第121話それぞれの道へ
セズの涙が乾いた頃、厚い雲の上から柔らかい太陽の光が俺達に旅立ちの時間を知らせるかのように差し込み、セズは何事もなかったかのように俺の腕から離れ目に止まる最後の涙を拭う。
そんな痛々しげな姿を何も言わずに見守っていると、遠くで様子を伺っていたのだろう、仲間が俺たちの元へと集まりだしいよいよ村を出る準備が調いなんだか空気が重く感じる。
「……何言ったのか知らないけれど、あたしはあんたの意思なんて関係なしに動くからそのつもりでいてよね」
「………わかってるよ、サリッチ」
仏頂面で告げられた言葉ではあったが、そこには確かな意思がこもっており彼女が言わんとする言葉がありあり伝わってくるが、苦笑いで返事を曖昧にぼかしてその場を凌ぐ。
「みんな待たせてごめん。それじゃあそろそろ村を出ようか」
「うん! 通りがかりに見えた緑の壁のところまでセズちゃん達を送って行くんだよね?」
ウェダルフも別れが辛いはずなのにそんな素振りを見せまいと明るく振る舞う姿に、自分の中で情けなさが募っていくがそうも言ってはいられない。自分が情けないと哀れむ暇があるなら誰かのために俺は動きたいのだ。
「それでは皆さん色々お世話になりました。おじいさんもキーツもまた会いに来るから待っててね」
「おぉ……セズや。おまえなら必ずや成し遂げられるとわしは知っておるからのう。何か迷うことがあればまたこの爺のところへおいで」
「セズお姉ちゃん無理はしないしないでね。何かあったら僕もお手伝いするから!」
心配そうにセズを抱きしめて暫しの別れを惜しむ三人を後ろから見ていた俺だったが、そんなこともセズにしてやることは叶わないのだと目をそらすようにそっぽを向くと、そこにはキャルヴァンが時折する表情で俺を眺めていた。
「またお母さんがするみたいな顔で俺を見て……。言いたいことはわかってるよ、キャルヴァン」
「いいえ……それは違うわヒナタ。私は特にあなたに言いたいことはないのよ。ただ私はあなたに何もしてあげられないのだと……それが寂しくて少し悲しいだけなの」
そうかとも言えずに俺は隣にいたウェダルフを引き寄せ、何も言わないまま肩を抱いて、今だけは誰にも言えない二人だけの悲しみを分かち合う。
「ちょっとだけ……ちょっとだけセズちゃんから僕を隠しててヒナタにぃ………」
「………ごめんなウェダルフ」
いつもは泣き虫ですぐに泣き出してしまうウェダルフだったが、この時ばかりはセズから涙を隠すかのように俺の腰に抱きついて微かに震え両手を力強く握って流すまいと我慢をしていた。
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そうして別れの挨拶もほどほどに済ませたセズの合図で村を離れた俺たちは、休憩を挟みながらも2時間かからずにケイの街の緑で覆われた壁にたどり着き、いよいよ別れの時が俺達に訪れる。
ここまでにもどこか空元気なウェダルフやそれとは対照的な普段通りのサリッチの会話もあってか、みんなそこまで暗くならずここまで来る事ができたが、もう会わないという思いは俺の中で肥大化していくばかりで、最後だからか至って自然に別れの挨拶らしくセズを抱きしめるとセズも抵抗なく俺の別れを受け入れる。
「セズならいい王様になれる………今すぐじゃなくてもいい。間違ってもセズなら気付いて前に進む事ができるから、だから一人で頑張りすぎず、頼れる仲間をこれからも作っていってくれ」
「はい……」
少しの間ではあったが、こちらの世界に来てここまで長く旅してきたセズは俺にとって妹のような存在で、家族とはもう会えない寂しさをもセズがいてくれたから感じることが少なかったな。
………………あぁ、やっぱり寂しくてたまらない。
そんな感情を押し殺してセズから離れると、ウェダルフやキャルヴァンもおれに続いてウェダルフが別れの抱擁を交わし、涙を懸命に堪えつつ言葉をかける。
「セズちゃんはこれからもずっと僕の大好きな友達だよ! だから何かあったらすぐに僕を頼ってね!」
「はい、私にとってもウェダくん初めてできた大切な友人です。王様になって落ち着いたらケイの街にも遊びに来てくださいね……」
名残惜しそうに離れていく二人に続き、キャルヴァンが実体化したままセズを抱きしめ、お母さんのように優しい手つきでセズの頭を撫でていた。
「何かあったらすぐにサリちゃんに言うのよ?決して無茶はしないで、周りの大人に甘える事。我慢しちゃダメよ?」
「………ありがとうございます。亡くなった母さまもよくそんなこと……言ってたような気がします」
懐かしさを噛み締めるかのようなセズの表情に俺自身も同じく今はもう会えない家族を思い出して胸が苦しくなる。
そんな中ウェダルフは何やらサリッチを呼び出して、こそこそ話を俺の真後ろでしていることに気がついた。
「サリちゃん……ちょっといいかな?」
「ん? なによこれ………。え? それはいいけど……これ大丈夫なの?」
「大丈夫だって……お願いね」
聞くまいとしても聞こえてくる単語に気になりしたが、そうこうしている内にキャルヴァンも別れの挨拶を済ませ、意外にもあっさりと言葉を最後交わし合いセズ達は緑の壁へと消えていくのであった。
そうして暫くしたのち、俺たち三人は監察の加護が施されている道へと戻り、この日はあまり無理はしないで夕暮れ前に野宿の準備をはじめて寂しくなった夜を過ごした。
そうして二人がいなくなった数日はウェダルフもキャルヴァンも口数少ないまま、黙々と目的地に向かう日々だったが、合間で立ち寄った村でいつも通り薪割りや荷物運びを手伝っていくうちに緩やかではあったが、二人がいない旅にも慣れてきた頃。
マウォル国を越えてまもなく見えてきた村の様子に俺たちは驚き声を失ってしまう。
「これは………ひどいな」
「えぇ……これではいくら増員しても足りないはずだわ」
連日連夜襲撃されたであろう事が一目でわかる村の様子に俺たちは声をかけることも出来ず、村の周りにできた簡素なバリケードに付着した血にたじろぎ遠巻きに人々を眺めるばかりだった。
「ねぇあそこにあるのって……もしかしてモンスターの……?」
怯えながらも俺の手を引っ張り村の一番端に築かれていた山を指すと、その異様な光景に思わず顔を顰めウェダルフの手を力強く握り返してしまう。
しかしあれは………。
「何か手伝えないか確認してくるからウェダルフとキャルヴァンはここでちょっと待っててくれないか? ここなら監察の加護が施されてるからモンスターに襲われる心配もなはずだ」
「分かったわ。ヒナタも無理しないで分かり次第早めに戻ってきてね」
心配そうにキャルヴァンとウェダルフが俺を見やるが、俺があの村に行ったところでできることなどたかが知れてる。
そんなことを考えて一度は無視して先に進むことも多少は考えたが、あれを見てしまったからにはそうもいくまいと自分を納得させて、数メートル離れた村まで歩みを進めると、バリケード前で立ち竦んでいた監察が俺の気配に大きく肩を揺らして敵意を向けてくる。
「なッ!!! ………ってなんだエルフか。びっくりさせないでくれ……こっちはもう3日も寝てないんだ………」
モンスターではないと分かった瞬間に目を溶けさせて一瞬で眠りに落ちる監察は俺が人間だと気づかないほどに疲れている様子だった。
それよりもウェダルフを危ないとはいえ、村に連れてこなくて正解だったとバリケードに残る肉片を見て思うが、それ故にあの山がなんなのかが容易に想像できて恐怖が喉元までこみ上げてくる。
「すみません………ケイの街から来た旅のものですが、何があったのか……聞いてもよろしいでしょうか?」
監察がいた入り口から数メートル奥に入った俺は、入口近くの家で日課であろう薪割りをしていた年配の女性に声をかけるが、その顔は暗く沈んでおり、また不躾な旅人の俺に苛立ったのか顔を大きく顰めて大きくため息をつく。
「ハァ………こんな時期に旅なんて……アンタずいぶん呑気な性格をしてるね。こちとら毎日毎晩モンスターに怯えて暮らしてるってのに……。何があったかなんていくら呑気な性格だとしても見りゃわかるだろう? 全部春の種属のせいさ。あいつらがさっさと春にしないからこんなことになってんだろう?」
「そうですよね……皆さん疲れているのに変なことを聞いてすみません。ただ何かお手伝いできればと思って声を掛けたのですが、邪魔にならないよう、すぐに村を離れますね」
聞きかたを間違ってしまった俺は、これ以上負担をかけまいと思いおじきをしたのち踵を返すが、女性は何かに気づいたのか小さくあ、と声を上げたのち、慌てたように俺の真横に走り寄り呼び止める。
「ちょ、ちょっとアンタ!! アンタ旅人ってことはもしかしてこの先にあるウィスの街に行ったりしないのかい?! それなら……それならそこであたしの息子を探しちゃあくれないかい!? さっきはあんな言い方をしちまったから、こんなことを頼むのは筋違いかもしれないが……あの子は魔属のギルド本部に直談判するって、いって出で行ったきり帰ってこないんだ!」
そこまで一気に畳見かけるように言った女性だったが、その手は微かに震えており、また慣れない武器を持ってモンスターを退治したせいか、その手は豆だらけで生傷もいくつか見受けられた。
「……分かりました。ウィスに着いたら必ず息子さんを見つけ出します。それと………やっぱりお手伝いしてもいいですか? こう見えて俺結構薪割り上手いんですよ」
そういうと今まで気を張っていた女性初めて顔を緩め優しい笑みを浮かべ、緊張の糸がほどけたのかその女性――フィーロさんは俺が薪割りをしている間中、この村の今の状況や息子であるヴェルデさんについての詳細を話してくれるのであった。
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