫でそっと手を下ろす。
「若いんだからもっと人の好意に甘えてもいいんだ。それにみんなあんたが依頼を受けてくれたことを本当に感謝してるんだ。その事まで卑下するような事言わないでおくれ」
悲しそうにそう離すおかみさんの顔を見て、ついさっき言われた事を思い出す。日本人だからだろうか、謙虚は美徳であり決してその事を誇ってはいけないと思い込んでいた。
だから女将さんが悲しそうにする顔を見て今初めてそれが必ずしも最善ではないのだと思い知ったのだ。
「まぁ、そうは言っても中々難しいのが人生ってね。ほら報酬を受け取ったなら外へ出て遊んどいで!! 今日はしっかりみんなと話してから明日また旅をするのがいいさ!」
俺の返事を待たずに力強く背中を押し店の外へ出すと、まるで我が子を送り出すかのように手を振り、俺が歩き出すまで止める事ないその行為に少しだけ勇気が出る気がし、俺は話さなければいけない相手がいる場所、奇妙な泉へと足を踏み出した。
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「お待ちしておりましたヒナタさん。暫くお会いできなくなるその前に、出来るならばこうしてお話ししたいと思っていたのですが……それはヒナタさんも同じだったのですね」
そんなことを振り返らずただじっと突然できた泉を眺め、告げるセズにはもう覚悟が宿っているようで、俺は少し戸惑いを覚えながらも話を進める。
「そうだな……流石の俺も学んだよ。何も伝えられなかった後悔だけはもうしたくないしな」
顔を合わせて会話しているわけではないのに、何故かそのことを正面切って言えない自分の弱さが嫌になるが、それでももう逃げたくないのだ。
「………ヒナタさんが後悔しているのは何も伝えられなかった事ではなく、本音で言い合えなかったからだと思いますよ。だからいつまでもアルグさんの本心をずっと探っているんです」
俺がこの世界に来て最初の頃からずっと一緒に旅してきたセズの一言はまさしくその通りで、親しい人からの指摘というのは先ほどの比ではないほどに、俺の心に鋭い痛みが走る感覚がし、右手を強く握り痛みに耐えながら話を続ける。
「ほんと、その通りだなセズ。だから今こうやって腹を割にきた。…………セズ、今日この日を限りに俺のことを忘れて欲しい。セズはこれから王様になる………だけどその先で俺が障害になったり、恩返しの為にって何かを蔑ろにして欲しくないんだ。だからセズ………今日限りで君とはもう会わない」
「………………ヒナタさんからそんなことを言われる日が来るなんて、思いもよりませんでした。だから正直ちょっとびっくりしてます。だって私自身その事に対して答えがまだ出てないですし………なりよりやっぱり別れは辛いですよ……ね」
そんなことを言いながらしゃがみ顔をじめんに向けるセズに、泣いているのかと思い声をかけようと腕を伸ばすが、すんでの所で思いとどまりセズの言葉を待った。
「私の………私達春の種属は長らく他の種属との干渉を拒んできました。それは魔属とエルフとの国に挟まれている関係上そうするしか無かったと、そんなお話を昔かあさまから聞いたことがあります」
緩やかに話し始めるセズの言葉に相槌一つしないまま俺はその話を聞いていた。セズもそんなのがもらえるとは思っていないのか、言葉を止めることなく話を続ける。
「その理由として一つは桜の一族は桜と同じく、とてもか弱い存在で、他の種族の手がなければ生きていけないほど脆いからです。そしてもう一つは……ケイの街は魔属の領地を攻め入るにはちょうど良い場所であり、なにより兵糧に困ることがないからです。………それもそうですよね、だってシュンコウ大陸の植物を統括する種属なのですから」
あぁ、だから誰にも入り込めない様な植物の壁をつくって自分達と世界を隔てていたのか、と素直に納得してしまった。
シュンコウ大陸の植物を統括するだけで兵糧に困らないというのは、謂わば逆も然りということだろう。魔属達の国、フェブルには植物が咲かない様管理し、セズたちの国マウォルにだけ様々な植物が咲く様に管理したとしよう。
そうなれば必然と草食物を糧とするモンスターに偏りが出ることとなり、それらを糧とする肉食のモンスター達もマウォルに寄ることとなる。
あとは追い込み漁と同じ要領で狩りをし続ければいいのだ。なんて簡単でなんと残酷な能力の使い方だろうか。
戦争なんていうのは如何なる方法で有利を掴み、相手に不利を与えるかだ。そう言った点に置いてマウォル国の価値というのは想像以上に重たいものとなる。
「エルフが各地を植民地に出来ない最大の理由は魔属がいるからだと………もうずっと前にアルグさんから聞いたことがあるんです。それ以上詳しく教えてはくれませんでしたが、今ならなんとなくわかる気がします」
そうだな……俺も分かるよ、セズ。
アルグとセズがそんな話をしていた事は知らなかったけれど、恐らく魔属の能力はエルフの原始種属から与えられる加護の能力とほぼ同等、もしくはそれ以上かもしれないと間近で感じた今なら納得できる。
「村の人から…………聞いたんです。この奇妙な泉に訪れた春の種属が私達桜の一族が不要になると言っていたことを。一体、どういう意味なんでしょうね? この泉には何があるのでしょうか? ……………それもケイに行けば……分かるんですよね」
そうだ、ケイに行けば全て分かるしなにより念願だった王様になれるんだ。だからもう………もう、いいだろう?
「あ………あ、あの知ってますか? ケイにもユノ国の朝顔の一族やナナカマドの一族みたいに桜の一族を支える梅の一族と桃の一族がいるんですよ。その方達が主に何をしているのか、詳しい事は教えて貰えなかったので知らないのですが、でも一度かあさまから言われたことがあるんです。梅の一族には気を付けるんだよって……それってどういう意味だと思い…………ますか……」
段々と尻すぼみになる独り言の様な会話は、今はもう続く言葉がないまま沈黙だけが当たりを支配していた。
「もう…………出発の準備をしようセズ。みんなさっきから遠巻きにこっちを見てるし、俺は全部本音で話したよ。だからさ、セズもどうしたいのか………ちゃんと言ってくれよ。じゃないとお互い辛いままだろ?」
「そう、ですね………そうですよね。私まだヒナタさんに私の本音………伝えていないです」
彼女はそういって立ち上がり、ここにきてやっと俺はセズの顔を見ることが叶った。
その顔は泣いてこそいなかったが、眉尻はかつてないほど垂れ下がり、口も何かを堪えるように固く結ばれていて見るに耐えない気持ちになってくる。
だけど俺達は目だけは逸らさず正面切って向き合っており、刹那視界からセズが消えて、次に気づいた時には俺の胸に蹲っていた。
「王様に……王様になりたいんです!!! わかってるんです、甘い考えだって! 分かってるのに………ヒナタさんともう二度と会えない事が本当に辛いんです!!! 嫌なんです、もっと旅したい!! もっとみんなと色んな事を知っていきたいの!!!」
そういって泣きじゃくるセズに何も言わない……言えないまま落ち着くまで頭を撫で慰め続けるのだった。
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