155、ヴェルデというエルフの少年
旅の同行者として、ヴェルデが暫くの間加わったことにより、俺たちの旅は遥かに楽になった。
それというのもヴェルデは元Bランク、いや……あの語り口から、おそらくはAランク相当の実力だったのだろう、サンチャゴさんを先生に持っているためか、その実力は本人が語るよりも凄まじく、また土地勘も強い彼は想像以上のスピードでウィスの街へと向かっていた。
「すごいな……正直に言うと今日中にウィスの街へ着くのは無理だろうと思っていたけど、君はあの村に着くまではずっと一人で旅をしていたのか?」
「えーっと、あの村は先生……サンチャゴさんと出会ってからですね! それ以前はずっと一人で旅をしていました!」
「え? ということは、お母さんがいるあの村からウィスの街までは一人旅ってことか?! あそこの村から街までどんなに早くても一週間近くかかった気がするけど?!」
「そうなんですか? ボクの時は四日間くらいで街に着いた気がします! やっぱり人数が多いと色々大変なんですね」
大人数での旅は初めてでー、と困った顔を浮かべて話すヴェルデに、俺は真のチートキャラを見た気がして、空いた口が塞がらない。
てっきり剣の腕はサンチャゴさん直伝だと思っていたが、この話を聞くにどうやら違うらしい。
あの豪快なフィーロさんからはおよそ想像できない彼の家庭事情に、俺は聞いていいものかどうか悩んでしまう。
そんな俺の様子を察してか、ちょっと困った顔を浮かべつつ、俺もその様子に無理に話さなくてもいいよと伝えるが、どうしても言いたかったのだろう。彼は覚悟を決めた様に俺を見上げ話を続ける。
「あーっと……実はボクのお父さんはリンリア協会の衛士を務めていたんです。だけど7年前にお父さんが亡くなって……そこからはお父さんから教わったことを忘れない様にって、続けてたんです!」
「そっか……うん、ありがとう話してくれて。それにしても……すごいな、ヴェルデは。お父さんから教わって来たことをずっと、今の今まで続けて来れたから強いんだと、君の話を聞いてすごい納得したよ」
「えへへ……ありがとうございます! 先生もそう言ってくれました! ヒナタさんってなんだか……ちょっとだけお父さんに似てる気がするんです! 先生とはまた違う雰囲気で……なんだか懐かしいです!」
「そんな……君の尊敬するお父さんに似てるだなんて、なんだか恐れ多いな……。でもそう言ってもらえて俺も嬉しいよ。最初のきっかけがなんであれ、今俺達は一緒に旅をしているんだ。なにか困っていることがあれば、遠慮なく相談して欲しい」
俺の何気ない言葉に少し悲しそうな顔を浮かべるが、すぐそれを打ち消すかのように明るい作り笑いを浮かべ、勿論! と彼らしい態度で答えてくれる。
そんな姿に俺もキャルヴァンも、そしてウェダルフですらのっぴきならない彼の事情を察したようで、その後の俺たちは適度な休憩以外はおしゃべりをする暇もあまりないまま、とにかくウィルの街へ急いでいた。
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やはり、というか当たり前だが近道ということだけあってモンスターの往来が激しく、その度に対峙するわけにもいかなかった俺たちは、やや好戦的なヴェルデを宥めつつ足止め程度に逃げることに徹してきたためか、ウィスの街が見える頃にはへとへとになっていた。
「つ、疲れた………。みんな、ここまで頑張ったな……あとちょっととはいえ油断せずに行こう」
「そうね……私もこの先が安全かどうかちょっと上から見てみるわね」
キャルヴァンはそういうと、あっという間に空へと昇り平原ばかりの周辺の警戒をしてくれていた。
そんな様子に先ほどから少し不満げなヴェルデに、珍しくヴェダルフから彼に恐る恐る話しかけるのが見えた。
「あの………ヴェルデお兄ちゃんは戦うの……怖くないの?」
「戦うのは…………勿論怖いですよ。でも、それ以上に大切なものを何もできないままに奪われてしまう方が……よっぽど怖いんです」
苦笑いを浮かべながらそう答えるヴェルデになんともいえない表情で考え込んでしまう。納得したけど、納得しない……。それはこれまで長く旅してきた俺だけがわかる表情だった。
「僕は……僕は……………」
「まだウェダルフ君には難しかった……みたいですね。分からずとも、今はそれでいいと思います。無理に分かって欲しいわけじゃないんです……」
く、暗い………!!
重苦しい雰囲気が一瞬にして構成されてしまったことを見過ごせなかった俺が、場の雰囲気を壊すために口を開いたその時だった。
あたりは夕方で赤に染まっており、ちらほらと見える木々の影の中にこちらへ勢いよく向かってくる一つの影がみえた。
その影にはキャルヴァンも気づいたようで、慌てて俺たちのところに戻るが、その様子は警戒や攻撃性はなく、むしろ驚愕や親愛が滲み出ており、それは嬉しそうに俺にその正体を教えてくれた。
「ヒナタッ! ハーちゃんよ! あの子オウセちゃんと一緒に向かってきてるの!! まさか再会できるだなんて嬉しいわね!!!」
それは嬉しそうに俺の肩を掴んでガクガク揺さぶるキャルヴァンは、まるで久しぶりに孫にでも会えたかのような喜びようだった。
ハーセルフ……獣人であり、灰色の兄弟の元気担当の彼女とその相棒兼、親友である犬型モンスターであるオウセは、お転婆すぎて西大陸を遊び場に駆け回っているのは知っていたが、まさかこんなすぐに再会できるとは思っても見なかった。
「ハーちゃんきてるの?! うわぁー!! 僕も会えて嬉しいな!! そうだ!みんなでハーちゃんをお出迎えしようよ!!ねっ、ねっ!! ヒナタにぃ!」
友達と会えるのが嬉しいのか、俺の返答も聞かずに右手を取って引っ張っていこうとするその姿に、俺も疲れたから嫌とはいえずに引っ張られるままにその影を迎えにいくのだった。
とはいえモンスターに乗った彼女の方が早く、すぐさま再会が叶ったウェダルフは俺を引っ張っていたことも忘れ、ウサギのようにぴょんぴょん飛び回り、その再会を喜んでいた。
「わー!! ウェダ君にヒナタお兄ちゃんだぁ〜〜!! それにキャルヴァンさんもお久しぶりだぁー! みんなに会えて嬉しいねぇ、オウセ!」
ウォンと一言答えるように鳴くオウセは何かに気付いたのか、あたりをキョロキョロ見渡し、また短くハーセルフに今度は先ほどよりも高い鳴き声で何事かを伝えていた。
「ん? んんぅ?? あっれー?? リーダーどこいったのぉ?」
「リーダー? それってもしかしてエイナちゃんのことかしら? 私が見た時はハーちゃん以外は見えなかったけれど、一緒にきたのかしら?」
「僕以外にもオウセとリーダーがいたんだよ〜! おっかしいなぁ……この手紙を届けるって知って一緒についてくるっていったのはリーダーなのに!」
「えぇ!! エイナもきてたの?! 僕も会いたかったのにどこいっちゃったんだろう?」
手紙という言葉に、今回のは偶然ではないことを知るが、それを追求するにも、自由人のハーセルフは手紙を渡すどころではなく、消えたリーダー探しに気が移っていた。
「リーダーーー!! かくれんぼはいつも夕方までってリーダーが決めたのにずるいよぉ!! ボクもまぜてー!」
「エイナー!! どこ行っちゃったのー!」
二人と1匹はそれは楽しそうに俺たちの周りをあちこち探し回っていたが、それまでハーセルフについてまわっていたオウセが、突然顔をこちらにむけて何かに警戒するかのように、顔を怒らせ俺の方向を睨んできた。
………いや、これは正しくない。より正確に伝えるならば、俺の隣で剣を今にも抜こうとしているヴェルデに気づいた彼女は、ハーセルフを守るべく敵意をこちらに向けてきたのだった。
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