153話怒号と咆哮の中へ





 ギルドは元々フェブル国領主が暗殺を煩わしく思い、堂々と自分を狙えるように、下剋上させるための場所を発足したのが始まりであった。

 それが今やフェブル国を支える商業となり、そして成り上がるための一つの手段となった。


 でもサンチャゴさんはなんて言った? 成り上がりを目的としていない? それなのに反旗を翻す? 全くもって意味がわからない。


 「成り上がりを目的としない人達がいるのはわかりました。でもそれ以外が目的でギルドに加入するってどういうことですか?」


 「それは人それぞれ……って言っても君は納得しないだろうね。そうだな……僕の場合で話をしよう。僕はいまはDランクだけど、かつてBランクでギルド活動をしていた。その名残でヴェルデ君からも先生なんて呼ばれている次第かな」


 「かつてはBランクって……なんでそこまで上り詰めていたのにDランクで今活動しているのですか?」


 BランクはSランクを除けば上から二番目の高ランクに位置する。そして俺はいまFランクだ。ここから考えても四つも上のランクで活躍していた人が、なぜそこまでランクを落ちてしまったのか? いやわざと落としたってことか?


 「……Bランクは境目なんだ。ギルドはね、SやAを目指す者もいれば、そうではなく、副業としてあえてCやDに留まって続ける者達もいる。その中でBランクはそのどちらでもないもの達、つまりAになれないままの者もいれば、それに向けて切磋琢磨する者もいる。そしてCやDを選び取れない者が、どうするのかを決めるための最後のランクでもある」


 「……サンチャゴさんはなぜDランクを選んだんですか? 副業を捨てられなかったからですか?」


 「いいや、そうじゃないよ。そもそもその頃の僕は副業なんてしていなかった。そうじゃなく……僕は気づいたんだよ。そもそも僕がギルドでしたかったことは、AやSランクでは出来ないってことに」


 サンチャゴさんがしたかったこと? それはASでは出来ないってどういうことなのだろうか?


 「ヒナタ……僕はね、元々この村出身だったんだ。ギルドに加入した理由も村を守りたかったから。だから僕はAランクを諦るしかなかった。Aランクでは村は守れなかったんだよ」


 Aランクでは村が守れない? それはどういう意味なのか聞こうと、口を開いた瞬間。

 けたたましい咆哮が村中を囲むかのように響き渡り、俺達に緊張が走る。


 「ヴェルウルフが群れできたようだ。この続きは奴等を一掃してからにしよう。皆さんは僕が見る限り、あまり戦闘は得意ではないのでしょう。無理はなさらず、怪我人が出たらこの村の女性と共に手当てに当たってください」


 先ほどの穏やかなサンチャゴさんは鳴りを潜めたかのように、鋭い目つきと気配が一瞬にして彼を包み、俺たちもその変わりようと圧に息を呑み、ただ頷くことしかできなかった。


 サンチャゴさんに急かされるも念の為、弓と短刀を腰に引っ下げた俺と、シビレソウとネムリソウの小瓶を同じく腰に引っ下げたウェダルフはグッと腹に力をこめ、家の外に出る。


 外に出るとそこに広がってたのは、戦闘なんてものじゃ済まない光景だった。

 そこには戦場とたとえるにふさわしい状況が、常に目まぐるしく人を変え、のどかだった景色を変え、咆哮と怒号があたりを包んでいた。


 「皆さんはあの一番大きな家へ!! 私は今からヴェルデ君と合流して彼奴等の足止めをして参ります!」


 声は冷静だったが、その目には深い憎しみが宿っており、魔属というに相応しい猛々しい気配を放っていた。


 「わかりました! ……サンチャゴさんも無理はせずに。俺も必要なら弓で応戦しますから!」


 「……今のヒナタに土台無理な事は求めておりません。あなたはあなたができることを頼みます」


 いたって冷静にそう返され、それすらも見抜かれてしまっていることに恥ずかしさを覚えるが、今は自己嫌悪している暇はない。サンチャゴさんのいう通り、今できることをしなければ、俺はもっと後悔をしてしまうだろう。


 「ここはサンチャゴさんのいう通り、ヒナタや私たちが出来うる精一杯をしましょう?」


 「あぁ、わかってるよキャルヴァン……。みんな急ごう!!」


 うかうかしている暇はない。今この時ですらモンスター達が軍隊のように、右から左から絶え間なく攻撃を繰り返しており、村人達も負けじと槍や剣でもって体を組んで村の外で防衛戦をしていた。

 次々と怪我人が運ばれている中を掻い潜り、たどり着いた家はどうやら村長宅のようで、周りの家に比べても一際大きく立派だったが、それでも怪我人で溢れかえる有様だった。


 「誰かお湯を持ってきてちょうだい! あ、あんた達も早くこっちにきて手伝って!!そこの男はこの人を押さえててちょうだい。あんた達はその間に家の外にある井戸水を組んで窯でお湯を沸かしてちょうだい! さあ早く!!!」


 テキパキと俺や女性達に指示を出す、この年配の女性がおそらく村長の奥さんなのだろう。

 ただでさえ外でも戦闘状態で混沌としているのに、この家の中はもっと凄惨な状況だが、不思議とみんな落ち着いて事態に対処できているのはこの女性のおかげなのは誰の目を見ても明らかだ。


 「何やってんだい! もっと強く押さえつけないとあんたが怪我するよ!! ほら男なんだから頑張ってこう押さえつけとくんだ!!」


 「ッはい!!」


 運ばれてくる人全員酷い状況で、中には意識もないのに四肢を暴れさせている人もおり、これをずっと女性だけで対処してきたのかと思うと、この村……いやシュンコウ大陸は相当酷い有様であったことをいやでも実感させられる。


 そうこう慌ただしくあちこち動いていると、急患として一人の老年の男性が、片腹を抑えながらこの家に雪崩れ込んでくるのを見かけ、一連の流れのように俺もその男性の介助へと急いで向かう。


 「この手当が終わったらすぐに応援に向かわないといけないんだ!! だから血が流れないようにキツく閉めてくれよ!」


 「またあんたは無茶言って!! 腹を浅いとはいえ裂かれてんだ!!今日は絶対安静だよ!!!」


 村長の奥さんが目を三角にそう伝えるも、納得がいかない男性が心底悔しそうに俺と奥さんを睨みつけてきた。


 「くそッ!!! でも今こうしている間に俺の息子がやられちまったらどうするんだ!! 俺がここでのんびり休むなんてできやしねぇよ!!」


 「無茶なもんは無茶だよ!! その代わりここにいるにいちゃんをあんたの息子の元に向かわせるからそれで納得しな!!」


 「えっ?! ………ッッわかりました! 俺が代わりに向かうので安静にしていてください!!」


 一瞬何を言っているのか、理解に遅れたが二人の懇願するような眼差しに俺の中にあったわずかにあった罪悪感が、チクチクと心を刺し、結局無理だとはいえず引き受けてしまう。


 「俺に何ができるかわかりませんが、あなたの息子さんを守れるよう全力を尽します!! それで今息子さんはどこに?」


 「息子はこの家を出て西の方角で戦闘しているはずだ! 見分けがつきやすいように俺とおなじ右腕に赤い布を巻いてるから、あんたでもすぐわかるはずだ!! 頼む! 息子を助けてくれ!!」



 こうなったら腹を決めてやるしかなく、俺は万全の準備を整えつつ、死ぬ恐怖とあの時殺した、あのモンスターの慟哭が脳裏によぎり、慌てて頭をふりその思考を遮る。


 「大丈夫……大丈夫だ! もう、やるしかないんだ!!」


 自分の中にある恐怖にそう言い聞かせるように村長の家のドアに手をかけ俺は戦場へと足を踏み出すのであった。

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