123話夜の街ウィスとアルグを知るもの

監察が残した仮拠点から数えて七日。


 不穏な噂もあった月喰いの森……というより林だったが、特に何かが起こるわけでもなく、またモンスターを遠くで見かけることは何度かあったのだが、大抵はお互い警戒するだけで襲い掛かることもなく、若干数近づいてくるモンスターにも俺が弓を構えれば警戒を強めすぐ諦めるのが主なおかげで、怪我無く無事にアルグの故郷であるウィスの街へたどり着いていた。




 「街にしてはなんだか閑散としてるわね。というより魔属の街というには魔属があまりいないようだけれど……ヒナタはどう?」




 姿を消して俺の頭上近くを浮遊するキャルヴァンが、少し不安そうに聞いてくるが、それどころではない俺は先程から魔属にぶつからないよう避けるので精一杯だった。




 「ヒ、ヒナタにぃ〜絶対僕の手を離さないでね〜!!」




 「ウェダルフも俺の手を離すなよ絶対に!!」




 ウェダルフは見えない何者か達のおしくら饅頭状態に怯えて、止めどなく涙をこぼしているが、それもそのはずである。


 以前の俺には決して見えなかったであろう魔属達がアルグのような能力や、隠匿能力でもって自身の姿を巧みに消してこの街を右へ左へと忙しなく通り過ぎていく。


 俺やウェダルフはその見えない流れに流されないようにするが、どうしてもすれ違いざまにぶつかってしまう。




 「やっぱりここには私たちには見えない何かがいるのね。二人とも大変そうだけれど、以前来た時もこんな感じだったの?」




 「いや前は見えなかったから、こうだったと一概には言えないんだけど……間違いなく前よりも人通りが激しい気がする!! 少なくても普通に歩けるぐらいの人混みだった!!」




 「見えない何かにぶつかるよぉ〜!! 怖いよぉ〜!!」




 原始種属が普段から見えるウェダルフにとって、見えないものが辺り一面にあるという状況はとんでもない恐怖だったらしく、進むために踏み出す足はガタガタと小鹿のように震えている。




 「後少しの我慢だウェダルフ!! この先に店があるはずだからそこまで頑張ってくれ!!」




 俺の記憶が確かならこの先にアルグと以前行ったことがある風変わりな店構えの質屋があるはずだ。そこのお婆さんはアルグのことを以前から知っている雰囲気だったし、何より敵の本陣と思われるウィスの街では唯一信じられる存在になり得る人物だ。




 そんなことをこの街に来るちょっと前に二人に話したが、流石会ったことも来たこともないということで、最初は少し渋っていたが、結局のところ情報源がそこ以外ないと言うことで納得をさせた俺は肝心なことを二人に伝え忘れていた。




 「ヒ、ヒ、ヒナタにぃ〜?! まさかとは思うけどこのお店がそうなの??!! イヤだッ!! 僕は絶対にこのお店には入らないよッ!!」




 「ウ、ウェダルフ落ち着け。確かにこのお店の雰囲気はちょっと迫るものがある! だけどここでウダウダしてても事態は悪化するだけだぞ!」




 普段は何事も楽しむウェダルフだがここまでくるのに相当滅入ってしまったのだろう、だいぶ取り乱した様子で店の前にある気持ちの悪い人形に怯えた様子で俺にしがみ付いていた。




 「そんなこと言うならその人形どうにかしてよヒナタにぃ!! さっきからずっと僕のこと睨んでるんだ!! きっと僕のこと食べる気だよ!!!」




 本当に珍しいウェダルフの反応に母親であるファンテーヌさんも戸惑った様子で慰めるが、ウェダルフは梃子として動こうとはせず困り果てていたその時だった。




 「なんだいさっきからわあわあと。うるさいったらありゃしなよ!! 人様の商売の邪魔する気ならとっとと——」




 「ヒキュ?!!!」




 相当店前で騒がしかったのか、眉間に深いシワを寄せながらお婆さんがホウキを片手に店内から現れたその様相にウェダルフはついぞ耐えきれなかったのか、喉元をキュッと締め付けれたかのような短い悲鳴を上げたまま勢いよく倒れ込んでしまった。




 「人を見るなりなんだいこの子は?! まるでお化けでも出たかのように失礼ったらありゃしない…………っておや、お前さんはたしかアルグの相棒で……えーっと?」




 「あ、ん〜……お久しぶりですお婆さん。以前お世話なりましたヒナタです」




 気絶したウェダルフも気になりはしたが、それ以上に人目……ではなく魔属目が気になった俺は説明もそこそこに店内へと場を移す事になった。




 「それにしてもあたしゃあてっきり……お前さんらはもうとっくのとうに縁が切れたもんだと思ってたけど、どうも様子を見るに道中色々あったみたいじゃないか」




 物知り顔でそんなことおつぶやくお婆さんは、店じまいとばかりに、俺たちを普段生活しているのであろう裏口へ招くと、なんとも懐かしいちゃぶ台へ俺たちを招く。




 「えーっと………そうかも、しれませんね。俺自身縁は切られたものだと諦めかけていたんですけど………だけどもしかして本当は違ったのかもしれないと、今ではそう思うんです」




 俺たちのことがまるで分からない様子のアルグを見て、そして何よりセズが背中を押してくれたからこそこう言えるのだと、俺は床に寝そべり安らかな気絶をしているウェダルフを見やると、お婆さんも同じように目を向け、そして見えるはずのないキャルヴァンとファンテーヌさん二人にも顔を向けているのに気づき、キャルヴァンは少し動揺した様子で身動ぐのが見える。




 「いい出会いをしたんだね。ずっと前に見かけた時にはなかったモノも手に入れているみたいじゃないか」




 「………お婆さんには見えるんですか?その、ここにいる俺の仲間達が………」




 あえてボカした言い方で聞いたがやはりお婆さんは見えているのだろう、俺から少し目線を上にあげて空を見つめていた。




 「こう見えてもあたしゃ昔は腕が立つと評判の傭兵兼冒険者だったのさ。見えないものを見えるものに変えた結果、今こんな商売をしているし、客がどんなものを手に入れたかも見たらすぐに分かるんだよ」




 抽象的な答えに俺は次の言葉をどう繋げばいいのか分からなくなり、黙りこくってしまうが今まで黙って静観していたキャルヴァンが意を決したのか姿は消したままでお婆さんに話しかける。




 『今までずっとご挨拶せずに失礼いたしました。様々な事情があり、あなたを信用に足る人物かを失礼ながら見極めようとしておりました』




 「そんなこったろうと思ってたが……お前さんは躊躇いってもんがないね。ま、あたしゃはその方が気が楽でいいがお前さんらの名前は?」




 『キャルヴァンと申します。この街に来たのは私の息子の行方がここだと知ったからです。ヒナタはそんな私の大切な仲間であり、協力者でもあります』




 『私はファンテーヌ。そこで寝ているウェダルフの母です。どうぞお見知りおきを』












**********************










 二人の挨拶を聞いたお婆さんはやっと落ち着いたとばかりに大きく息を吐き、俺を見据え本題とばかりにお茶を三人分用意して俺たちに差し出しテーブル一つ挟んで向かいに腰を下ろす。




 「差し詰めお前さん方が聞きたいのはアルグのことだろう? あたしもあれが一人でここに来たときそりゃ驚いたが、もっと驚いたのは一度は捨てた家へ戻ったってことだね」




 「家……というとアルグの家柄について何か知ってるんですか?」




 「…………はぁ、そんなで相棒とはよく言ったもんだね。自分の事もろくすっぽに話さず、一体どんな絆を築いた気になったんだろうねぇ。全くあれは昔から不器用というかなんというか……」




 アルグに向けた言葉なのだろうが、お婆さんの一言は俺自身にも刺さり顔を思わず歪めてしまうが、その瞬間の変化も見逃さなったお婆さんは俺の顔を見るなり、大きくため息をつき後ろに控えるキャルヴァン達に目を向けると大きく頷き言葉を続ける。




 「なるほど。お前さんのその顔である程度事情はわかった。その上でまずはあたしの自己紹介を改めてさせてもらうとしよう。………あたしの名前はサラ・グルケ。元傭兵兼冒険者であり、自分で言うのもなんだが、ギルドでは英雄ラルゴに次ぐ伝説となった今は骨董商のしがない婆さ」

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