第60話郷愁と最後の時間
向日葵が指し示すままに俺たちは道を歩き続け、グェイシーの街の手前にある、懐かしい雰囲気の村で一休みしていた。この村は水田が盛んらしく、見渡す限り光り輝く田畑が広がっていた。
少し手前までは花畑だったのに、村に近づくにつれ広がる懐かしい風景は郷愁を感じさせ、地球に帰ってこれたような気がして侘しくなってしまう。もう、戻る事なんてできやしないのに……。
何をするでもなく、ただ心に残っている風景を辿るように歩いていると、遠くのほうで困り果てている村の女性と老人がみえ、俺は何も考えず声をかける。
「どうしたんですか? 何かお困りのようですが、よかったらお話聞かせてください」
いつも通り声をかけたつもりだったが、予想以上に驚かれ俺はあぁ……しまったと心で呟く。うーん、このパターンですらなんだか懐かしい気がする。
「な、なんですかいきなり……! なにが目的なんですか?!」
警戒心を隠す事無く、はっきりとした言葉を投げてくる女性に、どうしたものかとおもったが、意外にも老人のほうは落ち着き払っており、しかりとした口調で女性を諌め、女性の代わりにすまないと頭をさげる。
「いえ、そんな気にしないでください。俺も気軽に声をかけてしまったので警戒されて当然ですし……。なんか困っているようだったので声をかけてしまいましたが、なにか俺に手伝える事ないですか?」
改めて何かできないかと聞いてみたが、二人とも気まずそうに顔を見合わせ、丁重にお断りされてしまう。何か隠している風だったが、兎に角女性のほうが警戒心MAXで話す気すらなさそうだったのが少し気になった。
というのも遠くから見たときはこの女性が泣いている風に見えたが、いざ近づいて離してみると何かに怯えたかのような挙動で、俺の一挙一動に肩を震わせており、俺が離れる頃には憔悴しきった様子で老人に寄りかかっていた。
あれはまるで誰かにでも狙われているかのような……そんな挙動だ。
心に引っ掛かりを残しつつ、俺は消化不良に終わってしまった一日一善を探すため、他に困っている人がいないか辺りを見渡す。そうして見つけた仕事はやはりというか畑仕事の手伝いが多く、俺はその日一日中へろへろになるまで田植えのお手伝いをし、その村名産の料理を堪能したのだった。
翌日になり、普段は使わない筋肉の痛みに耐えながら体を起こし、村を出る準備をする。あと一息でグェイシーの街に着くのだ。モタモタしている暇などなく、他の仲間たちも慌しく準備をしていた。
「おぉ、ヒナタくん! 昨日はありがとう。今日君がグェイシーに旅立つと聞いてね、昨日手伝ってもらった御礼に今しがた嫁さんに作ってもらった料理を持っていってくれんか」
「ありがとうございます……!! うわ、こんなにいっぱい……! すみません、気を遣わせてしまったみたいで……。本当にありがとうございます!!」
仲間の分も作ってくれたようで、大きな葉に包まれた料理からは美味しい香りが立ち込めていた。こういう気持ちのやり取りはやはりどこの世界、人種であろうと嬉しいものだと実感する。
「あぁ、それと嫁さんがグェイシーにいく事を心配してたんだが、ヒナタくんも気をつけて街を歩けよ。…………なにせ街には"王殺しの暗殺者"がいまだに街の中をうろついているらしいから……」
辺りをきょろきょろ見渡し声を潜め、不穏な話をする男性に俺も顔を引き攣らせてしまう。なんでこうも俺の行く先々で事件や騒動に出くわすのだろうか。災厄……おぉっと、間違えた最悪だ。
「そうなんですね、俺も巻き込まれないよう気をつけて行きたいと思います。良い情報をありがとうございました」
言霊の魔力を信じて敢えて口にしてみたが、いっそ巻き込まれる気がしてならない。いや、信じろ! 信じるんだ、自分の神様パワーを!!
嫌な予感を胸に仕舞い込みつつ、俺たちは村を後にする。ここから先は村や町が増えていくとの事だったが、別段用事もない俺たちは慣れた向日葵の道をひたすらグェイシーに向けて歩いていく。道中、朝顔が群生する村を横目に通り抜けたり、遠くに見える山々の後ろから見える雨雲をやり過ごしたりし、着実にグェイシーへと近づいていく頃には俺の心中は先程の予感でなく、予想しえる未来で一杯になっていった。
あとどれくらいで、後何歩進んだらアルグとの別れなるのか。そんな悲しい別離ばかりが俺の脳内で繰り広げられ、もう二度と会えない気さえしてくるのだ。
「ヒナタ、貴方また忘れてしまうの? セズちゃんやウェダちゃんが言っていた事を」
「大丈夫、忘れてないよ。忘れてなんかいないさ……。ただちょっと悲しいだけだ。アルグは最初から今までずっと旅してきた仲間だったから、つらいだけ……」
実体化してから話しかけてくるキャルヴァンの気遣いに、気がつく事無く話す俺にキャルヴァンもそう、とだけ呟き再び消えてしまう。仲直りできないまま、ここまできてしまった自分に後悔が湧くがどうにもできない、気付くのに遅すぎたのだ。
今やアルグは心を閉じ、俺の事も見向きもしないで淡々と事務的な話しかしてこない。こうなったら俺一人の努力ではどうしようも出来ず、ただひたすらアルグが再び心を開いてくれるのを待つしかない状況だ。
「そういえば……ウェダ君。あの事をヒナタさんにきちんとお伝えしましたか?」
俺の気持ちを知ってか知らずか、暢気な声でウェダルフに話を振るセズに俺も顔をそちらに向け、話を促す。
「あの事……? ってなんだろう?? お母さん分かる?」
『……さぁ、お母さんもよく分からないわ。セズちゃんにもそう伝えて、ウェダルフ』
自然に聞こえてくるファンテーヌさんの声に、俺はそちらに顔を向けないようロボットのようなきごちない動きになてしまう。最近本当に自然に聞こえてくるもんだから、見えないフリをする事を一瞬忘れてしまう事がある。ここまできてもいまだにセズたちに話せていない俺も、どうかとは思うけれど……。
「お母さんも分からないって! 僕も含めてわからないからセズちゃん教えてよ」
「わかりました……。ではヒナタさん。この間あったリッカの街での騒動はウェダ君から聞き及んでいますよね? そのときの事でお伝えお漏れがあったりしたらいけないのでお話しますが、透明な二人組に見覚えはありませんか?」
透明なのに見覚えとは、これいかに? セズも上手い冗談を言うようになったもんだ。透明なのだから見えるわけないのに、見覚えも何もないというツッコミをするべきか? いや……でもこれ本気で言ってるのなら怒らせかねないし、ここは無難に答えておこう。
「いや、俺も覚えはない。第一そいつらアルグを攫った犯人だろ? 俺なんてあった瞬間即殺されてる自信がある」
「それもそう、ですよね。すみません、あのアホ面にもまた会おうなんて仰っていたので、てっきり以前にもお会いしている方だと勘違いしてしまいました……」
うぅぅん……??! 聞き捨てならない事を言われたような気がするけど、気にしないでおくかな?! あほ面=俺になってるけど、気にしないぞ俺は!
「それより二人ともッ!! みてみて! もうすぐグェイシーに着くよ!! 新しい街はどんなのかたのしみだねぇ~」
雰囲気ブレイカーのウェダルフのはしゃぐ声に、俺はいつの間にかたどり着いてしまった街を見やり、とうとうここまできてしまったと、観念にも似た感情が血潮の音と共に駆け巡っていく。
運命は無情で、俺にチャンスさえくれずに時間すらも、俺の感情を置いてけぼりにしていったのだ。
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