156、ハーセルフの問いかけ
それは一瞬だったのに関わらず、体感した時間はもっと長かったように思える。表情は至って穏やかだが、いつでも抜刀できるように左手に鞘を握り、右手は柄の部分を軽く触っているヴェルデの一挙手一投足を見逃すまいと、緩やかに臨戦態勢を取るオウセ。そんな緊急事態ともいえる緊迫した状況の中、いち早く二人の異変に気づけたのはオウセの親友であるハーセルフでも、よく周りを見ているキャルヴァンでもなく、ただ一人の俺だけだった。
「ッッ………!!」
何が原因でこうなったのかわからない以上、一言でも声を上げたらどちらかが血を流すハメになる。そう本能で実感した俺は、制止させることもできないままで、必死に二人を止める手立てを考えていた、その時だった。
「今すぐ両手を下ろしな、にいちゃん。ちょっとでも剣を抜いたら命はないと思え」
いつの間にかヴェルデの背後に回っていたエイナの手には小さなナイフが光っており、それがヴェルデの喉元を今にも切りかからんと構えられていた。
そんな訳のわからない状況にハーセルフ含めた全員が驚き振り返るも、一番驚いていたのはヴェルデであり、目を見開いたまま構えていた両手をゆっくりと下ろす。
「………………」
「ヴェル——
ドガッッ!!!
俺が喋るよりも早く、エイナの綺麗な回し蹴りを防御もままならないまま横腹に食らったヴェルデは右に吹き飛ばされ、腹を蹴られた反動で胃のなかにあったものを思い切り吐いて苦しそうに息をしていた。
「ヴェルデ!!!! おいエイナ!! いくらなんでもこれはやりすぎだろッ!! おい、大丈夫か?!」
「ヴ……ガハ……ハァ………は、はい…大丈夫です」
「チッ……………」
苦しそうに答えるヴェルデの背中を摩りながら、なぜこんなことになったのか必死にさっきのことを思い出す。
ことの発端は確かにヴェルデが原因だった。そもそも温厚そうだった彼が、二人のとの出会いを機に突如として好戦的になり、それに気づいたのはオウセだった。それをさっきまでいなかったエイナが二人を止めるようにとヴェルデを脅して……。
いや、本当に止めるのが目的なら蹴りはいれないだろう。であれば未だこの場は緊張状態のまま、事態は大きく変わっていないのだ。
「……二人とも、いや三人とも落ち着いてくれ。今この場で争ってもお互い大事な人を傷つけるだけだ……。それにヴェルデ、君も好戦的すぎる。理由をきちんと説明できないうちはその剣を俺に預ける。いいよな?」
「………はい。わかりました」
「エイナ……エイナもナイフしまおう?」
「………ッチ。ウェダルフに免じてこの場は収めてやるが、もう一度さっきみたいなことしてみやがれ。今度はただじゃ済まさねぇからな」
「ヴヴヴ………ヴァン!!」
「オウセもひとまずは許してやるって〜!! よかったねお兄ぃちゃん!」
そんなこんなで酷い形での再会となったが、じきに夜にもなる。こんな険悪な雰囲気の中ひとまず街へ急ごうと足を向けたが、俺はあることに気がつき先ほどの三人に目を向ける。
………まずい。さすがにモンスター連れで街に入るなんて無理がすぎるだろう。
「………しょうがない。完全に夜になる前に野宿できる場所を探そう。そこで改めて話をさせてくれ」
俺の言葉に、険悪な雰囲気ながらも理解したのか、誰一人抗議することなく辺りの安全確認をした上で、野宿するための役割分担を行うこととなった。
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なんとか夜前には野宿の準備を終えることができた俺たちは、食べ物の匂いを消すため焚き火と一緒に、芳香剤としてもリラックス用としても使われる草をいれ、その後多めに用意していた干し肉を食べるのであった。
そうしてモンスターに襲われることなく夕飯を済ませたが、その間も大した会話はせず、本当に食べるだけの時間となっていたので、いざ話し合いとなると、各々話しずらいようで暫く沈黙が続いていた。
「まず……話し合いをする前に改めて状況確認しとかないとだな。………今回の発端になったことは一先ず置いておいて、エイナ。君はどうしてすぐに姿を表さなかったんだ? 」
「それ………は……………しかったんだよ」
「え? ……なんて?」
珍しく言葉を濁すエイナに、本当に聞こえなかった俺は聞き直すが、それが癇に障ったのか、急に顔を真っ赤にさせて大声で言う……ことはなく、何やらキャルヴァンに近づき2、3言呟くと、キャルヴァンも納得したのかあらまぁ、そうだったのと一言発し、エイナの言葉を代弁してくれた。それによるとエイナはオウセの背に乗ることはなく変身してここまで来たから、服を整えるのに時間が掛かった、と説明してくれた。
………確かに変身するって大変だよな。
「エイナの事情は分かった。じゃあ今度はヴェルデ、なんで君は突如ハーセルフとオウセに敵意を向けたんだ? もしかして二人と知り合いだったのか?」
「……まさか。モンスターと知り合いだなんてありえないですよ。………ただそこの獣人二人は知ってます。父が以前話してました………」
あ、まずいかもしれない。
今日の朝聞いたことを今のいままで忘れていた俺は、彼にこのことを振ったことを大いに後悔する。確かにヴェルデは優しくいい子であったが、それはひとえにメンバーがよかったに過ぎなかったのだ。今、この場になってやっと思い知る。どんなに優しくても彼はエルフだということを忘れてはいけなかった。
彼はあの街のエルフなのだ。
「あ……? それどういう意味だよ?」
「どういう意味も何も……あなた達の存在はあの街では有名ですよ。……だから知っているんです」
顔色ひとつ変えずに言ってのけるヴェルデに険悪だった空気が更に重たくなるのを感じて、俺はすかさずフォローに入る。
「まぁ、最近エイナ達の活躍も目覚ましいしな!! 知ってるやつも徐々に増え始めたんだろう!! な、ヴェルデ?」
「…………」
一歩でも間違えたら今確実にここは戦場と化すだろう。
そう思えるほどひりついた空気が俺とキャルヴァン、そしてウェダルフを支配していたが、ただひとつその空気を打ち破る人物がヴェルデに体を向けて話し始める。
「……ヴェルデお兄ちゃんはボクたちが嫌いなの? それともオウセが嫌いなの? …………モンスターが……嫌いなの?」
「………モンスターを好きな種属なんていませんよ。言葉も話も通じない相手を好きだなんて………。そういえば、獣人はモンスターの血が混じっていると聞きました。だからあなた達は好きなんですか?」
「ヴェルデ!! 言葉がすぎ——
「そっか……。でも、ヴェルデお兄ちゃんの“それ”は“嫌い”じゃないと思うな。もちろん悪意でも……敵意でもないんだね。ただ“怖い”だけだったんだ。ボク達が……ううん、モンスターが。だからやられる前にやっちゃうんでしょ?」
「っ!! ……………そうです。そうですよ。ボクはあなた達が怖い。何を考えて言葉が通じないモンスターを親友と呼べるのか、なんでエルフを、仲間を食い殺すヴェルウルフと寝食を共にできるのか! ボクは………ボクにはその全てが恐ろしい!!!」
大きく肩を戦慄させて初めて感情を昂らせるヴェルデに、今にもヴェルデに切りかかかりそうになっていたエイナも、ナイフを収め再び地面に腰を下ろし、再び話し合いの姿勢に戻るのだった。
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