第61話噂好きの街、グェイシー






 ——己の愚図さ加減には俺自身うんざりする。ここまで来てもなお何とか説得したい気持ちが、悲鳴をあげ俺に追い縋るのだ。そんなのは無理なのは火を見るより明らかなのに。あぁ、俺ってこんなに面倒な人間だったのか……。どうしようもない事をいつまでも、いつまでもぐるぐる堂々巡りを繰り返して、なんて情けない。


 もういいや………もういいだろう? 諦めろよ、俺。アルグにはアルグの進みたい道があって、俺には俺で進むべき道がある。それが今別れただけの事なのだ。ならば今の俺が出来る事。それは綺麗な終わり方、別れ方をすることだけなんだ——





**********************





 「じゃあ、ここでお別れだな……ヒナタ。それと薬草の依頼についてだが、俺のほうで用意して村まで届けようと思う。そのほうが早いし、ヒナタも安心だろ?」


 「あ、あぁ……その件に関しては俺も素人だから分からない事が多いし頼んでもいいか? 先に依頼主に届けてくれた際の報酬も、アルグが持っていって構わない」


 さも普通どおりに話すアルグだが、ここ最近まともな会話をしてこなかった俺には違和感しか感じず、どうにもきごちなさが残り、つい余計な事までいってしまう。


 「いや、報酬は俺とお前できっちり半分ずつ貰う。それじゃあな、ヒナタ。……セズ、ウェダルフ。皆を頼む、キャルヴァン」


 「あぁ、……また、な」


 「さよなら、アルグにぃ……」


 「アルグさん、お元気でお体には気をつけてくださいね」


 「……」

 

報酬に関しては予想通りの事をつげられ、その後もあっさりとした別れの挨拶一つで、先に街へ入っていくアルグを俺たちも見守る。だけれどそんな俺たちを意にも返さない様子のアルグは、一回もこちらを振り返ったりはせずに、あっという間に街の中へ溶け込んでしまった。


 「…………さぁ私たちもいきましょう、ヒナタ。私達は私達で目的を達成しなくてはいけないでしょう?」


 アルグに俺たちを任されたキャルヴァンは実体化し、もういなくなったアルグの代わりに取りまとめ、立ち止まったままで街を見つめる俺たちを街の中へと促していく。

 そうして入った街の中の雰囲気は活気づいており、王が殺されたとは到底思えないほどの賑わいを見せていた。俺の予想はてっきり皆喪服で王の死を偲んでいると思ったのだが、それの気配は一切感じない。


 「なんだ……? 王が暗殺されたって聞いたけど、案外皆普通にしてるんだな?」


 おもわず口をついて出た言葉を、偶然通りかかった街の人に聞かれ、怪訝な顔をされてしまう。


 「あんた、その話をどこで聞いたんだ? まったく、よそもんに知られちまうなんて、いよいよこの国もおわりなのかねぇ? ……あぁ、嫌になっちまうよ」


 深いため息を一つついて、心底うんざりした声で話してくれた年配の女性は、そのまま元気そうに閑静な家々が並ぶ通りへと歩いていった。 うーん、お元気そうで何よりです。


 その人を皮切りに、俺たちはこの街の現状について様々なところで耳にし、宿に着く頃にはおおよそのことが把握できるくらいにこの街は噂話にあふれていた。

 まずは王が暗殺されたという話について。これは半分真実で、半分尾ひれがついていたようだった。というのも実際は暗殺未遂で、いまだに王は生きてるらしい。らしい……というのは未遂には終わったものの、怪我はしているようで現在療養中と、そこかしらで話し合っていた。

 次にこの暗殺事変だが、仮にも一国の王が大怪我をしているのにも関わらず、誰一人として心配の声を上げることはなく、皆自分の生活の心配ばかりだった。この街で生きているのだから、当然といわれればそれで終わる話だが、でも何かに引っかかりを感じるのも事実。

 あと俺が個人的に一番気になっていた事は、夏の種属というのは皆話し好きで、いたるところで井戸端会議が行われていた事だ。確かに女性というのは三人寄ればかしましいといわれるくらい話が好きだとは思うが、それにしてもだ。一歩先に進むごとに井戸端会議グループに出くわすのは、さすがに異常とはいえないだろうか? しかもそのグループには女性に限らず、男性すらも混じってしているくらい、皆話が盛り上がってしょうがないようだ。


 「なんだか疲れました……。人の多さもさることながら、皆さんお話好きで私、言葉の波に押し流れてしまいそうです」


 宿に着いて早々珍しく弱音をはくセズに、キャルヴァンも心配そうに様子を伺っていた。だが意気消沈しているのはセズだけではなく、いつもだったら楽しそうにしているウェダルフですら、顔を青ざめながら情けない声で僕も~、とシトシト泣いていた。


 「あらあら、みんな街の雰囲気に飲まれちゃったみたいね。それもしょうがないかしら? 何せここまで来るために人を掻き分け揉まれながらきたのだもの……。私はこの子達を見てるから、ヒナタは外に出かけてきたらどう?」



 「そうだな……うん。そうさせてもらっても良いか? 俺も一通り街を見て回りたいし、セズのために王様に会う方法も知りたいしな」


 そうなのだ、忘れてはいけない俺たちのもう一つの目的は、セズの能力について夏の種属の王に話を聞く事。そしてシュンコウ大陸の永きにわたる冬に、終止符を打つのがここまでセズが旅してきた理由。俺の隕石を何かに交換する事は、何に交換するのかが分からない以上、後回しにせざるおえない。

 そんなこんなで俺一人でグェイシーを探索する事となったが、これが間違いの始まりだったと後で後悔した。


 まずはじめにと宿の亭主に街の事を知るにはどこに行けばいいと聞いてみるが、これがまた話し好きの亭主で、本題に移るまで約三十分以上ご近所話をされ、大幅に時間をロスしてしまう。なんてこった……。

 たがこの悪夢はこれだけでは済まず、街の人たちはフランクで話しかけやすい反面、そのせいで各々の面白話を聞かされる羽目となり、ほしい情報を手に入れる頃には夕暮れ近くになっていた。


 「夏の種属の王様……? あぁ、向日葵の一族のことかいな? あんたも物珍しいことを聞くねぇ~。なんだってあんな強欲豪奢なだけの無のぅ……お飾り王の事を気にするんだい。それよりもその王を影ながらに支えてきた朝顔の一族の長、チィ・アンユ様のとこがあたしゃ心配だよ」


 説明調に話してくれてありがとう、おしゃべりでおっちょこちょいなお姉さん。俺ですら聞いていてハラハラするけど大丈夫? 侮蔑罪とかで極刑になったりしないでね、お願いだから!

 てか……ここまで聞いてて思ったんだが、この人ほどじゃないけど皆王様の事あんまり好いてない……? いや、もっと強い言葉で言うならば、誰一人として感謝しておらず、あまつさえ敬愛すらしていない様子。なにがあってこんなに嫌われているのかは分からないが、なんだか見たこともない王様ってやつに少し同情してしまう。

 だってそうじゃないか。王様は王様として日々何がしらの責務や職務に負われているだろうに、それを蔑ろにする様な国民の評価というのはなんと無残な事か。たとえばこれが戦争屋みたいな王様ならば話は違ってくると思うが、ここまで来る道中見た村々は平穏そのもので、この街だってこんなに栄えている。それが忠臣の支えがあったからとしても、平和を保つというのは意外に難しい事なのでは? と俺は思ってしまう。

 まぁ、この国の情勢も歴史も知らない俺が言えた口ではないか……



 そんななんともいえない気持ちを残しつつ、俺は一人寂しく宿へと帰っていったのだった。

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