154、最後の言葉と願い


 あれから何時間も経ったのだろう。

 さっきまで夕闇だったのに、今や朝を告げる薄紫の空が広がりつつあった。


  「急がないと……!!!」


 仲間に一言告げてからと思ったが、村長の家の中は未だ騒然としておりそれどころではなかった。


 死が目前にある。

 それは他の…普通の人よりもより鮮明で、何せ先ほどまでは気にならなかった、いや、無視できていた声なき声が今やそこら中に聞こえてたまらない。


 《痛い……死にたくない……!!》


 《良くも……!! 良くも仲間を!!》


 《腹が減って減って減ってしょうがない…!!》


 恐怖がのどまで迫り上がってくるが、吐いているより走らないとという気持ちが俺の足を動かしていた。


 「どこだ……どこにいる?!!」


 《……サン………オトウ、サン……!!!》


 誰かからの悲痛な声が、走っている方向から聞こえ、俺は嫌な予感がして息も忘れてその場を急ぐと、そこには俺と同じ年頃に見える男性と1匹のモンスターが睨み合ってた。


 青年の他には村人はおらず、右腕に赤い布を巻きつけており、両手で剣を構えていた。あちこちボロボロにはなっていたが相当腕が立つのであろう、青年のあたりには倒されてきたモンスター達の死体がそこら中に横たわっており、俺が向かうにはもう遅い事は遠くからでも察する事はできた。


 「ずいぶん手こずったがあとはお前だけだ。散々荒らしやがって……覚悟しろ!!」


 《戯けたことを……!! それはこちらのセリフ!! お前らのせいでどれだけ同胞が死んだと!!》


 まずい………。

 これだけ死が溢れかえっている中で、俺は自分自身の能力の制御が上手くできていないことに今更気がつくが、時はすでに遅く、今まさに決着がつくその瞬間だった。


 《お父さん!! いやだッ!! 僕を置いていかないで!!》


 先ほどよりも大きな悲鳴がモンスターよりももっと奥から聞こえ、俺もその声の大きさに思わず呻いて立ち止まって前を見る。

 そこには今まさに青年をやらんと牙を向いているモンスターと青年の他に、その奥からまた別のモンスターが青年に牙を向ける姿がみえた俺は反射的に弓を構え、無我夢中で矢に手を伸ばし集中する。


 その光景はまるでスローモーションかのようで、モンスターの動きのその先が見えた気がして、ほとんど無意識的に構えていた矢を放つと、まるで吸い込まれるかのようにそのモンスターの体に当たり、俺は一瞬の喜びを感じてしまう。


 《お父さぁァァァん!!!》


 《……来るなと……言っただろうに……や、はりこの、まま……》


 「ッッ!! 君がやってくれたのか?!」


 最後の1匹を仕留めた青年が驚いたように後ろを振り返り、俺に歩み寄ってくる姿が見えるが、それどころではなかった。



 ………今、俺がやったのか?

 …………なんで、何を今、俺は感じたんだ?


 《お父さん……お母さん………お姉ちゃ……オウセお姉ちゃん……どこ? 僕、ずっと……お姉ちゃんに会いた…っか……た………》


 最後の言葉に凪いでいた感情が、堰を切ったかのように一気に押し寄せて、足がガクガクと震え出して止まらなくなってしまう。足が震えるせいでその場に立っていられなくなってしまった俺は、両手でなんとか体を支えるも、感情が体のコントロールすら奪っていく。


 ありとあらゆる感情が頭のなかで暴れ出して、泣きたくもないのに涙が溢れて止まらない。思考さえも感情に絡め取られて、言葉にできずにこぼれ落ちた嗚咽が、喉を、心を締め付けて、思考が徐々に解けていく感覚に、俺はたまらず意識を手放してしまったのだった。






**********************






 「………ここは?」


 「ここはサンチャゴさんのお家よ、ヒナタ」


 光が明滅して、頭が上手く働かない中、聞き覚えのある優しい声が右から聞こえてくる。


 「あなたはあの後意識をなくして村長の家に運ばれたのよ。覚えているかしら?」


 「……あぁ………覚えてる。全部……全部ッッ………!!!」


 再びコントロールがつかなくなる思考に、優しく柔らかい掌が俺の目を覆い、そして小さくそれはあったかい手が俺の頭を優しく、優しく撫でていた。


 「ヒナタにぃ……一人で辛かったね。ごめんね一緒にいられなくて……ごめんね」


 「ゥ……グッ!! う、ウェダ、ウェダルフのせいじゃ……!!」


 「うん。それでも………それでもだよ」


 「…………ウェダちゃん……。二人とも、まだ疲れが残っているわ。お昼までゆっくり寝て、それから考えていきましょう? ね?」


 「………うん。わかったよ………おやすみ、ヒナタにぃ。キャルヴァンさん」


 頭を撫でていた手が離れると、俺のすぐ隣で横になったウェダルフの気配がする。

 どうやら俺はベットではなく、日本のように布団を敷いた状態で寝ているのだろう。

 異世界では珍しい形式だったが、それが逆に安心感につながったのか、ウェダルフが寝るよりも先に寝落ちてしまい、次に目が覚めた時にはちょうどお昼時であった。





**********************





 キャルヴァンのいう通り、疲れもあったのだろう。

 寝て起きた頃には、少しの頭痛を残しつつも、いやにスッキリした頭で目が覚めていた。

 目を覚ます頃にはウェダルフも目覚めており、その目は少し赤く腫れていた。


 ………まぁ、俺も人のことは言えないけれど。


 「おはよう、ウェダルフと、ヴェルデ?………キャルヴァンとサンチャゴさんは?」


 テーブルには簡素な昼食が三人分用意されており、この場にいるはずの家主がどこにもいなかった。


 「あなたの仲間の女性はご飯はいらないとのことで、今もなお村長のお宅で怪我人の治療にあたっています。先生は先ほどまでヒナタさんが目覚めるのを待っていたのですが、他の村が心配ということで出掛けられました」


 「………そうか。みんなに迷惑をかけて本当に申し訳ないな………」


 「そんな!! ボクはヒナタさんの事情を深くは知りませんが、あなたのおかげでルドルフは助かったんです!! あまり気に病まないでください!」


 あの青年はルドルフというのか……。

 俺のおかげで助かった人もいれば、死んでしまったモンスターもいる。

 しかもあのモンスター、聞き間違えでなければ……オウセの…………。


 「とにかく昼食を用意しました! 大したものは出せず申し訳ありませんが、とにかく食べて体力をつけないと!! ささ! 食べましょう」


 「あぁ、ありがとうヴェルデ。……いただきます」


 「「いただきます」」


 食事中は特に会話もなく進み、食事が終わり片付けをしている頃には治療が落ち着いたのか、キャルヴァンも戻ってきており、なぜかヴェルデがいる中で、いよいよこれからどうするのかを話し合う次第となった。


 「だいぶ二人共落ち着いたようね。何があったのかはルドルフさんから聞いたからある程度察しているけれど……ひとまずクエスト完了を伝えるためにも、ウィスの街へ帰ることを優先にしましょう? そこから何をするべきか考えるべきだと思うわ」


 「そうだな……俺もそれがいいと思う。その間に俺も整理してみんなに話したいことがあるし……」


 「そうと決まったら帰る準備しよう! うかうかしてるとウィスの街に着く頃には夜になっちゃうよ!」


 ヴェルデがいる手前、あまり深い話ができないままだったが、この村に長く留まっているわけにもいかない。

 細かい話は道中すれば済む話だろう。そう俺たち三人は考えていたが、それに待ったがかかる。


 「……みなさんにお願いがあります!! ボクも、ボクを皆さんの旅の仲間に加えてくれませんか!! 剣の腕には多少なりとも自信があります!! 決して足手纏いにはなりませんので、なんとかお願いできないでしょうか!!」




 予想外の提案に俺たちは戸惑うが、彼はかなり真剣のようで、深々と頭を下げたまま俺たちの返答を待っていた。


 ……色々な出来事の衝撃で忘れていたけれど、ヴェルデのことに関しては確かに約束したことの一つであり、いくらけんの腕がたつからとお母さんの心配をよそに、この村へほっぽらかしにしていいことではない。

 ………ただ仲間にするにしても、彼の目的も理由もわからないままにはしておけない。


 「真剣なお願いなのはわかったよ。……でも残念なことに俺達も今の状況で君を仲間にすることは難しい」


 「……!!! 待ってください!! ボクは……!!」


 「だから旅の仲間ではなく、お母さんから依頼を受けて、見つけた要保護対象として旅に暫く同行してもらいたい。……それでもいいかな?」


 「……!! はい!! 暫くはそれで構いません!」


 意外に強かなヴェルデは、おそらく俺たちについていく事によって得られるメリットがあるのだろう。同じ“暫く”という言葉でも、はらんでいる意味が違うことは俺もそして、ヴェルデもしっかり理解している様だった。

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